第84話 今の私に出来る事


 トイレは素晴らしい。


 ない生活をして初めてその素晴らしさが理解出来た。そしてセイジがなぜトイレを作ろうとしているかも良く分かった。

 ないなら欲しくなるのは当然の事だ。

 そして、実際に作ってしまったセイジの凄さも思い知った。ないなら作ればいい。そう思ったとして簡単に作れる物でもないのだ。

 一人では無理だ。


 だから私は、セイジがトイレを作ろうとするなら全力で協力したいと改めて思ったのだ。



「どうしたら良いと思う⁉」

「どうって言われてもねぇ…。魔法使えなくなったんでしょ?」

「だから聞いてるんだ。何か私に出来る事はないだろうか」

「いや、そもそも魔法使えなくなって平気なん?」


 なぜ魔法が使えなくなったのかはビフィスに帰って来る道中にセイジと考えた。

 元々クソバーによって自然と繫がりを持つ事で精霊様と対話し力を貸してもらっていた。まず考えたのがその繋がりが断たれてしまったのではないかという事だった。だがそれは違う。自然との繋がりと言う意味でなら水洗トイレだって同じ事だ。直ぐ側に溜まるのかそれを溜まらないように水で流してしまうかの違いでしかない。そして流れていった先もまた自然の一部だ。大体精霊様はあの汚れた湖に対してなんの嫌悪感も抱いていなかった。もしあれを見て精霊様が怒ったのなら、…ただでは済まないはずだ。精霊様が怒ったら人間なんてひとたまりもない。ビフィス一つ跡形もなく消し去ってしまうだろう。現に私達が無事である以上精霊様にとって大した問題ではないのだ。

 それに私自身精霊様との繋がりがなくなってしまったようには感じていない。もし精霊様に見捨てられてしまっているのなら私にとってとても辛いことなのだが、どうもそうではないらしい。姿は見せてくれないが精霊様の気配はいつも側にあるように感じる。だから魔法こそ使えないが精霊様がいなくなってしまったという不安感や寂しさはないのだ。


「私は平気だ。セイジは一時的なもの何じゃないかって言ってるし、私もそうなんじゃないかと思ってる」

「一時的ねぇ。まぁ魔法使いの女の子がちょっとの間魔法が使えなくなるってお決まりのあターンだしなぁ」

「そうなのか? エアリィの世界にも魔法使いが?」

「いや、創作物のお話。それは置いといて仕事どうすんのさ」


 既に市長さんには話をしてある。市長さんは風邪みたいな物だろうかなんて言って力が戻るまでの休職を許してくれた。元々セイジの手伝いをするために休みを貰っていたがその名目が変わった程度の事だ。


「相変わらず気が利くねぇ、市長さんは」

「ああ。それよりもだ。私がセイジの力になるにはどうしたら良いだろう」

 魔法の力があったって出来る事は精々飛んで移動する事くらいだった。それすら出来なくなると本当に何も出来る事が思い付かない。

「うーん…。イーレに出来る事…。イーレ、イーレと言えば…」

「私と言えば?」

 エアリィは目を瞑り眉間にシワを寄せ考えている。

「あ、そうだご飯。昨日のご飯は美味しかったよ」

「そうか。そう言ってもらえると作った甲斐がある」

 とは言っても昨日の夕食は簡単なスープとパン、それに細かく切ったカバシシ肉を焼いた物だ。帰って来て、私も疲れていて短時間で作れる物しか作れなかった。ちなみに買い物は洋子さんがしてくれていた。

「ホント、イーレが居ないとご飯一つで苦労したんだからね。ちょっとは自炊したけどさ」

 話によると簡単な料理には手を出したらしい。そして肉を焼くくらい出来るだろうと肉が買ってあったのである。私はその材料を使って昨日の夕食を用意したのである。

「それはすまなかった。私に出来る事なんてそれくらいしかないのにな」

「あ、それだ!」

 エアリィはいきなり大きな声を出す。

「どれだ?」

「それよ。それ。イーレと言えば料理。料理が出来るじゃん」

「出来ると言える程じゃない。酒場の女将さんの方が余程上手いし」

「こんなところで謙遜しない。清治が頑張れるように料理を作って食べさせて、でまた頑張って貰えば良いじゃない。十分以上に協力になるじゃん」

 確かに人間が生きる基本は食事だ。食事をしなければ生きていけない。

「でもそれじゃ今までと変わらないじゃないか。私はもっと協力したいのに」

「うーん。食べるのは体を動かし維持するための栄養を摂るためで、それだけじゃなくて、心の、栄養?」

 エアリィはブツブツ言いながら考えている。

「食べると元気が出る、つまり好きな物か」

「セイジの好きな物ってなんだ?」

「あー、そういや知らないな。好き嫌いなく食べるよね、あの人」

「気に入っている食べ物はあるみたいだけどな。陸クラゲの触手とか」

 歯応えこそクニクニとして面白いがそう味のある物ではない。珍味とかその類だ。元気が出るかと言うとそんな食べ物ではない。

「結構長いこと一緒にいる気がするのに意外と知らないなぁ、清治の事。好物一つ分からないとは」

「うどんはどうだ?」

 うどんとはセイジの世界の食べ物だ。レンサにこのうどんを作れる人がいて私はそれを習った。そう言えばセイジはうどんを懐かしいと言いながら嬉しそうに食べていたな。

「好物ってわけじゃなさそうだけどね。単に自分の世界の食べ物に出会って懐かしいってだけでさ。あ、でも、自分の世界の食べ物か…」

「そうか。それならセイジも喜んでくれるかも知れないな。でも具体的に何を作ったら良いんだろう」

 私はセイジの世界を知らない。セイジの世界にうどん以外のどんな食べ物があるのかも。

「うどん……、そうだ! カレーだ!」

「カレー?」

 エアリィは私の知らない言葉を叫んだ。


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このトイレのない世界で 山村 草 @SouYamamura

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