第28走者(アンカー) 走り行くすべての者

28


ああ、1週間がこれほどに速く感じたのは生まれて始めてのことではないだろうか。


楽しみだったわけではない。


いや、そう言うと語弊がある。


共に目指してきた場所に立つことが出来るのだ、期待が無いわけではない。しかし、今の自分が本当にこのチームに必要かと考えると、必要ではないと考えてしまう。


結局最後まで難しい走法や自分にしかできないことを覚えたり見つけられたわけではない。


せめて、チームの為に0.1秒でも縮める為に毎日走るのだが、速くはなっても全国で通用する速さではない。


何故ここにいるのが社先輩ではなく、猫垣 英吾なのだろう。



開峰学園は今年で100年連続で全国へ出場している。


取材で100年なんて歴史にとらわれず自分たちの走りをするだけです。と明らかに青嶋を小馬鹿にするような発言をしていたが、叩くものはいなかった。


何故ならそれをするだけの速さと走りが高3キャプテン風読 翔にはあるからである。


しかし、毎年出てはいるが優勝をしているわけでは無い。勿論、何度か優勝はしているのだが、1/2以下である。


ではどこが優勝しているのかと言うと緑惺(りょくせい)大学付属高校である。


去年の優勝もここなので開峰はシードを取ることができなかった。


しかし、今回は風読の3年間で最高のチームと言って良いだろう。


今年こそは優勝をする。


今までの年はリレーより個人の方に力を入れていたのだが、今年は200m×4のリレーで優勝することが、伝説と言われた田島 数人を越えることが、完全走法者に勝つ事が今の風読の悲願である。



「みんな今までありがとう。たった3ヶ月しかお前らと走ってないのに、ずっと一緒だったみたいだ。何故今まで一緒にいなかったのかが不思議に思えるほど。お前らは意味がわからないほど速くなった。そして、強くなった。自分自身を見て自分を知ったり、自分を変えたり、1人じゃ無いと知ったり、色々強くなった。なのに俺は最後また走れなくなった。俺ならほっとくと思う。なのに、みんなして俺を助けてくれるし、そんな奴とまた走りたいとまで言ってくれた。嬉しかった。どれだけ嬉しかったか。俺はまた、走れなくなるかもしれない。でも、後悔はない。一生分お前らと走ったから。でも、まだもう少しだけ走りたい。200mそれは、コンビニにも行けないし近くの自販機だって行けないかもしれない。どんなに頑張ってもポストに手紙を投函するくらいだろう。でもさ、走りたくても走れない奴がたくさんいたんだ。地区大会やエリア大会の出場校。青嶋や赤醒みたいに死んでもきたかった奴らが来れなかった200mなんだ。当然この中には社も含まれている。あいつが死んでも走りたかったこの200m他人に渡すなんてどれほどの苦しみと後悔があったのかは想像がつかない。でも、それを受け取った奴の気持ちならわかる。男が命かけたものに対して命をかけない事が失礼だって言うこともわかってる。だから俺はこの200mに命をかけるんだ。お前らにそれ程の覚悟をしろとは言わない。でも、舐めた走りをしたら俺はそいつを殺す。無茶苦茶なことを言ってるのはわかってる。でも頼む。最後の最後だ、俺のわがままを聞いてくれないかな?」


俺はみんなに頭を下げた。後輩に頭を下げることに対して嫌だと思ったことはない。それ相応のことをしたら、頭を下げるのは当然のことだ。


だが、頼み事として下げるのは初めてでは無いだろうか?仮に違っても少ないことには変わりない。

そしてそれは心からのお願いであった。


しかし、心のどこかで命令とも思っていた。


それほどこのレースにかけているのだ。


「先輩、本当に無茶苦茶ですね。命はかけなくても良いけど、舐めた走りをしたら殺すって。そんなの命かけさせてるじゃないですか。でも、僕はとっくにかけてますよ。命。」


「僕もかけてます。」


「俺も…」


「お前ら…馬鹿だな。」


後輩に涙を見せてしまった。しかしそれが嬉し涙で良かった。


「あなたを間違って慕ってしまうほどにはね。」


「さあ、走ろうぜ。」


「「「おっしゃーーーー‼︎」」」


珍しく国見も叫んでいた。


「灯さん本当に彼らの近くにいなくて良いのですか?」


「はい。あいつらには教えることは全て教えました。あとは数人がどうにかするでしょ。」


「そうですか。」


「薄墨先生騙されたらダメですよ。こいつは生徒のことなんか何も思ってないんですから。」


「そうです。カッコつけてますがほんとはヘタレでビビリのチキンなんですから。」


「あらら、女性陣が俺に辛辣だね。」


薄墨先生の隣に灯が座り荷物を置いてさらに一つ開けて女性陣が座っている。


「当たり前だ、あんな走り方を教えるなんて人とは思えない。仮に数人がそれを望んだとしても。」


小森の言葉に光は激しく頷く。


「あはは、まあそうかもね。というか光も知っていたのか、小森さんも口が軽いね。」


「光だからだ、彼女以外には言ってはいない。」


このギスギスした空気を和ませてくれたのは龍達だった。


「こもりー来たぞー。」


「え?ああ、久しぶりだな。」


そこには、社家の執事3人と一さんそして龍くん達がいた。


薄墨先生と灯に彼らを紹介する。


2人とも大人なので執事達の名前は気にはしていたが口には出さなかった。


「今はどういう状況なのですか?」


矗さんの問いに小森が答える。


「ちょうど今第2レースが終わったところです。タイム的にうちより速い高校はいませんでしたが、第3レースには緑惺と開峰がいますからね。実質第3レースの勝者が優勝校ですね。」


全国大会は全7エリアから上位2校の14校プラス昨年優勝校の15校で競う。


1レース5校でそのタイムを競う。


「そうですか。彼らには是非坊ちゃんのためにも優勝していただきたい。」


矗さんの目には何故だか涙が浮かんでいた。



今回のレースは1レーンが緑惺2レーンが開峰そして、桜坂は5レーンだった。


国見はインコースよりもアウトコースが得意なのでホッとしている。


「じゃあ、みんな頼むぞ。」


そう言って三木先輩は持ち場に向かった。


「あっ。待ってくださいよ。」


英吾も三木先輩の方へ向かった。


「英吾!」


「ん?どうした国見?」


自分でも分からない。ただ、呼ばなければならないと体が勝手に思ったのか気づいたら呼んでいた。


「俺は…バトンパスが下手だから…その…」


「なんだよ?」


「お前しかいないんだ…俺のバトンを取れるのは…だから…」


「んなことねーよ。誰だって取れるだろ?」


「そんなこと…」


「でも、ありがとな。絶対取ってやるから。」


そう言って英吾は反対に向かった。


「何話してたんですか?」


「なんでもない。」


理由はわからないが、今やっとチームになった気がする。



『on your mark set …』


何度も聞いているはずなのにこの間が永遠にも感じる。


『パンッ』


国見にとってそれは初めての感覚だった。


いつも通りpの音で出たはずなのに、いつもは自分の足音しか聞こえない時間があるのに、今は聞こえる。もう一つの足音を。


音からして、第1レーン。やはり優勝候補は簡単には引いてくれない。


国見と緑惺の速度はほとんど同じだった。


しかし、第2走者へとバトンを渡すところで差ができる。


緑惺の流れるようなバトンパスに比べ、国見のバトンパスはやはり位置がおかしく取りずらい。「くそっ。もっと練習すれば…」国見の後悔なんか関係ないかのように、英吾はバトンを的確に受け取る。「あんなこと言われちゃ、頑張っちゃうだろ。」


英吾は全力で駆け抜けるのだが、やはり全国クラスと比べると遅く感じてしまう。緑惺との差は約2メートル、開峰との差もほとんどなくなってきている。


緑惺がバトンを渡してから、約1秒英吾のバトンは理科へと渡る。そしてこの時開峰との差は無くなる。

開峰の3走者も速いのだが、完全走法者とはやはり差が生まれる。


少しづつではあるが、短距離にとっては何者にも変えがたい差であった。


コーナーに差し掛かった時、アクシデントが起きた。


緑惺の選手がカーブで体重をかけすぎ派手に転倒してしまった。


しかし理科と開峰の3走者は気にすることなく、アンカーの方だけを向いている。


「せんぱっーーーい。」


思わず叫んでしまったが誰も気にしていなかった。


誰も聞こえないほど集中しているのだから。


しかし、そんな中でも三木先輩は笑ってくれた。


わずかに早く理科の方がアンカーにバトンを渡した。


開峰のアンカーは風読 翔。僕と同じ完全走法者。どちらが勝ってもおかしくなかった。


当然、全身走法の可能走行距離は200mなのだがこれでは勝てない。


だから俺は、これを習得したんだ。


『限界突破』


筋肉に力を入れた状態で更に筋肉に力を入れる。


こんなことをしたら、俺はもう走れないだろう。


だが、後悔はない。


ああ、静かだ。


周りは歓声でうるさいはずなのに。


いや、何か聞こえる。


龍達の声だ、まだ聞こえる。薄墨先生、小森コーチに保険ちゃん。師匠に矗さん来我さん忠臣さん一さんもいる。みんなの声が更に俺を加速させる。


ああ、楽しいな。もっと走りたいな。一生この200mを駆け抜けていたい。


風読は速いな、まだ近くにいる。


でも。


俺の方が速い。


終わって欲しくない、でも終わらせる。


残り20mの所で数人の足に異変が起きていた。


それは、数人も気づいていた。


まずい。このままだと、足に力が入らないかもしれない。


流石に200mこの状態はきつかった。


でも、諦めるわけにはいかねーんだよっ。


昔、理科がただ走るだけに熱くなんなよと言われたことがあったって言ってたな。


多分そいつらは、走ったことがないんだろう。いや、競技として走ったことがないんだろう。


「ただ、走るだけじゃ、こんなに熱くなんねーよ。」


そう叫んでから、俺は足の感覚がほとんど無いまま走り、ゴールテープをこの胸で掻っ切った。

その後の俺は倒れこみ、ただ叫んでいた。



そして俺たちは少しインタビューを受けた。


疲れていたこともあり何を話したかはあまり覚えてはいないが、唯一明確に覚えていることがある。


この勝利を誰に伝えたいかというよくある質問である。


その問いに対して俺は少し悩んだ。


俺は誰のために走ったのだろうと。社の為でもあったが、あいつだけの為では無い。俺の我儘に付き合ってくれた後輩のためでもあるし、応援に来てくれた人のためでもある。地区予選やエリア予選で負けた奴らのために走っていたかもしれない。


そんな時、秋子さんの言葉を思い出し俺は言う。


「走り行く全ての人たちへ。」と。


秋子さんにはこんなところまで助けられてしまった。


エピローグ


これが俺の3ヶ月間に渡る桜坂高校における青春のすべてである。


あの後、個人戦で風読は9.89という記録を出し。見事俺は契約が切れ他の学校に行くこととなった。


みんなが残るように説得をしてくれたらしいが、俺はもうあの学校にやり残した事はなかった。


その後、また表情が失われたが保険ちゃんと見に行った花火大会で今度は取り戻した。


「カズくん行きますよ。転校初日に遅刻してはいけません。」


「俺は仕方がないけどさ、光までする必要はないだろ?」


「仕方がないじゃないですか。私がいなかったら、誰が車椅子を押すんですか?」


これに関して言えば、反論はできない。


しかし、敬語はやはり抜けなかったようだ。


「悪かった。光、押してくれないか?」


「はい。」




(終)

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run〜走り行くすべての人へ〜 ハトドケイ @hatodokei

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