第三話 ~Love―Every―Destiny~3/3
「……えりちゃん。きみにとってはおときちくんの全てがいいところなんだね」
「そーだよ?」
ごくごく当たり前の事を言うように少女は首を傾げる。
その決して折れない純粋さが、男の澱み肥大化した愛憎を貫いたのだ。
「……負けたんですね……愛するものとして……エブリパリストとして……」
己の信念を懸けた勝負に敗北し、放心するように呟く兄のエブリパ仮面。その手のひらからXbox360ワイヤレスコントローラーが滑り落ち、堅い音を立てて床を跳ねた。
「兄のエブリパ仮面の闇の神力が弱まっていく――今だ、えりちゃん!」
「うん!」
「輝いて、マイ・メモリーユニット!」
Xbox360互換コントローラー形態だった杖の形を戻し、ポニーテールの結び目を支えるXbox360専用メモリーユニット(64MB)を杖の石突きにセットする魔法エブリパ少女。
装着と同時に翡翠の明りを点したメモリーユニットの光が杖の内部を伝って先端の宝玉へと注がれ、増幅するように強い輝きを放ち始める。
少女のほどけて広がった長くつややかなライトグリーンの髪が杖の先端から巻き起こる力の渦に踊り、CMの最後にXbox360ロゴが表示される時のように輪を描いた。
やがて全ての神力が宝玉へと注ぎ込まれた時、杖の先端が形を変え、砲を思わせる形態へと変化する。
「うんしょっ!」
Xbox360互換コントローラー形態と並ぶ杖に秘められたもう一つの姿――神力昇華形態へと形を変えたそれをしっかりと握り、エブリ子が二つのトリガーに指を掛ける。
左手のトリガーを引いて力を溜め、右手のトリガーを構える。それは多くのXbox360ユーザーにとって、箸を持つよりも馴染み深い動作だった。
そして宝玉の光が最大に達した瞬間、魔法エブリパ少女の右指が引き絞られる。
「――ももこびーーーーーーーーーむっっっっっっ!!」
砲の先端から撃ち出されるらせんを描く巨大な
「――あぐっ……!」
身体を倍するほどの大きさの閃光をサ○ラ大戦焼酎の空き瓶を盾に押し留めようとする兄のエブリパ仮面。しかし勢いは止まず、やがてその顔を覆う前髪が徐々に光のなかへとほどけていく。
「ああ……嫌だ……還りたくない……! 白雪の『にいさま』になれなかった僕に……愛を伝えられなかった僕に……!!」
嗚咽のように兄のエブリパ仮面が本当に手に入れたかった想いを告げる。その言葉を聞いたエブリ子が、何かを思うように口を開いた。
「おじさん、好きだったんだよね。しらゆきちゃんのこと」
「そうです……そう……僕はずっと、君のことが……君の愛が……そばに……!」
「……それだけじゃあ、だめだったの?」
それはきっと、素朴な疑問だった。
少女の問いには深い意味も理由の色もなく、だからこそその言葉が、最後の瞬間になって禅のエブリパ仮面に届いたのだろう。
「ああ、そうだ……愛するだけで良かった……それだけで幸せだった……なのに僕は、こんなにも醜く……」
どこまでも狂気をはらんでいた兄のエブリパ仮面の言葉に、澄み渡った色が混じる。
「白雪……愛しているよ、白雪――」
そして、兄のエブリパーティ仮面は光のなかへ消え去った。
後に残ったのは、彼がいつか想像して書いた15年後の白雪の絵だけ――。
閃光が消えると共に杖に装着されていたXbox360専用メモリーユニット(64MB)が排出され、再びエブリ子の身体を緑の光が包む。
僅かな時間と共に光が消えると、エブリ子の姿は魔法エブリパ少女となる前の【こずえ】とおそろいの格好に戻り、杖もまた再構成され元のXbox360ワイヤレスコントローラーの形を取り戻していた。
「やったねえりちゃん……きみはあの最怖のエブリパリスト、兄のエブリパーティ仮面を倒したんだ」
これまでと比べどこか無理して明るくしているようなつよくんの称賛の言葉を聞きながら、少女は考え込むように俯いた。
「ねえ、つよくん」
「うん?」
「今日のおじさん、いままででいちばんよく分かんないおじさんだったけど……」
伝えたい言葉を探るように逡巡し、やがて諦めたように思ったままの言葉を紡ぐ。
「いままででいちばん、分かるような気がしたの」
そう言ってエブリ子は笑った。
「へんだよね」
「そんなことはないよ、えりちゃん」
ちょっぴり寂しげに微笑む少女の言葉を、つよくんは優しく否定する。
「きみはきみなりの考えで兄のエブリパーティ仮面の気持ちを理解したんだ。きみがそう思ってくれるなら、彼もきっと救われる」
「そーかな?」
「そうだよ」
言葉を掛け合いながら外に出る二人。空が白み始める直前の夜空の下で、エブリ子がぽつりと呟く。
「これで、あとひとりなんだよね……」
つよくんに初めて会った時に聞いた世界の危機。それは4人のエブリパーティ仮面の存在がもたらすもの。だから魔法エブリパ少女は、それらを倒し元の世界に還すために戦う。
時々怖くてなんだか楽しい、二人だけの秘密の戦い。その終わりが、すぐ近くまで迫っていた。
少しだけ感傷に浸った少女が小さな相棒を見ると、それは今までに見た事のない、どこか深刻な表情を浮かべていた。
「……つよくん?」
「あ、うん……きみは3人のエブリパーティ仮面を倒したんだ」
少女の問いかけにどこか上の空で答えたつよくんが急にあっと声を上げる。
「そう言えばえりちゃん、いつもエブリパーティ仮面に都市伝説のって言うけど、あれどういう意味?」
「えっ、つよくん都市伝説のこと知らないの!?」
意外な質問にびっくりして答えるエブリ子。そうするうちに今のつよくんに感じたちょっとした違和感もすぐに忘れてしまう。
「半年くらい前からなんだけど、変なうわさ話を聞くよーになったんだよ。全部で4つあるんだけど……」
曰く、ク○ゲーを福と称して配り回る顔に包帯を巻いた怪人を見たとか。
曰く、顔に紙袋を被り子どもの落書き以下の絵を崇める宗教団体が存在するとか。
曰く、暗闇で突然顔が見えない男に話しかけられ、その問いに答えられなかったら魂を抜かれるとか。
曰く、いま世界で最も人気のY○utuberがこの街のどこかに居るとか。
「それ滅茶苦茶重要な話だよえりちゃん!!」
「ふぇ?」
「これまで現れたエブリパーティ仮面はみんな都市伝説の内容と一致した存在だった。ならその最後の一つで言われてるY○utuberもエブリパーティ仮面かもしれない!」
「えー、あの人は違うよ! 誰にもめーわくかけてないもん!」
「えりちゃん、そのY○utuberのこと知ってるの?」
「うん、よく見てるもん! たしかにちょっと変なお面かぶってるけど、そんな怪しい人じゃないよ! どんなにひどく言われているゲームもみんな神ゲーにしちゃうんだよ!」
「……………………」
力説を聞きつよくんの身体が強ばる。その反応に少女はまったく気付かない。
「……そのY○utuberの名前は?」
問いかけに、少女がなめらかに答える。
「『AKAKIN』って言うんだけど――」
場所は変わり、『ゲームリ○ブリック第三新本社ビル』最上階。
豪奢な調度品と煌びやかな装飾に包まれた広大な空間のなか、カメラの前に立ち弁舌を振るう人影があった。
顔に最も有名な革命家の面を被り、右手に健全すぎるアメコミ原作プラグ&プレイゲーム機のコントローラーを、左手に清らかな表情を浮かべた青髪の美少女フィギュアを抱えた男。その背後の360インチ相当プロジェクションモニターには『いろいろあってみんな逃げだすことに成功しました!』という表記と共に頭にHAPPYの書き文字を乗せたロボットや骸骨が笑顔を見せる一枚絵が表示されていた。
「――これで皆様にもこの『アメージング・ワンダフル・ハッピー・ハッピー・ストーリー』の本質が見えてきたのではないでしょうか。超ハッピーとミラクルハッピーの狭間をたゆたいながら自らのハッピーを求めさまようロボット、アベイレゲッセの戦いの日々。その渦中で鮮やかに浮かび上がる『仕組まれた喜びを幸福と呼ぶ者は居ない』というテーマ。愚かな検閲如きには決して消せぬその問いこそ、遠く384,400kmの果てで最初に上げられた地球の引力からの解放を求めた叫びだったのです。ならば我々もまた、その渇望の声を3秒でク○ゲーと断罪した心無い嘆きに終止符を打たねばならないでしょう。ヤッピー!――」
その異様な出で立ちからは想像も付かぬほどのイケメンボイスで訥々と語られる言葉は、カメラの先の360万人を超える視聴者に向けられたもの。
もう3時間以上も彼はこうして語り続けていた。まるでそれが自らに課した終生の使命であるとでも言うように。
「――さて時間です。それではみなさんにとってこのゲーム、神ゲーでしょうか。それとも良ゲーでしょうか。判断を願います」
その瞬間、コメント欄が秒間数千の速度で流れ出す。その言葉一つ一つに、あらゆる言語での『神ゲー』を表す単語が含まれていた。
コメントの速度が落ち始めたタイミングを見計らい男が両手を広げ、厳かな気配を漂わせながら口を開く。
「民主的評決に基づき、『
人々の願いを代弁するかのように言葉を紡ぐその姿は、神託を告げる巫師にも似ていた。
「真なる楽園への道がまた一つ築かれたのです」
再びコメント欄が滝の如き速度で流れだす。
配信開始から僅か半年の内に瞬間同時視聴者数641万人を数え、世界で最も影響力のある5人のエブリパリストにも選ばれた偉大なるY○utuber。ゲームカタログを神ゲーWikiに変えた英雄。数々の偉業で知られるその仮面の男の正体を知る者は居ない。
けれど、もしこの場につよくんが居たならばその男の事をこう呼んだだろう――『赤のエブリパーティ仮面』と。
「――さて」
放送を終えた赤のエブリパ仮面が、プロジェクターにエブリパーティの画面を映し出す。
この数週間に渡って続いたサーバー不良が解消され、こうみんかんは再び本来の活気を取り戻していた。
そして彼は、そのニュースに含まれるもう一つの意味を理解していた。
「欲望、信仰、妄執、その全てを征しましたか」
4つの都市伝説の内の3つに打ち勝った彼女らが最後の一つであるこの場所を見つけるのももはや時間の問題だろう。
「いいでしょう。それが私に課せられた試練であり、『彼』に出来る最後の抵抗だというのなら――」
赤のエブリパ仮面が清らかな少女のフィギュアの髪を撫で、ルーレットを止める。
「ただ、我が正しさを証明するのみ」
その針の先端が、あがりを示す数字に吸い込まれるように納まった。
つづく
次回予告:
「気を引き締めてえりちゃん! 赤のエブリパーティ仮面は初めて遊んだゲームが世界で低評価の烙印を押された日から全てのゲームを神ゲーにすると誓って生きてきた修羅のエブリパリストだ!」
「これこそが、王道のエブリパーティです」
「やめろっ! えりちゃんに手を出すな!!」
「貴方が隠し続けるなら、代わりに私が答えましょうか――貴方の正体を」
「あり得ないことだってときどきあり得るのが、エブリパーティだもんっ!!」
「二次元の推しの次なんて、最高の褒め言葉じゃないか――」
「1マッチ2CPU&ゴールファースト、【チャペルへGO】レディー!」
次回最終話、『祭りの後の夢』
いつも心に
参考文献:
ギャルゲーのキャラと同じ名前のスナックを見ながら酒を飲む
http://www.nicovideo.jp/watch/1461765405
The video game with no name【第18回】حقيقة غير مريحة(ハキーカ・ジール・ムリハ)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880928816/episodes/1177354054881564268
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