第22走者 愛し合う者

22

ひとしきり泣いた後に、ケータイに連絡が入っているのを確認する。


メールには、


『皆で神社の裏にいます。』


と書いてあった。


差出人は英吾君なので国見君と小森さんもいるのだろう。


正直なことを言えば2人きりで花火が見たいのだが、それは私の願望である。今はカズくんを元に戻すのが一番の目的。そのためなら、私は自分の願望くらい捨てられる。それに祭りは他にもあるのだ。


ここから神社の裏までは少し距離がある。花火の時間までは余裕があるのだが、この人混みだとなんとも言えない。


とにかく早く行く必要があるのである。


「カズくん、みんなの所へ行くので立ってください。行きますよ。」


今、三木数人は自分で歩き目的の場所まで行くことができない。だから、必然的に手を取る必要があるのだが、手を握る勇気は無かったのか手首を握っていた。


「カズくんもう少し早く歩いてください。」


「あー。」


最初はただ何と無く適当に声を出しているだけだと思っていたのだが、違うと今のわたしは断言出来る。伝わらないが、確実に何かを伝えようとしている。仮に伝えようとしていなかったとしても、こちらの言葉は通じている。


その証拠に先ほどより歩く速度が上がっている。


これで、余裕で間に合うと思っていたのだが少し誤算があった。


カズくんが人に当たってしまうのだ。ほとんどの人が気にしないし、今の状態のカズくんを見たら大抵の人は許してくれるのでそこは問題ではない。問題は手が離れそうになってしまうことだ。


先程から何回か危なかった。私は力が強いわけではないので強く当たってしまったら手が離れてしまう。


離れてしまったらカズくんは人混みの中から自分で出ることができないので、最悪の場合足を怪我しかねない。そんなことになったら仮に元に戻っても意味がない。


なんてことを考えたのがいけなかったのかそれとも、仕方がない事だったのか手が離れてしまった。


「カズくん!」


そう彼の名前を呼びながら左手を伸ばす。


しかし、彼が手を伸ばすことはないだろうと思ってた私は少し諦めていた。


だが、彼はその声に応えた。


無意識かそれとも自身で考えた行為かは誰にも分からないのだが、彼は右手を伸ばし私の左手を掴んだ。


それからの事は嬉しくてなのか、少しの恥ずかしさからなのかよく覚えていない。


しかし、一度手を離してから神社の裏へ着くまでの約3分が人生において最高の3分だった事は語るまでもない。


「すみません、少し遅れてしまいました。」


神社の裏には、メールをくれた英吾くんと予想通り国見くんと小森さんがいた。


「問題ない。まだ花火までは時間があるからな。」


「そうですよ。というか、手なんか繋いじゃって見せつけないで下さい。」


そう英吾くんから言われて、まだ手をつないでいることに気づき離そうとしたのだがカズくんの手は私の手を離してくれはしなかった。


「なんだ、英吾お前彼女が欲しかったのか?それなら言ってくれればよかったのに。」


「まさか…先生僕のこと…」


「そんな訳あるか!お前のために紹介してやろうと思ってな。」


「まじですか!どんな子ですか?でも、先生って30代ですよね?そんな人が紹介する人って同い年の人とかはやめてくださいよ。」


「私はまだ20代だ。安心しろ同級生を紹介するわけではない。こいつだ。」


そう言って、取り出したのは『英吾ダイエット NEO』と書かれたプリントだった。


「えっ。それって…」


さっきまで笑顔だった英吾くんの顔が目に見えるように青くなっていった。


「前回のをさらに強化してある。祭りで少し太ったんじゃないか?」


「太ってません太ってません。だから許してください。なんなら今から食べたもの全部吐いてきます。」


「ふっ。冗談だ。」


と言ってプリントの裏を見せるとそこには何も書いていなかった。


「冗談がきついですよ。すこし食べ過ぎたかなと思った所だったから心臓に悪いですよ。もう全く。」


「いや、これは裏に何も書いてはいないがないわけじゃないぞ。何やら今、聞き捨てならん言葉が聞こえたのだが?」


「え?」


それ以降彼は顔を真っ白にしていた。


「そんなことより保険…ちゃ…ん。理科たちは一緒じゃないんですか?」


「はい、途中で別れました。と言うよりちゃんと呼んでください。」


「え?えっと…ほけ…ch…ん。」


「もう一度。」


「ほけん……ちゃん。」


「間を空けずにもう一度。」


「…保険ちゃん。」


「よろしい。」


そう言う彼女はとても満足そうだったが、それと対照的に1人の男は顔を赤く染めていた。


「しかし、理科たちの場所はわからないのか?」


「はい、さっき一度電話をかけたのですがおそらく充電が切れているか電源を切っていますね。」


「そうか…探しに行きたいのだが男どもが揃ってこの有様では動くに動けない。まあ、理科はちゃんとしているし、秋子さんがいれば大丈夫だろう。」


「そうですね。」


「まあ、仕方がない。取り敢えず花火を見る場所まで行くとするか。」


「ここで見るわけではないんですか?」


「ああ、ここのさきに少しひらけた場所があるらしい。そこが、穴場なんだと秋子さんに聞いたんだ。」


少し考えてみればこんな気に囲まれた場所で花火を見るわけがない。


「おい、バカ一年行くぞ。」


そう言って、小森さんは進む。


その後を私はカズくんの手を引きながら行く。



「理科くん楽しい?」


そう言う女性はすごく楽しそうだった。今まで、15日とは言え押し付けてしまった。相当なストレスが溜まってるに違いない。今日、保険ちゃんが元に戻してくれればこの人への負担を減らすことができる。


どうにかしてこの笑顔を守りたい。


「はい。とても楽しいです。」


「それは良かった。そうだ!今から一緒に花火の穴場に行かない?」


「はい。それは行きますけど。みんなと合流しなくていいんですか?」


今日は三木先輩を元に戻すのが最優先事項なので、自分たちだけで楽しむと言うことに対して罪悪感がなかったわけではない。また僕はだれかに押し付けてしまっているのではないのだろうか?


そう言う不安が先程までになかったと言えば嘘になる。


だからこれ以上三木先輩の近くにいないと言うのは、今回の主旨から離れているような気がするのだ。


「うん。どうせ、私に出来ることなんてもう無いんだよ。今更言ったところで何も出来ないよ、だからさ良ければ一緒にいてくれないかな?一つ聞きたいこともあるしね。」


「聞きたいことですか?」


「うん。」


「分かりました。今日くらい一緒にいますよ。なんでも聞いてください。」


「ありがとうね。誰も知らない、本当の穴場に行くからついて来て。」


また三木先輩の家に行く時のような沈黙があったが、先ほどとは違い心中は動揺しっぱなしだった。


僕に聞きたいことなんて、何かあっただろうか?ほとんど初対面の僕にあるだろうか?


そんな事を何回も何十回も頭の中で考えたが、全く分からなかった。


自分自身、初対面の人に何か聞きたいことなんて存在しないからである。


そして、気がつくと知らない道に出ていた。


道といっても舗装されていない獣道ではあったが。


「ここだよ。ここが本当の穴場なんだよ。」


「ここがそうなんですか。」


確かにここは誰も近寄らないだろう。と言うよりこの場所を知っている人間がいるのだろうか?


「因みに、この上にみんながいるよ。」


「えっ?」


そう言われて上を向くと舗装されたウッドデッキみたいなものが見える。おそらくあそこにいるのだろう。


「だったら、あそこでみんなと見ればいいじゃないですか。」


「聞きたいことがあるっていったでしょ。それは、あまり皆には聞かれたくないんだよね。」


「そうですか。」


先程から言っているこの僕への質問が遂に解き明かされる。


「理科くんってさ、昔私とあったことってある?」


質問を何通りか考えていたのだが、この質問は完全に予想外だった。


「えっと、ないと思いますけど…」


当然今日初めて会ったのだからないに決まっている。


「そっか。昔私ね皆みたいにランナーだった時があったんだよ。」


「そうなんですか。」


突然始まった自分語りに困惑しながらも耳を傾けてしまう。


「でも、すごく遅くてね全然成長もしなかったの。大学に入ってからも続けてはいたんだけど、やっぱり遅くてね。ある日、小学生に言われたの。そんなに遅いのだからやめたらって。その時私はすごく怒ったの、でも大学生が小学生に怒るわけにもいかなくてだからその時は大人ぶった事を言ったんだけど、内心ただ悔しかった。でも、その時くらいからかな、タイムが伸び始めたのは。その小学生に言われてなんで走るのかなんで走るのが好きなのかを考えるうちにタイムが伸びてたんだよね。なんでかは分からないけれど。だから私はその子にお礼が言いたいんだ。その子を探していたら、君を見つけた。すごく似ていたから聞いたんだけど違ったんだよね。ごめんねこんな話を聞かせちゃって興味なんかないのに…」


思い出した。僕だ。確かんそんな事を言った気がする。というかそれがきっかけで体幹を鍛え始めたのではないか、なぜこんな大事な事を忘れていたのだろうか?いや忘れたことなどないはずだ、なぜ?そうだ!あの時僕があった人は高校のジャージを着ていたからだ。


おそらく秋子さんは大学生の時に高校のジャージを着ていたのだろう。であれば、全ての話はつく。


「ずっと会いたいと思ってたら、いつしか恋してるみたいになっちゃったんだよね。何歳年下なんだっつーの。バカだよね。」


「いや、それでも小学生の彼は恋をしたはずですよ。その時着ていたジャージを頼りに同じ学校に入るほどには。」


「え?てことは…やっぱり。」


「はい、僕がその小学生です。」


そのセリフを言った後、ゆっくり秋子さんは向かって来た。ゆっくりゆっくり、16年間探した自分よりも17も年の下の少年いや男の元へ。


そして、どちらがいったのでもなく自然とキスをしていた。


それは、子供がするようなキスではなく大人同士がするような深い深いキスだった。


人気のない場所なので2人は強く抱きしめあっていた。お互いのことを想い、相手のことだけを考えていた。


花火が打ち上がっていることも忘れて。


2人のキスが終わったのは花火が終わったのとほぼ同時だった。


先に口を開いたのは秋子だった。


「いい場所だったのに花火見れなかったね。」


そして、それに返答をする形で理科も口を開く。

「またありますから。」


そう言って、また抱きしめあった。



「キレーな花火ですね。」


「あー。」


「全く。お前はもっと何か無いのか?」


花火が打ち上がり始めたが国見くんと英吾くんはまだ再起不能だった。どれだけ怖いダイエットなんだろう。


しかし、花火の音が近いという事もありとても大きく直接胸に響くような音で流石に2人は正気に戻った。


「三木先輩もこの音で戻ってくれたらいいのにな。」


「ああ。」


国見と英吾も積極的ではなかったが、三木の心配はとうぜんしている。


色とりどりの花火が空に打ち上げられるたびにカズくんは『あー』だけだが言葉を発している。つまり、効果がないわけでは無いのだ。このままいけばおそらく戻って来てくれる。そんな希望を正面から叩き潰すように、花火は終わる。


短すぎた。


前回元に戻った時の花火はこの近くで最大のものだった。しかし今回はそれと比べると、スケールは小規模のものであった。


時間があれば元に戻るかもしれないがが現実としてカズくんの感情は戻っていない。

しかし、涙を流しているのだ。


完全でなくとも、少しづつ取り戻しているのである。


「あー。」


「うん。うん。綺麗でしたね。感動しましたね。またみましょう。」


そして、神社の裏に戻ると父親がいた。


「あー。」


カズくんが私の父親を見ると自然と声を出した。


「残念だったな。タイムリミットだ。」


そう言うとカズくんを乱暴に持ち上げて、車に詰め込んでどこかへ行ってしまった。


「光!タイムリミットってなんだ!」


珍しく小森さんが声を荒げている。


「7/15までにカズくんを元に戻せなければお父さんが無理矢理元に戻すと言う約束だったんです。私は元に戻すことができなかった。それだけです。」


「そんな…無理矢理ってどうするんだよ?」


「知りません、ただ、手紙を見せると言っていました。」


「まさか…あれを見せる気なのか?ふざけるなよ。あんなものを見せたら数人はぶっ壊れるに決まってるじゃ無いか!」


光はあの手紙の中身を知らない。ただ、小森さんのこの動揺から普通のものでは無いと言うことだけはわかった。


「あれの中身は何なんですか?」


「あれの中身はな…」


こうしてあまり大きな祭りでは無いはずなのに世界中のどんな祭よりも熱い恋が始まり。世界中のどんな祭りでも感情を出すことがなかったであろう少年が終わる。


この2つの物語は、陸止部の物語を最終局へとはこぶ。

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