最終話 ~祭りの後の夢~1/4

『ゲームリ○ブリック第三新本社ビル』最上階。

 豪奢な調度品と煌びやかな装飾に包まれた広大な空間のなか、カメラの前に立ち弁舌を振るう人影があった。

 顔に最も有名な革命家の面を被り、右手に健全すぎるアメコミ原作プラグ&プレイゲーム機のコントローラーを、左手に清らかな表情を浮かべた青髪の美少女フィギュアを抱えた男。その背後の360インチ相当プロジェクションモニターには様々な二次元美少女のバナーが張り巡らされたウェブサイトが表示されていた。


「――確かに、その作品が真なる評価の機会を得られる日は永遠に訪れないのでしょう。しかし忘れてはなりません。『えいえんのせかい』を例に取るまでもなく、少女という永遠性の神格化は一時代の美少女ゲームという概念において最も大きな意味を持つ思想だったことを。ならばその世界に生まれ、現実における永遠性の到達に到った作品が持つ意味と価値が如何ほどのものか……これ以上は語るまでもないことでしょう。二度のマスターアップを経てなおその名をG○me‐Styleのモニター募集欄に刻み続ける不滅の象徴。たった一人で美少女ゲーム界の永遠の礎となった本作がなんと呼ばれるべきか――」


 その異様な出で立ちからは想像も付かぬほどのイケメンボイスで訥々と語られる言葉は、カメラの先の360万人を超える視聴者に向けられたもの。

 もう3時間以上も彼はこうして語り続けていた。まるでそれが自らに課した終生の使命であるとでも言うように。

「――さて時間です。それではみなさんにとってこのゲーム、神ゲーでしょうか。それとも良ゲーでしょうか。判断を願います」

 その瞬間、コメント欄が秒間数千の速度で流れ出す。その言葉一つ一つに、あらゆる言語での『神ゲー』を表す単語が含まれていた。

 コメントの速度が落ち始めたタイミングを見計らい男が両手を広げ、厳かな気配を漂わせながら口を開く。


「民主的評決に基づき、『お○かせ!とらぶる天使エンジェル』、此処に神ゲーと――」

「――ちょっとまったぁーーーー!!」

 赤のエブリパ仮面がこれまでと同じように神託の如き宣言を行おうとしたまさにその時、それを阻止するように新たな言葉が響き渡った。

 その音の発生源は、開かれた窓の外。

「――来ましたか」

 突然641階の窓から勢いよく飛び込んできたXbox360カラーの少女と黒いウサギのような生物に、赤のエブリパ仮面は驚いた様子もなく両手を広げて告げる。

「ようこそ。オススメRPGと同じ名を持つ運命の乙女と、その運命の授け手よ。此処こそがエブリパ世界の中心点。ゲームリ○ブリック第三新本社ビル社長室、『Y○SIKI御殿』です」

 変身を解いたエブリ子が赤のエブリパ仮面を認識し、驚きの声を上げる。

「すごい……AKAKINさんだ! つよくんの言うとおり、ほんとにこの町に居たんだ……!」

 曰く、いま世界で最も人気のY○utuberがこの街のどこかに居る。

 この街で噂された最後の都市伝説。その所在をつよくんはAKAKINの放送の背後に映っていたガ○アマスターとエブリパーティのコラボアートから断定し、迷わずこの場所にたどり着いたのだ。

「予想よりも早い到着でしたが……貴方ならこれだけの情報からたどり着くだろうと思っていましたよ」

「ふぇっ?」

 賞賛の言葉は少女ではなく、その側で彼を睨み付ける黒い物体に向けられたもの。その言葉を取り合わずにつよくんが赤のエブリパ仮面を問い詰める。

「赤のエブリパーティ仮面! 発売前のゲームを神ゲー認定するなんてなにを考えているんだ! 自分がその手でプレイしたゲームだけを神ゲーとするのが君の流儀じゃなかったのか!?」

 激しい問いかけに、しかし男は悠然と首を振る。

「全てのゲームが生まれる前から神ゲーであることは自明の理。だがその全てを遊び尽くした上で遍く人々に伝えるには、人の命は短すぎる。ならば遊ぶことを捨て、この命の全てを懸けて神ゲーの真理を説く事こそ我が使命――」

「やってもいないゲームを伝え聞く情報だけで神ゲーとして語るなんて、それは君が嫌ったやらずにク○ゲーと言う者達と同じだろう!!」

「愚かしい事ですね。『この世に新たなゲームが生まれる時、天からは光溢れ、地には色が生まれ、花は咲き、葉は繁り、実は育み、世界は一点の曇りなき幸福に包まれる』。その歴史と事実を語る私の行為を邪悪なるA○GNフォロワー共の甘言に等しいと断じておきながら、貴方にはそれに見合う覚悟がない。――?」

「……!! 赤のエブリパーティ仮面……!」

 平行線の問答を打ち切るようにつよくんがえりちゃんを見る。

「えりちゃん、変身だ! ……『毎日が楽しい! 綾小路きみ○ろのハッピー手帳』やってる場合じゃないよ!?」

「あ、おはなし終わった?」

 ヒートアップする二人の会話にまったくついて行けず福のエブリパ仮面が遺したゲームを遊んでいたエブリ子がつよくんの言葉にD○を閉じ、Xbox360専用メモリーユニット(64MB)をその手に握る。




「クロス――ハイデフィニション!」

 言葉と共にXbox360専用メモリーユニット(64MB)を握る手を掲げたエブリ子の身体をCMの最後にXbox360ロゴが表示される時に似た渦巻くように広がる幾本もの緑色の光が包み、その光のなかに着ていた衣服が溶けていく。

 そしてT○KIOの『D○!Do!Do!』――2007年夏からXbox360のCMソングで使用された宇宙で最も有名な歌のテンポに乗せて宙に浮いた少女の小さくも柔らかいマイクロソフトなボディに新たな衣装がキュリン☆キュリン☆とSE付きで実体化していき、大きくボリュームを増した後ろ髪がXbox360専用メモリーユニット(64MB)を髪留めにまとめられる。

 シルバーホワイトの衣装にライトグリーンのボニーテールが揺れるXbox360のイメージカラー通りのシルエットの完成と同時、少女のポーチから飛び出したXbox360ワイヤレスコントローラーが分解され少女の背と同じ長さのメカニカルな杖の形に再構成される。その先端にXboxガイドシイタケボタンを元にした輝く宝玉がXbox360のCMの最初に流れるエックス!の機械音声と共にはめ込まれた。

 そして杖を手にした少女が、新たなる己の誕生を告げる。


「白き箱の名のもと、ゼノンの英知をここに! 魔法エブリパ少女里見エブリ子、ジャンプイン!」




「そうです。それで良い。始めから我々は相互理解のあり得ぬ関係……ならば決着を付けられるのはこれしかない」

 そう言って赤のエブリパ仮面が右手に握った健全すぎるアメコミ原作プラグ&プレイゲーム機のコントローラーの先端のボタンを押すと、立派なレバーが変形し瞬く間にXbox360互換コントローラーの機能を得る。

「気を引き締めてえりちゃん! 赤のエブリパーティ仮面は初めて遊んだゲームが世界で低評価の烙印を押された日から全てのゲームを神ゲーにすると誓って生きてきた修羅のエブリパリストだ!」

「よく分かんないけど分かった!」

 赤のエブリパ仮面が杖を握るエブリ子ではなくつよくんに向けて語る。

「では『今度こそ』決着を付けるとしましょうか。神力子町ゲート、オープン!」

 その言葉と共に赤のエブリパ仮面がテーブルの上のスイッチを押すと、エレベーターから本物のT○KIOが現れその手に抱えた『D○!Do!Do!しようぜキャンペーン』のCMで山○メンバー扮する回転Xbox360ソフト寿司屋の大将が取り出したXbox360コアシステムの実物を五人で手際よく設置して起動し、営業スマイルを残して去って行った。

「1マッチ2CPU&ゴールファースト、【チャペルへGO】レディー!」

「1マッチ2CPU&ゴールファースト、【チャペルへGO】レディー!」

 赤のエブリパ仮面のルールに則った宣言をエブリ子に代わりウサギが復唱する。

 一本先取。不足分の遊び手2人をCPUで代行し、状態如何に関わらず最初にゴールした者の勝ち。一対一のガチエブリパに於いてもっともポピュラーなルールだ。

 そしてマップは――。

「あ、このマップ好き! びゅんびゅん前に進めるんだよ!」

 【チャペルへGO】。それは圧倒的な長さを誇る特殊マップだ。

 メダルを99枚持った状態でスタートするという他と一線を画する条件。そしてそのメダルを湯水の如く消費することでゴールを目指しつつも、先にメダルを切らした者には絶望が待つという恐怖のステージ構成。

 各人の神力の強さがそのまま勝敗に直結する、まさにエブリパーティで最も運と実力が問われるマップと言えるだろう。

「さあ――エブリパスタートです」

 そして最後の戦いが始まった。

 けれどそれは、戦いと呼べる物ではなかった。



「ほう、これは幸先が良い」

 そう言って赤のエブリパ仮面が【50マスすすむ】を踏む。

 50枚ものメダルを消費する代わりに全行程の4割を一気に縦断出来る、踏めるか踏めないかで大きく展開が変わる【チャペルへGO】序盤の最重要マスの力で既に開いていた差が埋めがたいほどに大きくなる。

「つよくんぅぅぅ……なんかわたしとAKAKINさんの出目ぜんぜん違う気がするよぉぉぉ……」

「……気のせいなんかじゃない、えりちゃん。赤のエブリパーティ仮面は目押しをしている……!」

「目押しって、最初のおじさんがやってた?」

「福のエブリパーティ仮面がやっていたのは完全な目押しだったけど、これはそうじゃない。純粋に【その目が出やすいタイミングを狙って】押しているんだ! だから外れることも多いけど、それでもやらずに回すよりもずっと良い目が出やすくなる……!」

「ええ。私には福のエブリパーティ仮面ほどの技量はありませんが、それでも【きほん】の出目を2回に1回程度は操作出来ます」

 本来6分の1であるべき可能性をこともなげに半々に出来ると赤のエブリパ仮面は宣言した。

 【チャぺルへGO】は長大なマップに点在する【メダルを払って先のマスに進むマス】をいかに踏んでいくかが勝負を分けるマップである。

 【火力発電所へGO】のような抜け道を踏むか踏まないかという一発勝負の世界ではない、継続した出目の良さを要求されるのが大きな特徴だ。

 通過する代わりにそこに止まることが出来る【?マス】の多さである程度の不運は吸収できても、【狙った出目を出せる】事の恩恵は他のマップを大きく上回る。

 この段階で既に、勝敗は半分決まったと言っても過言ではなかった。

 そして――。


「うわーん!」

 エブリ子が画面のなかで合体しようとする三体のロボットを、CPU達と似たようなペースで次々と爆散させていく。

 そしてその横で赤のエブリパ仮面は次々とロボットを合体させていき、一度も爆発させることなく勝負を決める。

 エブリパーティではミニゲームで勝利して得られるメリットがターンが経過するほど大きくなるよう設定されている。

 すなわち最も長い戦いとなる【チャペルへGO】では、その勝敗が他のマップ以上にゲームに大きな影響を及ぼすという事だ。

 この部分において、赤のエブリパ仮面の実力は他のエブリパーティ仮面を遙かに凌駕していた。 

 その力の差が、すでに大きく広がった互いの距離を挽回不可能なまでに拡大させていく。


 ルーレットを回すたびに祈りを捧げ、けれど狙った出目を得るための努力は惜しまず、ペットボトルロケットを宇宙に飛ばし、秒速で犬を洗う。

 全ては完全ではなく、けれど限界まで優れている。

 ゲームが提示したあらゆる要素への研鑽と習熟を重ねた者だけがたどり着くその御業みわざ


「これこそが、王道のエブリパーティです」


 燦然と輝く【あがり】の三文字。

 エブリ子の道程は、まだ70歩以上残っていた――。

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