第28話 逆襲のフレデリッサ。 END

 バールは追われていた。 誰に追われているかというと、昨日抱いてしまった女性にだった。


「うおおおおおおおおおお、隊長、ちょっと匿ってください! 俺ちょっと追われてるんで!」


「ああん?」


 べノムの返事も聞かずに、バールが勝手に家の中に入って行く。 そんな男を追っているのが、この私フレデリッサだ。 この私は短剣に閉じ込められた不遇の姫。 今はもう解放されているのだけど、そんな私を手籠めにした最低男を追いかけていた。


 確かに私の体を好きにしろとは言ったが、言いはしたが! 負けて気の落ちた私を、あの男は何の躊躇いもなく私を抱いていった! 気絶した私を攫い、自宅に連れ込み、言葉のあやというもので私の純潔まで奪って行くクズだ!  王国の民を滅ぼす前に、この男は真っ先に殺さなければ私の気が済まない!


「其処の貴方、死にたくないのであれば、今隠した男を引き渡しなさい! もし渡したくないと言うのであれば・・・・・。」


「分かった、直ぐに引き渡してやる、だから大人しく帰ってくれ。」


 家の中に入り、バールを探してくれるらしい。 随分と物分かりの良い男だ、人間とは思えない外見のくせに。


 この王国という国には、こんな化け物の様な者達が数多く暮らしているという。 私の時代ではこの様な者達は存在しなかったというのに、一体何故だろうか?


 そんな疑問も今の私には関係の無い話だ、あのバールを殺(や)ってから考えれば良いだけの話だ。


 私は少しだけ待っていると、先ほどの黒い男がバールを家の外に投げ捨てた。


「おいフレデリッサ、まあ、死なないぐらいなら何をしても良いが、あんまり酷い事はしてやんなよ? 此奴だってそれなりに良い所はあるんだ。 思う存分切り刻んでも良いが、とりあえず殺すな。」


「隊長、ちょっと酷いです。」 


 黒い男が言いたい事を言って、自宅へと入って行った。 引き渡してくれたのだ、とりあえず良しとしようか。


「こ、こんにちはフレデリッサ、今日も美しいですね。 お、俺に会いに来てくれたのですか、凄く嬉しいですよ。」


 この男、本当は私より強いくせに、私から逃げ回っている。 短剣に入っている時にはあんな事までされたのに、人間の姿に戻った途端こうだ、とても腹が立つ!


「言いたい事はそれだけでしょうか? では、死んでください!」


「にゃああああああああああああ!」


 私が愛用の短剣を振り上げた瞬間、自分の腹からググゥと音が響き渡った。


「う・・・・・。」


 何百年も飲まず食わずだったから、食べるという行為を忘れ果てていた。 私が短剣から解放されてから、まだ一度も食事を口にしていない。 しかし後は短剣を振り下ろすのみだ、もう少しだけと、もう一度短剣を振り上げてはみたものの、お腹が空いていると実感した途端、急速に私の力が失われて行っている。


 ググゥと、もう一度お腹が鳴ってしまった。 駄目だ、力が出ない。 何か食べ物を口にしたい・・・・・。 このままお腹を鳴らし続けるのは私の沽券にかかわる。 この男を殺す前に、何か食べ物を食べなければ・・・・・。


「あ、あの、フレデリッサさん、昼に食べようと思っていた手持ちのパンがありますけど、これ食べてみませんか? 勿論毒とか入っていませんよ。 なんなら俺が毒見してもいいです!」


 バールが懐からパンを取り出している。 紙袋から匂うパンの臭いは、とても香ばしく美味しそうだった。 焼きたてではないというのに此処まで香とは、私の体がそれを欲しているからだろうか。


 う・・・・・口から液体が・・・・・だ、駄目だ、涎なんて垂らしては・・・・・。


 体に力が入らなければ、この男を殺すのも難しいだろう。 私は仕方なく、仕方なく! そのパンを受け取った。


 私はもうマナーの事など頭にはなく、私は手に持って、そのパンに噛り付いた。 ピキンっとその美味さに衝撃が走った! 柔らかいパンの中にはジューシーな肉と野菜が詰め込まれている。 こんな物は私の時代には無かった物だ! ガツガツと腹に詰め込む私は、出された全てを平らげた。


「それ、実は俺が作ったんですけど、如何でしたか? 美味しかったでしょうか?」


 美味しかった、お腹が減ってたのも差し引いても、とても美味しかった。 殺すのは確定しているが、またこのパンを食べられるなら、この男を殺すのはもう少し待っても良いかもしれない。


「バール、これをもっと寄越しなさい! これが毎日食べられるのなら、もう少しだけ貴方を生かしてあげるわ!」


「それは・・・・・はい、じゃあそうしましょう。 でもただで置くのは少々大変なので、俺の言う事を少しだけ聞いてはもらえませんかね?」


 どうせ掃除でもしろというのだろう、その位ならやってやらなくもない。 あれ程私に殺されそうになっていたのだ、まさかまた私に抱かせろとか言わないはずだろ。


「ふん、良いでしょう。 多少の事ならしてあげますわ。」


「ッじゃあ今から行きましょう!」


 そして私は新たな住居と食事を手に入れた。 バールの家に一緒に住みこんだ私だが、どれも食べた事が無い料理だったが、私の口に合い、とても美味だった。 どうも異世界から来た知り合いの母親に教えてもらってという事らしい。


「食事も終えた所で、じゃあ俺の言う事も聞いて貰いましょうか。 もう食べたんですから、今更断るとかいいませんよね?」


「ふん、良いでしょう、食事の片づけぐらいならしてあげますわ。」


「いえ、それは俺がやります。 ですからもう一度、俺に貴女の体を感じさせてください!」


 また私はベットに組み伏せられてしまう。 しかしこの男、あれ程私に命を狙われながら、まだそんな事を考えているとは、どれ程頭がピンク色なのだろう。


「この場で私を抱いて、お前の命があると思っているのでしょうか? 果てた直後、お前は私の手にかかって死ぬのですよ!」


「その時はその時、今は今。 俺は今、貴女を抱きたくて仕方がないのです。 今度は絶対後悔などさせません。 絶対の絶対です! だから、もう一度・・・・・。」


「良いでしょう、やってみなさい! もし私が満足できなかったのならば、お前の命は尽きると思いなさい!」


「承知!」 


 躊躇う事も無く私の体に手を伸ばすバール、最早私は成されるがままに、その行為を受け入れて行った。


 そして二月の時間が流れる。 あの男の攻撃に屈してしまった私は、もうバールを殺す気が失せていた。 受け入れてしまうとそれなりに楽しく、穏やかな生活が続いている。


 だがこの日、私は目撃してしまった。 バールが他の女と肩を組んで歩いているのを・・・・・。 ふつふつと怒りが湧いて来る私は、再び怒りの感情が湧き上がって来た。 私は知っているこれはただの殺意ではなく、たぶん嫉妬というものだろう。


「死ねええええええええええええ、バールウウウウウウウウウウウウウウウ!」


「ぎゃああああああ、フレデリッサアアアアアアアアアアア!」



 そしてまたバールと私の追いかけっこが始まった。



           END

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兵士バール、トーナメントを戦う。 一難去ってまた一難。 秀典 @kurokoge

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