第27走者 完全な者
27
例年はこのエリア大会を制するのは開峰学園と青嶋高校である。
他の高校は毎年頑張るのだが、どうしてもこの2校に勝つ事ができない。
赤醒(せきせい)学園もその一つだった。
毎年青嶋にちょっとの差で負けてしまっていたのである。
しかし、今年は1年に汐田 政宗(しおた まさむね)という選手を迎え入れた。
彼は元プロ選手の星田 透華(ほした とうか)の息子であり、プロ選手の汐田 渚(しおた なぎさ)を姉に持つ生まれながらのランナーである。
そんな彼を迎えて今年こそは青龍に勝とうと思っていたのだが、彼らは赤醒と同じ舞台に立つことはなかった。
地区予選で桜坂高校という無名校の最初のランナーが物凄い反応速度でスタートし、それをフライングと勘違いし減速する選手が続出したのだ。
青嶋もその一つであった。
赤醒主将の藤堂 隼人(とうどう はやと)はその事を最初聞いた時怒りを覚えたがその桜坂高校の記録を見て怒りは無くなった。
藤堂の見立てでは、青嶋に88秒を超える速さはない。
つまり、走り直そうが何回走ろうが、おそらく青嶋は負けた。
であれば、その桜坂高校を超える事ができれば、俺たちは青嶋より速いという事であると気づいたのである。
〜
「薄墨先生前回はすみませんでした。先生が来るとは思っていなかったので、1人にしてしまいました。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。行く連絡をしなかったのはこちらですからね。」
薄墨先生は未だに右腕のギプスが取れていない。本人曰く右腕以外は治ったらしい。
「しかし、小森先生はここにいていいんですか?」
「どういう事ですか?」
「いえ、生徒のところにいたほうがいいのではないかと思いまして。」
「それなら大丈夫です。新しいコーチが彼らのところにいてあげていますから。」
その言葉を発する時の目はどこか寂しげだった。薄墨自身それには気づいてはいたのだが、何も気の利いたことが言えそうではなかったので、そうですかと返事を返した。
〜
「えーっと。このエリア大会にはシード校として開峰学園が参加しています。おそらく今年も全国へコマを進めると思うが、あまり気にせず頑張ろう。」
「いや、師匠もう少し気の利いたことを言ってくださいよ。」
「俺は全国に行くまでお前らにはいことを言わないつもりだ。しかし、全国に行ったらいいことを言いそしてそれが生涯の恩師からの言葉となるのだ。だからエリア大会ごときではこのくらいがちょうどいい。まあ、強いて言えば開峰とは一緒に走らない。良かったな。」
何というポリシーなのだと思ったが、これが彼なりの鼓舞だと分かっているからこそ、俺たちはこれ以上何も言わなかった。
〜
俺たちはまた、第1レースだった。
7つの地区から14校が集まりそこに開峰が加わり15校による2枠の全校区へのチケット争奪戦である。
文字通りの早い者勝ち。
社のためにも絶対に全国へ行く。
今回は一番左の第1レーンだった。
陸上競技において距離は全て一緒とされているが、曲がりやすさが違いとなって出てくる。
1レーンと5レーンでは5レーンの方が緩やかに曲がることができる。
どちらが得意かは人によるだろうが、国見はインコースは苦手であった。
しかし、その対策をしてこなかったわけではない。
理科ほどではないが体幹を鍛えて割と強い方になったはずなのだ。
〜
1レーンから順に名前を呼ばれる。
青龍のファンは意外と多く僕等に対する拍手や歓声はほとんど無かった。
しかし、薄墨先生の声は今回も聞こえた。
ほとんどの人間が桜坂を嫌ってはいるが、やはり国見のロケットスタートには興味があるのか、見ている人は多かった。
第1レースで人気が高かったのは赤醒高校だった。
いつも青嶋にあと少しの差で負けているらしい。
故にライバルの様な存在と世間は認知しており、『赤醒、青嶋の弔い合戦!』なんてニュースも見かけた。
おそらく青嶋はそんなことを思ってはいないだろうが。
〜
『on your mark set パンッ』
今回も国見のスタートは明らかに早かったのだがフライングにはならなかった。
地区予選で一度見ていたし、有名になりすぎていたので流石に減速する選手はいなかった。
国見は1番で第二走者のもとに辿り着く。
英吾の左手を国見の目は捕らえた。
前回の様に変なリズムで渡さない様にと何度も練習をした。
しかし、またしてもバトンパスを失敗した。今回はリズムはあっていたのだが、位置が悪かった。
英吾の左手より少し高い位置に出してしまったのだ、これではバトンが繋がらずに失格になってしまう。
そう思ったのだが、英吾には後ろにでも目がついているのか左手の位置が上がりバトンが繋がった。
英吾は国見と比べると遅いのだが、コーナーではどの選手にも引けを取らない速さを誇る。まるで、こけることが怖くないかの様に。
英吾が理科へバトンを渡す時には赤醒の第2走者汐田 政宗が同じ位置まで迫っていた。
バトンを第3走者に渡したのはほぼ同時であった。
桜坂高校は当然理科が走る。赤醒は主将藤堂 隼人である。
藤堂の走りは全力走法にも似た全力の走りだった。
それに対し理科の走りは無駄のない美しさを覚えるほど無駄のない走りだった。
そしてそれは藤堂の走りよりも速かった。
藤堂の3年間を全力の走りをあざ笑うかの様に理科は駆け抜けた。
そしてその走りを見た時、観客はただ速いとしか思わなかった。
しかし、会場の中で3人だけ理科の走りに気づいていた。
それは剛力 剛と小森 明美そして、風読 翔の3人であった。
「あれは、完全走法。」
小森は驚きのあまり叫んでしまった。
その叫びに薄墨は当然疑問が生まれた。
「それはどういう走りなのですか?」
「名前の通りですよ。無駄が存在しない、至高の走り。しかし、その習得には物凄い努力と才能が必要となります。」
自分の無駄をなくすというのはとても大変な事である。
走りというのは小さい頃からしていた事なので癖が体に染み付いてしまっている。
それをするには自分という存在を殺し走るということを体に覚えさせる必要がある。
その時小森 明美は思い出した。彼はいじめられていた時に自分を殺し周りに合わせて生きていたことを。
剛力 剛は思い出す。彼は賢く教えたことをすぐに覚えたことを。
そして、風読 翔は気づく。彼が自分自身の最大のライバルになりうることを。
そしてレースは終盤。
理科から数人へとバトンが渡される。
数人は走るのだが、息を切らすこともなくただ淡々とゴールへと行く。
しかし、その走りは超一級品。
だが、理科よりは速く無かった。
よって理科が作った赤醒との差は縮んでいた。
残り50mほどの時にはほぼ同じ位置にいた。
誰もがこのままいけば赤醒が勝つと悟った。
ちょうど残り50mの時からその差はさらに大きいものになった。ぐんぐんと差が開き1.5秒差をつけ桜坂高校が一着でレースは終わった。
〜
誰もが桜坂は負けると思った。
それは、数人の走りを見てきた剛力 剛でさえそうであった。
残り50mくらいの時から急に加速をした。いやこの言い方は正しくない。正しくいうならば、残り50mで数人は走り始めた。
そんな風に感じた。
自分で言っていても意味がわからないが、そうとしか言いようがない。
あれはただの加速では無かった。ラストスパートなんて生ぬるい言葉で終わらせてはいけないものだった。
さらに、剛力は気になった事があった。というよりは気づいたことの方がいいだろう。
数人の謎の走りもそうなのだが、理科の完全走法も注目すべき点である。
完全走法なんてこの世でできるのは2人だけだと思っていたので、驚きが半端ではない。
2人の内1人は今見ている、風読 翔である。彼は完全走法をマスターしており、今大会で日本最高記録はほぼ間違いがないだろうと思われるくらいに最高に仕上がっている。
そしてもう1人だが、こいつが桜坂の数人たちの新しいコーチなのだろう。
小森コーチから、凄い人がコーチになりましたとメールを貰ったが、想像通りならば超ビッグネームである。
恐らくではあるが、新コーチは夜野 灯だろう。
〜
「おい、なんで数人に走らせた。全国でしか使わないんじゃ無かったのか?」
「そのつもりだったんだがな、赤醒のタイムを考えると使わなければ勝てなかった。」
「数人の足はどうなんだ?」
「何故そんなに怒る?そうか、お前はまだ弥生に縛られているのだな。くだらない。」
「質問に答えろ。」
「はあ、大丈夫だ。レース後に確認した。50mなら今までにも行ってきた。でなければしない。」
そう言うと、灯はどこかへ行ってしまった。
〜
その後第3レースの開峰が桜坂より速いタイムを出した事で赤醒は敗退となり、全国出場は開峰と桜坂の2校となった。
1週間後に最速のチームが決まる。
〜
「秋子さん俺はなんで走ってるのかな?」
エリア予選の後家に帰り、たわいもない会話をした後ふと呟いた。
「君は本当に姉さんの息子なんだね、姉さんも最速と呼ばれ始めた頃に私に聞いてきたよ。」
「なんて答えたの?」
「答えられなかった、だって分からないもん。走らなきゃ走る人の気持ちはわからない。」
「そっか。」
「でもね、その後急に分かったって言ってきたの。なんて言ったと思う?」
「さあ、走りたいから走るとか言ったんじゃないの。」
自分で言ってなんだがとても自分の母言いいそうな言葉である。
「私はみんなの為に走るんだ、つい追いかけたくなるけど追い付かないそんなランナーになる為に走ってるんだ!って言ってたよ。」
「自信家というか自意識過剰というか。母らしい。」
「数人君もそういたら良いよ。みんなの為に走れば良い。」
「いや、俺は決めた。誰もが追いつけなくて追い越す気さえ起こらないほどの速さを手に入れてやる。そして、それでも走る奴が本物だ。」
その時の数人の目は野心に溢れた黒い目だった
〜
「剛力さん、あのアンカーについて知っていますか。」
風読 翔は今日の走りに不満はない。むしろ良かったと自分でも思っている。
しかし、あの桜坂高校というところの第3走者と第4走者は異質であった。
完全走法を習得している第3走者もそうだが、やはりアンカーの最後の加速が気になる。
「知ってるも何も前に教えていた。」
「それは本当か?」
世界は広いようで狭いと感じる出来事だった。
「本当だよ。でも、お前も知ってるはずだぞ。」
そんなはずは無い。今まであってきたやつの中で三木なんて名字で速いやつなんて聞いたこともない。
「田島 数人という名なら聞いたことくらいあるんじゃないのか。」
「当然だ。伝説のランナーの名前じゃないか。中学生で9.99を叩き出したという選手だろ?でも、母親の田島 弥生の死を境に走るのをやめたんじゃ無かったか?」
「そうだ、そいつはその後母親の妹に育てられている。父親が死んだわけではないのだが、旅に出ているとかでほとんど会っておらず名字もその妹さんのものに変えたそうだ。そしてそれが三木 数人。桜坂のアンカーだ。」
なんという事だろうまさか伝説のランナーと走ることになるとは。惰性で出ることになったリレーだったが、これは楽しみなものになってきた。
「しかし、なぜ最後あんなに加速できたかはわからないんだ、俺が教えていた頃にはあんな動きはなかった。すまないな。」
「いえ、作戦を立てようと思ったのが間違いでした。俺はただ単純に速く走る。速く走れば良いだけの競技で、頭を使おうとしたのが間違いでした。」
その時の顔は剛力自身初めて見るような、風読 翔の笑顔だった。だがそれは決して優しいものではなく、獲物を狙う野生動物の顔だった。
〜
数人の速さの秘密は命をかけているというところにある。
数人が行なっているのはただの全身走法である。しかし当然それだけではあの速さは説明ができない。
灯は数人の覚悟を聞きある事を命じる。
それは大会の日まで1日も欠かさず全身走法の状態でいるという事である。
当然寝るときもである。
初めは慣れなかったが徐々に慣れ4日ほどで寝ることも可能になった。
そしてそれがもたらす恩恵は、脳が勘違いを起こし全身走法の状態が通常の状態であると脳が勘違いを起こす。
つまり今の数人にとっては全ての行動は走っていることと同じなのである。
しかし脳はそうは思っておらず普段の行動と思っているのである。
そして、数人はレースの最後50mで走り出したのである。
走ってはいるものの脳は歩いていると思っていたのだが、残り50mで脳さえも走らせた。
すると通常より単純計算2倍速く走ることが出来るのだ。
これによって数人は超人的速度を出したのである。
しかしこれは筋肉への負担が大きい為200mフルでは走らせることはできなかったのだ。
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