第23走者 受け継ぐ者

23


三木数人を乗せた車は神社から約20分ほどのところにある家に向かっていた。


特に入り組んだ道などではなのだが、夜中ということもあり何度か道を間違えてしまった。


夏だがこの時間はもう暗い。


結局30分程で目的の場所に着いた。


そこには普通の家の何倍ものサイズの家があった。俗に言う豪邸というものである。


「ほら着いたぞ。」


そう言って、夜野 灯は三木数人を車から出す。


「ここで少し待ってろ。」


「あー。」


そう言って、灯はインターフォンを押す。


『はい?どちら様でしょうか?』


中からは、メイドと思われる人の声が聞こえた。


「あーえっと。夜野 灯と申します。一応アポは取ったと思うんですが…」


「少々お待ちください。」


そう言ってから2分くらいであっただろうか、メイドからアポの確認をしてもらい入れてもらった。


中はいかにも豪邸というもので、シャンデリアがあったり、絨毯が敷いてあったり、よく分からないツボや絵画が置いてあった。


「ここで靴を脱いで下さい。」


そう言われて、出されたスリッパを履くのだが数人は履けなかったので、靴下のまま上がった。


「こちらへ。」


メイドの指示に従い階段を登り、幾つもある部屋の中から扉に『KOU』と書かれたプレートが打ち付けられている部屋に入った。


「では私はここで。」


緊張からメイドにお礼も言うことを忘れてしまった。あとで謝ろうと灯は心の中で思う。


中には1人の少年がいた。確か、中3くらいの年だったはずだが全身からは触れでるオーラのようなものは灯にとって今まで感じたことのないものだった。


「わざわざ来ていただいてすみません。本来はこちらが出向かなければならないと言うのに…」


「いや、こちらが待って欲しいと言っていたんだ。むしろ待たせてしまって申し訳ない。」


灯は年下の人間に謝るなんて行為は当然好きなことでははないむしろ不快感さえ覚える。しかし、この少年に対しては不思議と感じない。


それは、灯の心が本能的に上だと認めてしまったのだ。


そしてその少年がこちらに歩いてきた。


その一歩が進むごとに変な汗が出てくる。それは恐怖にも近いものだった。


少年が灯の隣にいる数人に向かっていると言うのはわかっているのに、そのオーラに殺されるのではないだろうかと言う感情が芽生えた。


「三木数人さんですね。僕は社 会助の弟社 康助(こうすけ)と申します。」


「あー。」


全身から溢れ出るオーラを纏う少年の前でも、数人は変わらずだった。


「今回は私の兄の死のせいで、そのような廃人となってしまったと聞いています。すみませんでした。」


「あー。」


「私ごときが謝ったところで何にもならないのはわかっていますが、謝らざるを得ません。そして、なんの償いにもならないと思いますが、こちらを受けとていただきたい。」


「あー?」


「これは、生前兄が書き残した遺書です。いろんな人に対して書いていました。母や父、私や執事の皆さん、そしてあなたにも。友人の中で個人用に書いていたのはあなただけでした。それ程までに兄が好きだった人がその兄のせいで廃人になってしまったというのは家族として1人の弟として再度謝りたい。聞きたくもないかもしれないけれど、どうか聞いて欲しいのです。」


そう言って、社 会助の遺書を読み始めた。



この手紙を読んでいる頃には僕は死んでいるだろう。というか遺書だから僕が死ななければ誰にも見られることはないので、僕はもう死んでいる。


なんで死んだのか知らない可能性もあるかもしれないから一応言っておく。まあ、難しいことはわからないだろうから簡単にいうと心臓病だ。小さい頃から患っていて高1まで生きれたらいい方と言われていたから高2の6月まで生きれたのは奇跡としか言いようがない。


次になぜ死にかけの人間が陸止部なんてものを作ったのかだが、それは生きている時にも言ったような気がするがお前の走りに惚れたからだ。


中学生の頃偶然にも見つけてしまったお前に走りに僕は心から惚れたんだ。


そして僕は親父に無理を言った。


どうにかしてあいつをあんたの高校に入れてくれと。


そこで親父が僕に提案したのが三木数人の出した9.99の記録を塗り替えられない限り、在学を認めるというものだった。


数人には俺のワガママで俺の行く高校に来させた。


数人には数人の人生があるにも関わらずだ。だから数人が僕を許すことができなくなったとしても僕はそのことに言い訳するつもりはない。全て僕が悪い。


でも、そんな僕を許してくれるというのなら僕は命を懸けて恩返しをする必要がある。


まあ死んでいるのでかける命もないんだがな。


話を少し戻すが、何故陸止部を作ったのかだけれども、風読 翔が君の記録を塗り替えうる存在だったからだ。だから僕は、君が走れる環境を作った。


もう一つ伝えたいことがある。それは、一年生たちについてだ。


この遺書を聞くか読んでいるときに彼らがいるか分からないが、いるのであれば聞いて欲しいしいないのであれば伝えて欲しい。


まず国見。


お前は高い瞬発力とリズム感がある。だから、リレーの先頭を任せるつもりだ。しかし、今のままでは足りない要素がある。それは耳だ。合宿の時お前の耳を育てる練習をしたのだが、結局気がつけなかったな。でも、大丈夫だ。お前はできる。僕が保証してやる。


次に英吾だリレーの走順としてもお前が次だろう。

リレーは他の競技と違いバトンパスによって勝敗がつく時がある。どれだけ速くても一度ミスったらかつことはできない。国見の走りはとても速く独特のフォームだから、一朝一夕のものではバトンを落としてしまうだろう。そこで、仲のいいお前なら出来ると判断した。体幹や体重などまだまだ課題はあるだろうが、小森コーチとのダイエットを乗り越えられたお前なら必ず出来る。


そして、その次が理科だ。


理科が3番手なのは何も消去法ではない。ちゃんとした理由がある。理科は自然と周りに合わせすぎる傾向があった、いじめに気づいた後も無意識のうちにしているような場面が何度かあった。それはいいことか悪いことかは分からないけれど、ことリレーにおいては素晴らしいことだ。一度バトンの練習をしたことがあったが、僕の短い人生の中でもトップレベルのバトンパスだった。


そして、君自身気づいてないと思うが理科は普通に走れば五人の中で最速だと思う。もちろん潜在的なことだが、眠っている力を解放できれば誰よりも速いだろう。


そしてアンカーが僕だ、みんなの思いを一身に受けて200mを走り抜ける。どれほど楽しいのだろう。おそらく生きているときに体験した全てのことより楽しいに違いない。


だけど、僕がその夢を叶えることはもうない。みんなには済まないと思っている。数人を入れるためだけに集めたくせにいざ一緒に走ったら楽しいから頑張ろうなんて小学生よりも幼稚な考えだと思う。でも、楽しかったんだ。ただ走るよりみんなと目標に向かって走るのが…

少しシリアスな空気にしてしまっただろう。申し訳ない。


そして最後に数人君に渡したいものがある。


いや、相続してもらいたいものがある。


僕の遺産なんて欲しくないかもしれない。でも、受け取って欲しいいんだ。嫌なら放棄してくれても構わない。でも、本音は受け取って欲しい。


僕の、命より大事なアンカーの座を。


僕は8月を迎えることはできないと、医者に申告されたのは5月だった。君に部勧誘をし始めた頃だった。どうしても、数人と一緒に走りたかったんだ。それが大会でなくても。しかし、一年のみんなには大会の出ると言ってしまった手前、エントリーする必要があった。でも僕は絶対に出られない。仮に生きていても走ることはおろか病院から出ることも許されなかっただろう。そんな人生に意味なんてないのに。

だから、もう君の名前でエントリーをしている。だがどうしても出たくないのであれば出なくてもいい。

さっきも言ったが放棄してくれてかまわない。


決めるのは数人だ。


最後に、僕は人生の終わりにいう言葉は決めてある。おそらく数人は監禁されている僕の病室に入ることを許されないだろうから、ここで言おうと思う。


『あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー楽しかった。』



「以上が兄の遺書になります。死んでもなおまで迷惑をかけてしまって申し訳ありません。内容は読んでいなかったのでこんな内容だとは知らずすみません。」


自分の兄のせいで走れなくなったやつに、自分の兄の遺書で走ってくれだなんて確かにひどい話だ。でも、心に響いちまった。花火なんかよりも。


「何謝ってんだ?俺はもう走れる。」


そう言って、三木数人は一時的に感情と表情を取り戻した。


「師匠、帰ろうか。」


「戻ってしまったのか。」


「残念な事にな。また教えてくれ。」


「敬語を使えるようになったらな。」


その後、師匠の車に乗って送ってもらった。俺の希望で一度師匠の家によってもらった。


ピンポーン


『はーい。』


「光、悪かったな。心配かけた。明日の昼ごはん作ってくれないか?」


インターフォン越しから泣きじゃくりながら、はいと言ってくれた。


車に戻りシートベルトを付けしばらくは無言だったのだが、師匠が親の前で口説くとはなといってきたので、口説いたわけじゃないですよと返しておいた。


「なんだ、好きじゃなかったのか?」


「そういうわけでは…」


「じゃあ好きなのか?」


「なんで師匠に言わなきゃならないんですか。」


親というのもあるがそれを抜きにしても恥ずかしい。


「光はお前のことが大好きだぞ、残念なことにな。」


急なカミングアウトに驚いている。光が俺のことが好きと言われても驚きはしないのだが、それを師匠が認めたという事に驚いている。


「光はものすごくアルコールに弱いんだ。だから貰い物のお菓子でウイスキーボンボンをもらった時に、よった勢いでなんでも教えてくれた。例えばお父さんが好きか?という質問にも笑顔でうんとこたえてしまうほどに弱いんだ。その時に何でそんなに保険ばかりできるんだと聞いた。その答えはすごく簡単だった。お前の走りを体調面や栄養面で支えたいからといっていた。お前自身気づいていると思うが、今回の心の回復も一時的なものだと思え。そして、何人もの人が特に光がおまえの完全復帰を願っている。お前を煽るつもりはない。だから、元にもどれとは言わん。ただ、大会までは持たせろ。」


師匠からの言葉を聞いて、光の思いを聞いて、2週間ぶりに涙を流す。


そして、先ほどの光と変わらないくらい泣きながら小さくはいと答えた。

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