第26走者 無情な者

26


「それで?昔会っていて、お互い惹かれていて最近知り合って、付き合っているとそういうことか?」


「そうです。でも、僕真剣なんです。」


「ごめんね。こんな人が育ての親で…」


2人の意見は対照的だった。


意外にもすぐ認めて開き直る理科と後悔し始める秋子さん。


しかし、俺はというと、


「別にいんじゃねーの?」


「「え?」」


あまり重く受け止められなかったからか、怒られると思ったのか2人は俺の許しを間の抜けた顔で聞いた。


「いや、なんでか知らんが理科のタイムは速くなってるし、お互いが好きならそれでいんじゃねーの?」


「で、でも僕が先輩のお義父さんということになるんですよ。」


「いやなんねーよ。なっても叔父さんだろ?」


「確かにそうかもしれませんが、戸籍上そうなるんですよ。」


理科は俺の家庭環境をどのように思っているのだろう?


「お前勘違いしてるぞ。俺の親権は秋子さんには無い。ついでに言えば俺の父親は死んで無い。」


確かに母親がいなくて母の妹に育てられていればそう思う人も多いのだろうが、断じて違う。


秋子さんは俺の父親の建てた家に‘居候をしているのだ。家賃として、俺を育てているらしい。


俺の父は旅人で俺が小学校2年生くらいんときからどっかに行ったっきり帰ってこない。


と言っても流石に母の葬式にはきていたらしい。その時の記憶が曖昧なので覚えていないが。


「秋子さん。あんたは俺がダメだと言えば別れるほどくらいの愛なのか?」


「違う!」


今までに聞いたことのない声だった。


「じゃあ、それが答えなんじゃねーの?夕食出来たら呼んでね。」


そう言って二階の自分の部屋に上がった。


正直驚いているし、内心まだバクバクだが誰も傷ついていないので俺が止める理由もないし、権利もない。


それから、2時間ほどして夕食ができたらしいので下りると、そこには当たり前のように理科が座っていた。


「なんでお前がいるんだ?」


「なんでって。さっきいいよって言ったじゃないですか。」


「なんで夕食食ってんだって聞いてんだよ。」


「そりゃ食べなきゃ死んじゃいますからね。」


「自分の家で食えばいいだろ。」


「あれ?さっき言いませんでしたっけ?僕今日ここに泊まるんですよ。」


聞いていないぞ。


「そんあ急に。この家には布団がふたつしかないんだが?」


「二つあればいいじゃないですか。」


「お前まさか先輩から布団を奪う気か?」


「違いますよ。僕と秋子さんで一つです。」


「あんたらまさか…」


そう言って見上げると2人とも顔が赤かった。


「はあ、今日はNCのイヤホンで大きめの音楽を聴きながら寝るよ。」


「すみません。」


まさか、後輩に先を越されるとは…しかも秋子さんと…


「親には言ってるのか?」


「はい。先輩の家に招待されたと言っているので大丈夫です。」


「ギリギリ嘘じゃないな。」


その日の夜はあまり寝付けなかったとだけ言っておこう。



その日はツヨポンのさよなら会だった。まあとっくに分かれてはいるのだが。


「数人どうだ調子は?また走れなくなったと聞いたが。」


「今は全く問題ない。それより聞きたいことがある。」


当然、風読 翔の事である。


「分かってる。しかし、俺はスパイじゃないから何でもかんでも教えるわけにもいかない。だから、言える範囲だけだ。」


「それで十分だよ。」


「奴はまだ練習の段階ではお前の記録を破ってはいない。しかし、確実に超えてくるだろうな。お前はそれを越えることができるのか?」


「無理だな。つーか出ないし。」


もう、メンバーには伝えたのでツヨポンも知っていると思って話してしまった。


「もう決めたのか?」


「ああ。」


「じゃあ、今更俺が何を言っても無駄だろうな。お前はそういう奴だ。しかし、お前の走りが久々に見たかったんだがな。」


「大丈夫だ。俺の走りは見れるぞ。俺は200×4に出るんだからな。」


「何があったかは知らんが後悔はするなよ。」


「ありがとう。」


その後はみんなで話したり、ゲームをしたりして解散となった。時間は3時でまだ練習が出来る時間だったので、みんなで学校に向かった。意外と近く車で十分でついた。


試合まで後2週間である。


試合は地区予選、エリア予選、全国大会となっている。


ツヨポンのさよなら会から約2週間今日は地区予選の日である。


意外にもみんな緊張でガチガチにはなっていなかった。


むしろ、笑顔だった。


地区予選は全25校が5校ずつ走りタイムの早い2校が次のエリア予選に行くことができる。


8:30には全員何事もなくエントリーをすることができた。しかし、色々な競技があるためすぐに試合に入るわけではなかった。俺たちは11:00からで200×4の第一レースに出る。


長いと思っていた3時間だったが、もすぐに来た。体感で言えば30分程だった。


俺たちは3レーンを走る。


水泳であればいい位置なのだが陸上では、関係が無い。


だから好きというのもあるが。


1レーンから順に高校の名前が呼ばれる。


応援が来ているのか、名前を呼ばれると『おおー』の様な歓声が聞こえる。


『第3レーン 桜坂(さくらざか)高校 り、陸止部 国見君 猫垣君 中川君 三木君』


流石に変えたかったが、これも社の意志だと言い聞かせた。実際は練習がしんどくて忘れていただけなのであるが。


「お前らー負けたら許さんぞー。」


どこにいるかはわからないが、薄墨先生が何処かにいるのだろう。退院したてだというのに、しかし1人でも応援がいるというのはとても嬉しかった。


俺たちのレースで一番歓声や拍手が多かったのは第五レーン青嶋(あおしま)高校だった。


ここは金持ちでイケメンばかり集まるのでファンが多い。そして何より全国常連なのである。


絶対に負けるわけにはいかない。


総合タイムとしては90秒台に乗せられればほぼ勝ちだろう。



今回の大会ではスターティングブロックにセンサーが付いておりそれがスタートの合図を出すものと連動しているらしく、フライングの規制が厳しくなった。



『それでは選手の方は位置について下さい。』


スターティングブロックの動作を確認し始まる俺たちの初陣が。


『on your mark set パンッ』


ピストルの様な音で始まる。


しかし、国見以外は減速をした。何故なら、国見がフライングをした様に見えたからだ。そしてそれは、観客席にいる他の選手や裏にいる次のレースの選手もみんながそう思ったのである。


俺たち以外は。


国見は天才的な感覚によりパンッとなった音のpの時点で走り出すことができる。そしてそれは、明らかに他の選手よりも早いのである。慣れていたり強豪であればあるほど勝手にフライングだと決めつけてしまう。さらに俺たちは、あのタイミングでスタートしてもフライングとはならないことを知っている。


そして、毎日特訓していた国見を信じている。


国見が走り始めて、約3秒後誰かが叫んだ。


「フライングの音はなっていない」と。


それを聞き他のランナーも慌てて走り出す。特に青嶋は国見への判断が早くすぐに止まっていたので、圧倒的な差がつけられた状態でスタートする羽目になった。


陸上における3秒は加速している選手の3秒は慌てて走り出した選手の3秒なんかとは比べ物にならない距離を産む。


特に問題なく国見から英吾へ。英吾から理科へ。そして、理科から俺へとバトンを繋いだ。


おそらく今までの試合に類を見ないほどの大差をつけて88秒という高校生とは思えないタイムでゴールした。


ちなみに青嶋は120秒という今大会の最低記録を出した。


当然俺たちは、エリア予選へと駒を進めたのだが一悶着が結構あった。


まず、俺たちのレースのやり直しを求める声が非常に多かったので、どうするかの話し合いが長かった。


最終的にはやり直しは認められなかったのだが、機械への批判が特に酷く。会場は一時期全員が俺たちのアンチだったのでは無いかという空気に包まれた。


しかし、他の競技では同じスターターを使い優勝者を決めており、機械の故障やバグなどであれば全てをやり直す必要がある。しかし、それは他の優勝者からの反対が来て。最終的にはエンジニアの方に見てもらい、問題が何も無いことを確認したのでどうにか納めた。


こうして俺たちは大会最高記録を出したのに嫌われるという忘れがたい初陣をかあったのであった。



小森 明美は先ほどの走りを見て一つ気になったことがあった。


それは、数人の走りについてである。


タイムや速度は今までより速くなっていた。それは練習の成果なので純粋に喜ばしい事なのだが、彼の顔は今までより速く走ったというのに全く疲れを感じさせていなかった。


と言うより疲れていなかった。


200mを走ればどんな人間だって息を切らすだろう。


ましてや大会である。膝に手をついて肩で息をしてもおかしくは無い。なのにもかかわらず、彼は息一つ切らさず平然としていたのだ。まるでただ歩いただけの様な感覚で。


その理由を知っているのは夜野 灯しかいないだろう。


灯はどうしても今日参加出来ないといい今日は来ていない。


理由を聞くと、妻の命日だと教えてくれた。


8/1によるの灯の妻 櫻(さくら)は自動車にひかれ亡くなったらしい。


当然光も行くものだと思っていたが、光は今日大会に来ている。


光にも今日は墓参りに行ったらどうだと入ったのだが、「母に何があっても好きな男を手に入れるまではその男から離れてはダメだ。と言われているので、大丈夫です。それに父と2人きりなんて死んでも嫌です。」と言っていた。


全くどれだけ数人は愛されていて、灯は嫌われているのだろう。



「数人どうだ慣れたか?」


灯は昨日出れなかったので1日遅れで理科と数人の走りを振り返る。


「そうですね。慣れてきましたが、正直きついです。」


「そうか…あと少しもすれば自然体になれるだろう。それまでの辛抱だ。頑張れ。」


「はい。」


この会話の内容は理科にも分からない。しかし、先輩の実力は確実に上がっているので僕が口を出す必要はないはずと言い聞かせ、気になる気持ちを押し殺していた。


「理科、お前の走りを見たがまだ85%というう所だろう。あと3日で完全なものにして欲しい。」


「はいわかりました。」


「このチームは昨日の大会で国見のスタートが武器だと思われただろう。そのせいで周りからは後ろ指を刺される結果になってしまった。しかし、ラッキーな事にお前ら2人が目立たなかった。このチームのエースは数人、お前だ。しかし、理科お前は今数人との今の走りとほぼ同じくらいの速さで、伸び代が数人よりある。キーパーソンはお前だ。」


その言葉は3ヶ月前には想像もできなかった言葉だった。そして今、これより嬉しい言葉を理科は想像つかなかった。


「はい。ありがとうございます。」


「まだその言葉は早い。全国で優勝してからその言葉を俺によこせ。」


そう言って3日後のエリア予選に向けての練習が始まる。



猫垣 英吾は自分が足手まといになっている事に気がついていた。


国見と三木先輩はもともと経験者だからその差は歴然としている。


それに関して言えば今までは何も思っていなかった。しかし、昨日の国見のスタートを見た時にチームに対して自分は貢献できているのかを考えてしまった。チームとしては大会最高記録を樹立したが、それはみんなが速かったから出来ただけで、自分自身の記録としてはあの大会に出た人の中でもしたから数えたほうが早いだろう。


それに追い打ちをかける様に理科の成長がさらに苦しめてくる。


最初は同じくらいの速さだったのに今では三木先輩に匹敵するほどの速さである。


僕が走る事にこのチームになんの意味があるのだろう。


しかし、それを今考えるのはいまは今はやめよう。


ただ辛くなるだけなのだから。



国見 語は昨日の試合でスタートがうまく決まったことを喜んでもいたが同時に、この部活の評判を下げてしまったこと、バトンパスの時にミスがあった事を後悔していた。


青嶋の選手は勝手に決めつけてしまったので自業自得と思う反面、自分達と同じかそれ以上の覚悟と練習をしていたはずだ。確か、今年青龍は50年連続全国出場がかかっていたのだ。それを自分の走りで壊した。


音もなく、無慈悲に49年間の思いを土足で踏み潰したのだ。


その感覚が自分の走るという事が単純な事ではないと教えてくれるのだが、もし自分が青嶋だったらと考えると息ができないほどの苦しみに包まれる。しかし、それがまた走りの楽しさだと感じている自分がいるというのもまた事実なのではあるが。


だからこそ、次は絶対にバトンパスでミスをしてはならない。


昨日の様に英吾のサポートのおかげでどうにかなったバトンパスでは、いつか自分達が青嶋の様になってしまう。



小森 明美はその日の練習が終わったあと夜野 灯に話をした。


数人に何を教えたのかを。


以外にも簡単に教えてくれた。


そして、この目の前にいるのは本当に人間なのかと思った。


しかし、それが数人の意志であるならば私は止める権利などない。


その時、自分の無力さを後悔した。



そして、色々な人間の心をあざ笑うかの様にエリア予選の日は訪れる。

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