第24走者 不完全な者
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朝起きると台所で料理をする音が聞こえた。
今まではこんな音に対して何も思わなかったが、今はいつまでも聞いていたい音である。
一時的でも感情があるというのは、素晴らしい事だ。
光やみんなの為にも一時的なものにしたくない。
「おはよう秋子さん。」
「数人君おはよう。」
何気ないことかもしれないが、挨拶というのは人と人を結んでいる。弱く見えるかもしれないが、確実に人と人とを強く結び付けている。
「朝ごはんダイニングに置いておいたからね。」
「ありがと。」
そう言われダイニングを見ると、ご飯、焼き鮭、味噌汁に豆腐そしてお茶が置いてあった。確かにこれは日本を代表する朝ごはんだし、俺自身復活したということもあるので豪華にしてくれたのかもしれないが、流石に力を入れすぎではないだろうか?本当のお母さんだと思ってねと言われてはいるがやはり親ではない。呼び方がわかりやすい例だろう。そんな人に朝からこんなに豪華にされると流石に気がひける。感謝を通り越して罪悪感さえ感じ始めた。
「秋子さん。嬉しいけどこんなに豪華なのは何で?」
「ん?ああー。それはね、お弁当を作る為に早起きしたら時間が余ったから朝ごはんにも力を入れたんだよ。」
「ちょっと待ってくれ。俺昨日お弁当はいらないっていったじゃないか。忘れちゃったの?」
そうである。俺のお昼ご飯は光が作ってくれるのだ。確かに食べ盛りかもしれないが、部活前に弁当2つは無理だろう。
「違う違う。これは数人くんのじゃなくて、理科君のだよ。」
「ふーんそうか。とはならんぞ。何で理科の弁当を作ってんだよ?」
それならまだ忘れちゃったの方が可愛げもあるし理解もできる。なぜ理科の弁当を作ってんだ?
「昨日理科君と話をしてたら、理科君毎日購買のパンだっていうから私が作ってあげる事にしたんだよ。」
「ちなみにそれは俺が持っていくのかな?」
「当たり前じゃん。私がいくわけにも行かないでしょ。」
確かにそうなのだが、正直めんどくさい。違う学年の教室って去年いたはずなのに別世界のように感じるのだ。
「あれ?何で二つも作ってんの?」
キッチンには同じお弁当が2つあったのだ。そのことを秋子さんに指摘すると、少し顔を赤らめて答えた。
「ん?いっぱい作りすぎちゃったから、ついでに私の分も作ろうかなーって思って…」
「ふーんまあいいけど。ご馳走さん。じゃあ、学校行くから。弁当早く包んじゃって。」
「ああうん。」
そうして俺は久々の学校に登校するのだった。
久々に学校で待ち受けていたのは期末テストだった。確かにこの時期はテストだったような気がする。
この進学校のテストにノー勉で挑んで勝ち目があるわけがないので、はなから諦める事にした。
部室にこもろうかとも考えたが、やはりあの男に会うのが最初だと思った。
学校から走って十分ほどの所にに住んでいる夜野 灯に会う必要がある。
「師匠いるかー?」
焦りからインターフォンも押さずに叫んでしまった。
「何でお前もういんだよ?今日は学校だろ?」
たまたま、庭にいたので叫んだのが無駄にならなかった。
「まあいいや、上がって待ってろ。すぐに行く。」
そう言われ俺は扉を開け靴を脱ぎ奥の部屋に行った。宣言通り1、2分で師匠は来た。
そして不満そうに口を開いた。
「何?何の用だよ?」
「練習を見て欲しくてきました。」
「確かに昨日言ったんだけどさ、お前もう全身走法マスターしてるんだろ?そんな奴に何を教えろと?」
昨日のかっこよさが嘘のようである。おそらく、小森コーチが言ったのだろうがここまで拗ねるとは誰も思わなかっただろう。
「お願いしますよ師匠。師匠しか頼めないんですよ。全身走法は出来てもこれより上のステージに上がれないんですよ。」
「全身走法の上ねー。そんなの俺だって知りたいわ。全身走法は俺が考えた最速の走り方なの、今より速く走りたきゃ体力をつけるのが一番安全なの。」
今さらりととんでも発言がなかっただろうか?全身走法を師匠が考えたとか。
「今、全身走法を考えたって言いましたか?」
「ああ?そうだけど?てゆうかお前俺に憧れて全身走法をマスターしたんじゃないの?」
何という事だこの男が全身走法の製作者だとは…そして、その製作者がこれ以上はないと言っていたとなるとやはり体力を上げるしかないのか?
「師匠ありがとうございます。諦めて、体力をつけようと思います。」
「まてよ。安全じゃない方法試しているか?」
「えっ!そんな方法があるんですか?」
少し驚いた風に言ったが、何かしらあるということはわかっていた。この男は大事なことをもったいぶって話す傾向があるので今回もそうなのではないかと思ったが、本人に言ったら教えてくれなさそうなので純粋な子供を演じる。
「あるにはある。だがこれは冗談抜きで危険な方法だ。その覚悟はできているのか?」
その問いかけの答えなど昨日の社の遺書を聞いた時点で決まっている。
「ああ。命をかけてやるよ。」
あいつが命より大切と言ったんだ。それのためなら当然命をかけられる。
〜
師匠の家を出て学校に戻ると、ちょうどテストが終わっていた。
テスト週間なので早く学校が終わる。当然昼食も放課後に食べる事になるのでほとんどの人は家かお店で食べるのだが何人かの生徒は弁当を持参し午後も自習をしている。
以外にも自習をする人の数が少なく驚いたが、そんな事より理科を探さなければならない。
理科は一番賢いクラスなのだがそこにはおらず俺のクラスにいた。おそらく弁当を取りに来たのだろう。
「先輩遅いですよ。」
文句を言われたがまだ11:30くらいなのでいつもと比べれば遅くないはずなのに文句を言われた。
もしかしたら、友達を待たせてるのかとか考えたがこいつにともだちはいないので、それはないだろう。
「うっセーな。ほら、こんなか入ってるから。」
そう言ってカバンを机に置く。
カバンから弁当を取り出す時の理科の顔はとても笑顔だった。
とてもいい事なのだが、たかが弁当で何でそんな顔ができるんだ。
「ありがとうございます。これは洗って返すと言っといてください。僕は部室で英吾達で食べてから少し走ろうと思うのですが先輩はどうしますか?」
テスト中だというのにこの余裕である。まあ、俺も違う意味でテストは大丈夫なので、理科の誘いを断る理由はなかった。
「ああ、俺はもうテストは捨てたから思う存分走ろうと思うよ。」
「そうですか。明日が最後なので、すぐに僕たちも本練習に入るのでそれまでにブランクを解消しておいてくださいね。また、13秒なんてこの時期には笑えませんよ。」
「そうだな。」
理科たちに俺がリレーに参加することは明後日に伝えようと思う。そして、あいつらが反対すれば俺はそれに従うつもりだ。
でも、俺をメンバーとして認めてくれるのであれば、その時俺は覚悟を示す必要がある。
「先輩じゃあ、もう行きますね。保険ちゃんが早くしないと僕を殺しかねない目で見ているので。」
そう言って、理科は去っていった。
理科の言う通り俺の後ろには光がいた。
「光、悪かった。少し、理科との会話が盛り上がってしまってな。」
「いえ構いません。しかし、自分で作ってくれといっておいて、お弁当を持ってくると言うのはどうかと思いますが…」
どうやら光は勘違いしているようだ。
「違うぞ、あれは理科のために秋子さんが作ったんだ。断じて俺のためのものではない。」
「それならいいんですが…では、これを…」
そう言って、オレンジの布に包まれたお弁当を渡してくれた。たまたまかもしれないが、俺はオレンジが一番好きな色なので、わざとなら粋な配慮に感動するし、たまたまなら運命を感じてしまう。
「あまりうまく出来なかったので、美味しくなかったら残してくれても構いませんからね。」
「俺が光の料理を残したことなんてあったか?お前のものならおにぎりだって24個食える男だぞ。」
「それはありがたいのですが、カズくんの体調が一番なので…」
「ありがとな。俺なんかのことを考えてくれて。社が死んでからのことはちゃんと覚えてはいないけれど、祭りの日のことは覚えてる。俺なんかのために本当にありがとう。いつかちゃんと言うから…」
なにを言うかわかったかは分らないが、光は小さくうなずいて、
「じゃあ、それまでは保険ちゃんと呼んでください。私もそれまでは敬語にします。」
自分の言ったことが恥ずかしくなったのかそれだけ言うと走って行ってしまった。
そして、告白とも言えない告白が悪くはない終わり方を迎えて喜んだ。ただ、光の口からタメ口なんて想像できないな。
社もいないし保険ちゃんもいないし、部活のあいつらもいない。一緒にご飯を食べる人なんてもうあの人しか試合ないだろう。
〜
「先生がここにいるのはどうなんですかね?」
俺は小森コーチと食事をとるために屋上に来た。この学校は屋上入ってはならない事になっているのだが、1人になりたいときによく来ていた。小森コーチが赴任してからはここで昼食を一緒に食べることもあった。
「君が教えてくれたんだろ?それより話したいことがあったんじゃないのか?」
全く長い付き合いと言うのは良いことだけじゃないな。なんでも分かってしまうんだから。
かく言う俺も小森コーチが分かっていることが何となく分かっていた。
「まあな。どうせ内容も分かってんだろ?」
「いやいや、全然わからないよ。分かってるようでわからないことはたくさんあるしね。」
あくまで自分の口から言わせようとしているのがバレバレな言い方だったが、実際自分で言うつもりだったのでむしろ都合がいいと言えば都合がいい。
「おそらく、次の大会で風読 翔は俺の記録を超えてくるだろうな。あのおっさんと手を組んだんだから、俺の記録くらい超えてもらわない困る。だが、俺は100mには出ないつもりだ。変えることはないだろう。」
あくまで世間話かのように弁当の包みを開けながら言った。
「本当にそれでいいのか?社はお前の名前で100mにもエントリーは出していたんだぞ。お前はその社の意志を裏切る事になるんじゃないのか?」
「俺はもう2年前に走りの世界を抜けた。今更戻るつもりはない。ただ、頼まれたからリレーだけは出ようと思う。」
「この学校にいられなくなるぞ。」
「もともとこの学校にあった賢さじゃない。他の学校に行った方が俺のためでもあるだろ。」
「そうか。それがあんたの覚悟だって言うののであればわたいはそれを尊重するよ。意味がなくても自分の中で筋を通したいと言う気持ちはわからんでもない。ただ、走らない奴に私は興味が無い。あと一ヶ月仲良くしよう。」
「ああ。」
厳しいようだが、いろんな人に迷惑をかけてしまうことを分かっているので当然の報いだとも思う。
ただ俺は知っている。さっきの言葉が小森コーチなりの許しであると同時に走りの世界にいて欲しいと言うわがままであると言うことも。しかし俺はそれを知った上で辞めるのである。
そのあと食べた弁当は塩が効きすぎているのかとてもしょっぱかった。
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