第25走者 覚悟を伝える者

25


保険ちゃんの弁当を食べ終わったあと一応部活に行った。


といっても俺以外は軽くジョギングだけして帰っていったので、1人だけの練習となってしまった。


俺は今まで100mに出るつもりだったので、全身走法も100m用に仕上げていた。しかし出場するのは200mリレー。距離もそうだがコーナーがあるし、バトンパスも増える。社が俺をアンカーにしたのはバトンを渡さなくても良いようにしてくれたのだろう。


とりあえず今日は15日も走っていなかったので落ちたであろう体力を少しでも取り戻すために起訴的なことをみっちりとするのが良いだろう。


その後も特に変わったことも起こらず平和に部活に勤しみ。6時ごろには帰った。



7/16 12:00


Kさんに餌をやる保険ちゃんを見つけた。


「保険ちゃん、数人のお弁当作ったのは君だろう?」


「小森さん!なんで分かったんですか?」


全く隠す気もない。年下の数人に彼女がいると言うのに私は…いかんいかん私には走りがある。ぐすん。


「いや、さっき数人と一緒に飯を食ったんだがいつもと弁当箱が違ったし秋子さんはもっと卵焼きを作るのが上手いからな。しかしいつの間に付き会い始めたんだ?」


からかいくらいのトーンで言ったのだが意外にも返事は静かな声で答えてきた。


「私達はまだ付き合っていません。お弁当は作って欲しいと言われたから作っただけです。」


全く数人の奴はいつまで待たせるつもりなのだろう?自分が2回も感情を失った時に2回とも助けてくれた女の子に優勝したら告白しようと思ってるんだ。とか思ってないだろうな?が、さっきの会話的になくも無い。


「そうか、からかおうとしてごめんな。」


「いえ、大丈夫です。って!からかおうとしてたんですか?」


ようやくいつもの保険ちゃんに戻ってきた。しかし、私は彼女からも笑顔を消してしまうかもしれない。


「なあ光ちゃん。少しいいか?」


「保険ちゃんといってください。せめて学校では。」


「大事な話なんだ。」


私の真剣な目に気がついたのか、


「分かりました。長くなるならこの先にある進路相談室でも使いましょう。」


提案通り進路相談室に入り話を始める。


「まず昨日話したがお前の親父は数人に社の弟を合わせた。そしてその弟は社から遺書を預かっていた。私自身中身は知らないが確実に数人では耐えられないと思いわざと読ませなかった。しかし、お前の親父は無理やりそれの内容を聞かせることで一時的に数人に走る理由を与えた。つまり、大会が終わればまた数人は廃人になる可能性が高い。本人もそれに対して気づいていた。そこで私は大会の後にも走る理由を見つけられるように部活にこの学校に残るように言ったのだが、あいつは辞めるつもりだろう。隠していてもよかったのだが、どうしても伝えたくなってな。気を悪くしたと思う。こんな事をわざわざ言いに来るなんてとバカにするかもしれない 。ただ、私には光に言わないと言う考えが出てこなかった。」


話を聞いている時、涙目になったりそんななどと相槌を打つものの、意外にも今の状況を飲み込んでいた。


「何と無くそんな気がしていました。帰ってきた事を喜ばなきゃいけないはずなのに、またどこかへ行ってしまうのでは無いかと言うモヤモヤが今分かりました 。」


「すまないな。こんな話をしてしまって。君自身心中穏やかでは無いだろうに、私にまで気を使ってくれて。」


「いえ、気なんて使ってませんよ。本当に感じていたんです。それに、またカズくんが廃人になったら今度は秋子さんに押し付けたりしないで、全部私がお世話をしようと思います。それが私の好きになった人への覚悟ですから。」


「分かった。光は強いな。」


そう言って私は逃げるように進路指導室から出た。私はいつかあそこまで好きになる人ができるのだろうか?気が付いたらもう29だが、10代の生徒を見て今更にも恋をしてみたくなった。


特に意味があったわけでは無いが、窓を見ると数人が走っていた。その速度自体は悪く無いのだが、動きがいつもに比べて少しカクカクしている。15日ぶりとは言えあんな走り方ではいけないと思い指摘する為に行こうと思ったが、先ほどの話を聞いて私は数人にあれほどの覚悟を誓うことができにと思い何故だか今日は会いたくなかった。また明日伝えよう。


しかしその事を伝えることはできなかった。別に数人が死んだと言うわけでは無い。数人には新しいコーチがついただけのことなのだ。


夜野 灯が彼の新しいコーチである。


数人自身がさらに速くなる為に理事長に相談したらしい。灯自身もお金入らないと言っており理事長としても断る理由はなくなりめでたく学校公認のコーチとなったのだ。


ここで少し夜野 灯について語ろうと思う。


夜野 灯は元プロの陸上選手である。独自の全力走法という走り方で確実に成績を残しある程度有名な選手になっていた。当時の私は異性に興味ななどなかったのだが、同じ短距離の選手として好意に近い憧れの念を抱いていた。


しかしそれは私だけでは無かったのだ。多くの選手がその彼の走りに惚れていた。


そしてその中でも灯の栄養管理士の愛は飛び抜けていた。


自分の職業を活かして毎日料理を作り自分の料理の味に灯の舌を慣れさせた。


次第にアピールは露骨なものになり、最終的には灯の根負けで付き合う事になったのである。


このことが報道されたときは、全国のファンから何百通もの殺害予告が届いたと言う。


しかもそれを全てとっておき、イライラした時にそれをみて優越感に浸ってます。と言う内容のブログを更新した時は一時期社会問題になりかけるほど炎上したのである。


しかし、意外にも結婚のプロポーズをしたのは灯からだったと言う。


灯は最速の名を手にしたのだが足を骨折してしまい、大会に出ることが出来なくなってしまった。

その時、親身になって支えたのがきっかけで結婚を申し込んだらしい。


しかし、申し込んだ時にはブランクからか結果が出せず引退をしていた。


故に相手の親から反対を受け一度断られたのだが、その後作った文具店が大ヒットし結婚を許された。


意外にも全国にファンがいるのである。


その後、2人の間に赤ちゃんが生まれるのだが、生まれてから一ヶ月後に亡くなってしまった。生まれつき呼吸器官が弱く失ってしまったのだ。


そのせいか、今灯は娘を溺愛している。


会社はとても大きくなったのだが、家族との時間が作りたいと早々に社長の座を譲渡し、田舎の支店で店長を務めている。


そして、娘が小4になった頃灯はある少年と出会う。


たまたま散歩をしていたら河川敷で走る私と数人に出会った。そして、数人に全力走法を教えた。


その後も何度かあっていたようだが、私は大会で海外に行っていたのでその後のことは知らない。故に保険ちゃんともこの高校に来てからあった。昔憧れた選手の娘にあったときは少し運命を感じた。


灯は数人に全力走法を教えた時私に全身走法を教えてくれた。


これをマスターすることは私には出来なかった。まがい物ならできるのだが、完璧なものでは無い。

故に大会で使うことはなかった。


そしてそれは夜野 灯もそうだった。全身走法は体への負担がでかく怪我をしやすくなってしまう故に生み出した全身走法。


師匠が生み出し、コーチの私が伝えた。しかし私は完全にあの走法について知っているわけでは無いので、ここから先はまた師匠に託そうと思う。


少し話が関係のない方向へ行ってしまったが、夜野 灯については大体わかったと思う。わからないことがあったら。そう言うところは人に見せないやつだと思ってくれればいい。



7/17


試験が終わり一年生たちが練習に戻ってきた。俺は伝えなければならない社の意志を。


理科たちが部室に入ってきたのは11:00頃だった。


「先輩お久しぶりです。元気になったみたいで何よりです。」


最初に口を開いたのは英吾だった。


「ああ、心配かけたな。」


次は国見だった。


「良かったです…また走れるのを楽しみにしていました。」


当然こう言う時の言葉は文字数ではなく気持ちが重要である。しかし、国見からこれ程はなしてくれるのはほとんどなかったことなので、とても嬉しかった。


最後に理科も何かを言うかと思ったが、昨日会っているからか、至って淡白なものだった。


「また走りますか。そうだ、これ返してもらえますか?美味しかったと先輩からも伝えてもらえますか?」


俺の事より弁当の方が文字数が多かったのは気がつかなかったことにしよう。


「ああ、言っておくよ。喜ぶだろうからお前もいつか直接言ってやってくれ。」


「もちろんですよ。そうだ先輩。一つ話さなければならないことがあるんですが…」


「なんだ?」


今まで理科がこんなにも自分から言ってくることが少なかったので、本当に何を言ってくるのかが読めなかった。


「実は今日、どうしても外せない用事ができてしまい部活を早くに抜けさせてもらっていいですか?」

「何時くらいに抜けるつもりなんだ?」


「はい、大体3:30くらいですかね。ダメですか?」


「15日も勝手にいなかった奴がお前に言えるわけないだろ。」


「ありがとうございます。」


理科に限らずテスト明けなので全員今日は早くに終わってもいいかもしれない。


理科が相対の連絡を済ましたのを皮切りに一年生たちは昼食を取り始めた。


言うのであれば今しかないだろう。


俺は覚悟を決める。


「なあお前ら。大会に出たいか?」


「そうですね。出たいですよ。そのために痩せたみたいなものですからね。」


「僕もそうですかね。」


「…出たい…です…」


大会がなくても部活にくる時点でこいつらの意志は分かっていた。


だが、それは俺を受け入れるとは限らない。


「もし、出れるとしたらどうだ?」


「そんなこと起こりませんけどね。」


他の2人も理科の意見に頷いていた。


こいつらの中には、社と走るということが前提なのだ。やはり俺では…


「どうしてそんなこと聞くんですか?」


「いや、なんでもない。」


やはり俺は1人で走ろう。


「言う前から決めつけるな。こいつらだって光ほどではないがお前を心配してくれたんだぞ。」


いつからいたのか、師匠が俺の頭を叩く。


「言っても言わなくても1人になるなんて思うな。どちらにせよ俺はいてやるぞ。」


出来れば保険ちゃんに言われたかったが、師匠で我慢するしかない。


「俺と出てくれないか?」


だいぶ緊張して、色々飛ばしてしまったのでみんな頭の上にはてなを浮かべている。


「俺がリレーのアンカーじゃダメか?」


流石にこの言葉で理解したのか、国見が代表で口を開く。


「俺は…社先輩に会わなかったら走る事は無かった。中学の頃背が周りの人より高かったから、当然足も長くて速かった。だけど、そのせいで周りから距離を置かれてしまった。だから、誰かと走りたく無かった。でも、社先輩は俺を抜いて、『まだまだだな』と言った。あまり大会には出ていなかったのもあるかもしれないんですが、あんなに実力差を感じたのは初めてでした。そして、それが走りの楽しみだと思い出しました。だから俺は一方的かもしれないけれど。社先輩には恩があります。そして、この人と走りたいこの人のために走りたいと思いました。だから、先輩と走る事はないです。」


想像の100倍以上キツかった。面と向かって言われると。


しかし、ここで泣くわけにはいかない。


「悪かったな。こんなこと言って。忘れてくれ。」


「でも、社先輩の意志なら走ります。別に先輩が嫌いというわけではないので…」


そう言って、国見は紙切れをカバンの中から取り出した。


それは、社の遺書だった。


なぜあるんだ?


俺の部屋の奥にしまってあるというのに?


「悪いな、俺がコピーをあげた。お前が丸腰で行けばさっきみたいに断られると思ってな。」


全く余計なお節介である。これでは俺の覚悟意味をなさないじゃないか。それに、結局俺とは走りたくないみたいだし。


「先輩。なに泣いてんですか?先輩。走りに行きましょう?」


「泣いてねーよ。」


そう言って、笑顔で部室を出た。



今日からは、いままでと練習の仕方が変わる。


師匠が俺と理科を教え、小森コーチが英吾を教える。そして、国見は保険ちゃんとスタート練習だ。


師匠は小森コーチが撮っていた俺たちの姿を見て、理科は俺が見れば化けると断言したらしい。真意は知らないが、この男はバカだが走りに関してはツヨポン並みに信頼ができる。


ツヨポンといえば、今週末にツヨポンさよなら会をするらしい。あの時は、社のことがあったしその後も俺のことでばたついてできなかったので、一応したいとなって急遽決定した。


それはさておき、英吾は基礎の部分を徹底的にするらしい。その為に小森コーチとマンツーマンが効率が良いと考えこうなった。


英吾はとても嫌がっていたが。


国見は合宿中に身につけられなかったスタートの練習をするらしい。なんとこの為に、師匠が実際に試合で使うものと同じものを用意してくれたのだ。意外に業界には顔が効くらしい。


俺たちは師匠に感謝しつつ練習に入る。


宣言通り3:30に理科が帰った。


そして、おれたちもテスト明けということで5:00には解散とした。


しかし、国見は少し残るといい自主練に入った。しかし、保険ちゃんはもう帰るので英吾がスタートの合図を出す役をやっていた。


社も言っていたが、あの2人は仲がいい。


残っても良かったのだが、久々で筋肉痛と疲労でギブアップをした。


家に帰る前にあのベンチに座った。


もう少しでビルも完成して、夕日も見られなくなってしまうのだろうがなぜだか見る気が起こらなかった。

帰り道に買ったスポーツドリンクの残りを一気に飲みベンチから立ち上がった。


俺の練習は特に変わったものではない、普通に走っているだけである。だからこそ、感じてしまうのである、理科との差を久々というものあるが理科の走りが明らかに速くなっている。しかも、師匠は理科はこれからさらに速くなると言っていた。先輩とかそんなのではなく、1人のランナーとして負けたくない。

そういう感情が生まれ始めている。



家に帰ると、靴が一つ多かった。


誰か来るくらいないわけではないだろうし、彼氏なんかがいても不思議ではない。


廊下を抜けリビングに入ると、秋子さんとキスをしている理科がそこには居た。

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