君まであと10cm
大里野上
君まであと10cm
学校までの道のりは、とても退屈なものだった。学校に通い始めた最初の内は、新しい生活に対しての期待と好奇心で楽しかった通学路も、結局は只の道で楽しい事なんてない。
晴れれば暑くて行きたくない。雨が降れば濡れるから行きたくない。夏はムシムシして行きたくない。冬は寒くて行きたくない。そう言った言い訳は幾らでも思いついた。
そんな通学路でも、子供達にとっては何もかもが興味の対象の様で、あっちにこっちにと世話しなく駆け回っている。
彼らには注意しても意味が無い事は分かっていた。きっと、注意したところで返ってくるのは、
「はーい!!」
と聞こえのいい返事と、見合っていない行動だろう。自分の事一つ、コントロール出来ない事が子供らしくが、だから子供は嫌いだ。
「あ! おねーちゃんだ!」
考え事をしていると、子供の一人が大声を出した。声を出した子はそのまま駆けて行く。
「ちょっ」
急に走り出すのは危ないと、静止の声をかけようとしたが声をかける前にその子は走って行ってしまっていた。
「全く……」
呆れた声を出し、やっぱり子供は嫌いだと、心の中で呟く。
駆けて行った先で、その子が年の離れた女性に注意をされているのが見える。反省して俯いていることから、自分がやってはいけない事をした事は分かっている様だったが、その子は落ち着きがなく、興味を持った物を見つけると直ぐに走って行ってしまう。特に、今回の様に、大好きなおねーちゃんを見つけると、止まった事がない。
「あ、おはよう」
さっきまで優しく注意していた女性だったが、子供が反省している事も分かり、こちらに気づいた様で挨拶をしてきた。
「おはよう?」
大声が聞こえた。
さっき子供が発した声とは比べ物にならない、その大声が自分が出したものだと気づくのに一瞬。そして、恥ずかしさを感じるのにもう一瞬かかる。
「あはは、元気がいいね」
あちらも驚いていたが、直ぐに笑いだした。見なくても、自分の顔が真っ赤になっているだろうことが分かった。
「えっと、挨拶! は元気よく」
何とか出した言い訳は、言葉尻に向けて弱弱しくなっていき最後には、モゴモゴと言葉にならなかった。それが更に可笑しいらしく、彼女はまた笑う。
「そうだね」
ひとしきり笑った後、彼女はそう言って大きく息を吸った。
「おはよう!!」
自分の出した声より、一回りも二回りも大きな声で再度挨拶をしてきた。電線に止まっていた鳥たちが飛び立ち、道端で掃除をしていたおじいさんが驚いた様子が見える。
驚き、動きが止まっている僕をおいて、彼女は辺りに謝っていた。あたりの人も、最初は驚いた様であったが、相手が彼女であった事に気づくと、笑顔で許している。
「挨拶は元気よく、大きくだね」
そう、ウインクをしながらこちらに告げた彼女に、鼓動が早くなった。
「おねーちゃん、お花が咲いてる!」
新しい興味の対象を見つけていた子供に呼ばれて、彼女はそちらに向かっていく。
「こら、遅刻するぞ」
急いで注意するが、遅刻の心配何てしていなかった。
「あ、あっちにも何かあるよ」
そういって、興味の対象を誘導しながら時間内に学校に着くように誘導していく彼女を見ながら通学路を行く。
自分では怒鳴るように、注意する事しか出来ない事でも、彼女は上手く誘導して一緒に、楽しそうにしている。そんな部分で自分との違いを感じる。それを少し遠くから見ながら、後ろを着いて行く。
「はあ」
溜息が漏れた。
学校への道のりは嫌いだ。彼女との差を自覚させるから。
「どうしたの?」
溜息をついた事に気が付いたのか、彼女が声をかけてくる。
「なんでもない」
返事が不貞腐れた様になった。それを受け、僕の手を取って引っ張る彼女。
それだけで煩くなる鼓動。
「行こっ、遅刻するよ」
彼女は笑顔で、直ぐに好きだと伝えたい。
自分の中にある思いを、そのまま言葉にしたかった。子供の様に感情のままに言葉にし、ドキドキしながら彼女の、僕を受け入れる答えを聞きたかった。
でも、そんな未来何て来ない事は僕は知っている。僕と彼女の間に圧倒的な壁が存在している事を知っている。
「じゃあね~」
僕たちとは違う校門を通って行く彼女を見送りながら、
「君まであと十センチ」
そう呟いて、見上げた彼女の頭の辺りをイメージして、自分の頭の上十センチ上に手を置いた。
君まであと10cm 大里野上 @OozatoNogami
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