第21走者 恋をする者
21
「あ゙ぁーー。ああっ。あ゙っああ、ハアハア。あ゙あああああああああああああ。」
(助けてくれよ。もう自分じゃあどうにもできないんだよ。怖いよ。暗いよ。なあ、光…助けてくれよ…。)
〜
放課後、僕は部室へと足を運んだ。保険ちゃんと三木先輩をこれからどうするかを話し合うためである。
生徒会の仕事もしているため遅れると言っていたので着いたときは僕一人だったが鍵はかかっていなかった。
朝もそうだが鍵がかかっていなかった。朝は頭の中がぐちゃぐちゃになっていたので気づかなかったが、なぜ鍵が開いていたのだろう。
答えはすぐに分かった。
机の上に2つ制定カバンが置いてあったからだ。
キーホルダーから察するにあの2人だろう。
僕だけが切り替えられていなかったのだ。2人は来年の事をもう見据えているのだ。見習わなければならない。
でも、僕達だけが走っても意味がない。全員で走らなければなんの意味もないのだから。
それに三木先輩は今年記録を出さなければ本当に退学もあり得てしまうのだから。
「あれ?理科お前も来る様になったのか。お前ら真面目だな。私がお前らの立場なら数人までとは言わなくてもしばらくは走れそうにないわ。」
そう言って小森コーチはダンボールを抱えて入ってきた。
「真面目とかじゃないですよ。ただ、走るのが、この場所が好きになっただけですよ。」
綺麗事などではなく本心だった。しかしこれを本気だと捉えられたのか知らないが、小森コーチの返答はいたって淡白なものだった。
「そーかい。そんなことよりこれが気にならないのか?」
そんなに重くなさそうなダンボールをヨイショと言いながら机の上に置いた。
「そんなことって。まあいいです。なんなんですか?」
自分で言わせといて待ってましたと言わんばかりの表情で答えた。
「これは、ユニフォームだ。お前らのな。」
「えっ!マジですか!」
これは嬉しい。いつもみんなで練習する時も各自違う服を着ていたので部活感が少なかったがこれで少しは部活感も出る。
正直すぐに見たいが、国見と英吾と一緒に見よう。
「よしっ!」
パンッ。
「どうした?急に顔を叩いたりなんかして?mなのか?」
「違いますよ、気合いを入れたに決まってるでしょ。」
仮にmでも自分ではしないだろ。
「そうか。そうだ、あいつらは今走りに行ったからあと2、30分もすれば戻ってくるだろ。」
〜
コーチが言った通り25分ほどで帰ってきた。
そして、2人と一緒に僕たちの僕たちだけのユニフォームに袖を通した。
「おおー。結構似合ってるじゃないか。やっぱり黒に青のラインで正解だったな。」
満足そうな先生とは裏腹に僕たちの顔はあまり笑顔ではなかった。
実際デザインはかっこいいのだが、一つ大事なことを忘れていた。
「なんかさ。この文字のせいで締まらないよな。」
「「うん」」
英吾の問いかけに国見と僕は練習をしたのではないかというくらいのシンクロ率で返事をした。
OKASHI
ローマ字でこう書いてあるのだ。
確かにうちは陸上部ではなく陸止部だが、嘘でも陸上部と書いて欲しかった。
「まあ、作ったものは仕方がない、諦めて走るか…。」
さっき入れた気合がもうほとんどなくなっているが走ろうと思う。
〜
久々に走ったわけではない。一週間どころか2、3日くらいのことなのにまるで1年いやもっと、10年ぶりくらいに走るのではないかという感覚に陥った。
そして、楽しいと心の底から思った。また、三木先輩と一緒に走りたいとも思ったのである。
約2時間ほどの部活を終えて、部室に戻ると保険ちゃんが待っていた。
あまりに走るのが楽しくて、保険ちゃんのことをすっかり忘れていた。
「ごめんなさい。つい走ってたら時間が過ぎちゃって。」
「大丈夫です。私はマネージャーですよ?走るのを怒るわけないじゃないですか。私は待つのは得意ですから。」
「三木先輩に待たされまくってますもんね。」
「はあっ?いいいいい意味わからないででですすすけど?」
少し大人っぽく見えた先輩はすぐにいつもの先輩に戻った。
だが!
ここで終わるわけにはいかない!
「そんなこと言ったて昨日頷いてたじゃないですか〜。」
「ちょっ黙れこここのやろ。いいってないんですけど、きおくにないんですけどー。」
あと一押しだ!
「合宿の時胃薬僕が持って行こうとしたら、奪っていったじゃないですか〜。」
「あああああああああれは、マネージャだからですよ。私のせいだと思ったからでしてね。その…。」
分かりやすいくらい顔を赤くしながらきょどっっている。
「やめてやれ、保険ちゃんのHPはもう0だ。」
小森コーチが止めに入ったが、正直もう少しからかいたい。
「それとも、ここにある監視カメラの昨日の映像をみんなに見せていいのか?」
「さあ、みんな三木先輩をどうするか会議だ!さあはじめるぞー。やるぞー。」
まさか監視カメラがあったとは、まあ、あってもおかしくないが。
コーチはこの会議のことをなんだと思っているのかは知らないが、とりあえず僕らみたいに重くは受け止めていないだろう。
証拠としてホワイトボードに、
第一回チキチキ数人助けよう会議
と書いているからだ。真剣さのないことを具現化した様なタイトルである。
特にチキチキの辺たりがである。
これは流石に保険ちゃんも黙ってはいないだろう。
「では今から第一回チキチキ数人助けよう会議を始めます。」
意外とタイトルにはこだわらない主義だった。
〜
結果から言うと散々な結果に終わった。色々な作戦を立てたが、その全てが三木先輩に会う必要があった
のだが、ほとんど顔も見ることができなかった。
1日だけ見ることができたが、久しぶりに見た先輩は変わり果てていた。あーとかうーくらいしか話さないし、ご飯も全く食べていないと言う。
そして、今日はある大型プロジェクトの決行日なのだ。
7/15はこの街で夏祭りが行われるのだ。この祭りで何か起こればいいなくらいのものだが、治しかたがわからない以上焦らずゆっくりするしか無いのだが、意外にも保険ちゃんは焦っていた。
〜
お父さんが私に7/15までに戻せなければ俺が無理矢理元に戻す。と言われ頑張ってきたのだが、ほとんどの作戦は決行さえできなかった。
唯一外に出てきてくれたのも無理矢理引っ張り出しただけなのだから、事実上一回も自分の足で出てきてくれていないと言うわけである。
しかし今回の作戦は少しだけ期待値が高いのだ。
それは2年前の時は今回のものではないが、8月末に行われたお祭りの時に表情を取り戻したのである。
だから今回もお祭りの楽しいムードに感化されて元に戻ってくれるのではないかと密かにきたいしているのだ。
私はまたかずくんの笑顔が見たいのだ。
2年前表情を失ったかずくんとお祭りに行った帰り道にしてくれた、優しい微笑みがみんなと走っている時のあの笑顔が見たいのだ。
そのために私はいるのだ。
いつかこうなった時のために神様が私を用意したはずだ。
そう信じて、いるしかない。
〜
「先輩来てくれますかね?」
「大丈夫に決まってるじゃないですか。」
「そうは言ってもね。」
「何なんですか理科くん?カズくんを救う気はないんですか?」
「ありますけど…
7/15 祭り当日僕は保険ちゃんと一緒に三木先輩の家に向かっていた。
昔三木先輩は保険ちゃんとの祭りの帰り道に表情を取り戻したらしく、今回もそれにかけているらしい。
「三木先輩この世の全てに興味がないような顔してるじゃないですか。そんな人が祭にくるとは思えないんですよね。」
「そんな事くらいわかってますよ。だから、秋子さんに無理やり引っ張り出してもらうんですよ。」
まさかの強硬手段だった。
いくら大会に出て欲しいとはいえそんなに無理やりするのはどうなんだろう。
「無理やりするのは先輩にとってもいい事だとは思いませんよ。」
「わかってますよ!」
この小さな体から一体どうやったらあんな声が出せるのだろう。どれほどまでに想えばこんな声が出るのだろう。
「分かってます…でも…時間が…」
掠れた声になっていたので最後の方はよく聞き取れなかったが、強い思いを感じた。
それからしばらく10分程沈黙の中歩いていた。道にはカップルで祭に行こうとするものもいたので僕らも周りから見たらカップルに見えるのだろうか?
いや、そんなことはないだろう。カップルならばもっと話をしたり手をつなぐものだ。10分ほども話さないお互い何処かうわの空、そんな2人がカップルに見えるのであればそれは今まで付き合った事の無い童貞の考えだろう。
とかなんとか考えていたら三木先輩の家についた。
保険ちゃんがインターフォンを押した。
「秋子さーん。来ましたー。」
『はーい。ちょっと待っててね。このでかい赤ちゃんを着替えさせたらすぐに行きからね。』
赤ちゃんというのは三木先輩のことだろう。
まさか、自分で着替えることもできないくらいに病んでいるのか。
秋子さんという人も大変だな。
しかしさっきの声聞いたことがあったような気がするが、三木秋子なんて名前は聞いたことがないので気のせいだろう。
5分ほどすると浴衣姿の秋子さんと思しき人とジャージ姿の廃人がドアから出てきた。
「ごめんね光ちゃん。こいつにも浴衣をきさせようと思ったんだけど嫌がってね。結局ジャージになっちゃった。」
そんな状況を聞くに先輩の状態の酷さがさらに伺える。
しかし保険ちゃんにはそんなこと関係ないことかのように先輩に話しかけた。
「いえ、来てくれただけで問題ありません。カズくん毎日ご飯食べてますか?お風呂はいってますか?」
「あー。」
「光ちゃんこいつ最近何も食べてないんだ。それにお風呂も…でも一応濡れタオルで拭いてるから臭くはないと思うよ。」
本当に介護されているみたいだ。
「そうですか…毎日食べなきゃダメじゃないですか。栄養も大事ですが、食べないなんて論外です。今からお祭りでいっぱい食べましょうね。」
「うー。」
「ごめんね。私がしっかりしてないから、こいつの状態が悪化しちゃったんだ。誤ってゆるさっることじゃないとは分かって入るんだが…」
「大丈夫です。確かにカズくんは廃人ですが生きています。こんな人の世話なんて普通はしたくありません。体を拭くのだって絶対面倒なはずなんです。でも、それをしてくれているということはカズくんのことを思っているということじゃないですか。それに、私だって何もできてないんですよ。何もできないくせに、頼み事だけするなんて図々しいにもほどがあります。私の方こそごめんなさい。」
お互いに謝る2人の女性の近くにいる俺は、お俺だけは本当に何もやっていない。こんな人間の言葉なんて気休めにもならないから、目の前で1人の男のために涙を流しているじょせいにたいしても何もいうことができない。
〜
気を使った訳ではないのだが、保険ちゃんと三木先輩の2人で祭を回ることになった。
正直、先輩の状態が状態なだけ一緒に居たかったのだが秋子さんがどうしても2人で回って欲しいといったのでそういう運びとなった。コーチや国見、英吾もきているはずなのだが人が多くてわからない上に電波が混戦しているのだろう連絡が通じない。
よって、僕は秋子さんと2人で祭を回ることになったのだ。
「ごめんね、こんなおばさんと一緒に祭りなんて嫌でしょ?」
「そんなことないですよ。僕あんまり友達いないんで一緒に居てくれる人がいるだけで嬉しいんです。」
これは本心だったが、誰でもいいから一緒に居たいみたいな風に取られてもおかしくないような言い方だったので訂正しようとしたのだが、秋子さんの言葉が僕の言葉を遮った。
「私ね、疲れちゃったんだ。数人君のことは好きだし大切に思ってる。でもね、あんな風になっちゃった人と一緒にいるとねこっちまでおかしくなりそうになる時がくるんだ。だから、あの2人を一緒にさせたの。ごめんね。こんな人間で。」
僕はなんて愚かな人間なのだろうか。2、3分ほどで吐き気を覚えるほどの不快感を発し続ける人と15日間もの時間を過ごしたなんて、頭がおかしくなってしまうに決まっているではないか。
それなのに僕たちは、秋子さんを便利な介護施設か何かと思って背負わせてしまっていた。
そんな人が僕に謝っているのだ。僕たちが押し付けたようなものなのに。
こんな風に三木先輩を物みたいに言っていたら、また保険ちゃんに怒られるかもしれないがそれでも同情をせざるおえない。
「いえ、秋子さんに問題はありませんよ。僕たちが無意識の内に押し付けていたので…」
「ありがとね。嘘でも嬉しい。お礼に今日はオゴちゃうぞ!」
明らかに強がっていたのが見て取れた。両目に少量の涙を浮かべて無理矢理笑顔を作っていた。しかし、今はこの波に乗って楽しい雰囲気に持っていくのが得策だろう。
「本当ですか。じゃあ、取り敢えず焼きそばが食べたいかな。」
「いいね!よーしいっぱい食べるぞー。」
〜
「カズくんお口を開けてください。」
「あー。」
意外にもこちらの言葉が聞き取れるのか開いてくれた。
「じゃあ、行きますよ。アーン。」
「あっ。」
「ああごめんなさい。まだ熱かったですか?」
カズくんにまず何かを食べさせなければと思った私は、昔から祭に来ると毎回焼きそばを食べていたのを思い出したので食べさせようと思い、焼きそばを買い近くのベンチが開いていたのでそこに座って食べさせようとしたのだが、人に麺類を食べさせるというのは意外にも難しかった。
というのも、箸の近くは冷ますことができるのだが、箸から離れた場所にある部分はまだ熱を持っており、そこが顎や下唇に当たってしまうのだ。
やはり最初はもう少し食べやすいものがいいかなとも思ったのだが、売っていなかった。祭りなので仕方がないのが、栄養が偏ってしまう。
確かに自分で栄養よりまず入れることとは言ったのだが、流石にカキ氷と綿あめだけを入れるわけにもいかないので、まだ色々なのものが入っている焼きそばを選んだのだが失敗だった気がする。
それでも、時間はかかったが取り敢えず1つは完食した。
「次は、何か食べたいものはありますか?」
「あー。」
分かっていたことだが、返事は来ない。いや、きて入るのかもしれない。
しかし…
「分からないですよ。なんて言っているんですか?教えてくださいよ。なんでも用意しますから。ねえ、カズくんのためなら苦手な料理だって頑張ります。だから教えてくださいよ…」
しかし、現実は無情であった。どんなに彼女が願っても叶わないことは存在するのである。
「あー?」
「もう。他に言えないんですか…」
「うー?」
「そういうことじゃないですよ。」
もはや怒りなんてものは存在せず、変な笑いが起きていた。泣きながら、ハハハ。と笑う少女はずっと想っている少年の胸で泣いた。以前自らが後輩にしてあげたように。
そして、少年は泣く少女の背中にそっと右手を置いた。
「あー。」
置いたというには弱く添えたという方が的確かもしれない、しかし彼女にとっては十分すぎた行為だった。
「ずるいですよ。」
それから約5分ほど泣いていた間少年は『あー。』だけであったが、ずっと声をかけ続けていた。
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