第20走者 怒る者

20

前回とは違う。


前回は自分で走りたくないと思わせ、走らせなかった。


しかし今回は体が拒絶している。


精神は心は本当の俺は走りたい。


しかし走らせてくれない。


足が動かない。


右足を出した後、左足を出す。


そしてその速度を上げる。


それだけのことだがそれだけではない。


それだけと思いたくない。


2年かかったんだ。


でも今は2年も待てない。


いや、まだ俺は走れていないのかもしれない。


社がくれた走る理由があったから走ることができただけかもしれない。


理由がなければ俺はまだ走ることができないのかもしれない。


いや、走れないのだ。


誰でもいい、誰でもいいから俺に走る理由をくれ。


だれか助けてくれ。


俺は一人ベットの中でだれにも届かないSOSを出す。



どうすれば助けられるのだろうか?


多分私には彼を助けることはできない。かといって社君には頼れない。頼りたくてももういない。


「ねえ、お父さんどうすればいいと思う?」


「何だ光。ついにこの俺を頼るのか?ナイースな判断だな。マスターチョイスといっても過言ではないな。」


「こんな時にまでふざけるんですか?ほんとに死んで欲しい。」


「おいおい、親だよ?死んで欲しいとかいうなよ。」


「はあ。すいませんね。」


「いつこんな風になってしまったんだ。俺にべったりで結婚したいといっていた光はどこへいってしまったんだ?」


「一瞬も思ったことがありません。」


即答したが、本当に子供の頃はいったような気もするが今は本当に思いたくない。


「確か動画を撮った気がするが…どこにしまったっけなあー。」


まじか。すぐに見つけ次第燃やそう。


「とまあ、話が脱線しすぎたな。俺ならあいつを走りの世界に戻すことは可能だ。」


「そうですか。は?今なんて言いましたか?」


「だから、走らせるのは可能だっていったんだよ。一時的だけどな。」


「どういう事ですか。まず走らせられるというのもそうですが、一時的ってどうゆう事ですか。」


「あいつは走れるようになったように見えているが、まだ2年前の傷が治ってはいない。だが、奴は走れていた。走れないはずなのにな。その理由を俺は知らなかったんだが、最近知ったんだ。あの社とかいう奴が走る理由をくれたから走れたんだな。そして理由がなくなれば走れない。車のガソリンみたいなもんだ。」


「じゃあ、お父さんは数くんに走る理由をあげれるんですか?」


「じゃなければ言わない。でも、一時的だ二ヶ月も持たない。」


「それはどうしてですか?」


「秘密でーす。」


「言いなさい!」


「悪いが本当に言えない。言っちゃ絶対にダメなんだ。悪いな。」


「わかりました。」


それは私の人生でも数度ほどしか見たことのないような真剣な目だった。


「じゃあ、その方法も秘密ですか?」


「なんだ知りたいのか?別にいいぞ。ただしするなよ。」


「分かっています。」


「この手紙を届ければいい。」


そう言ってどこから取り出したのか分からない茶封筒を見せてきた。


「たったそれだけなんですか。」


「それだけなんて言葉では表せないものが入ってんだよ。」


封筒を見るお父さんの目は遠くにいる誰かを見ていた。



数人くんがまた走れなくなったと聞いたときは本当にショックだった。しかし今はそんなことなどどうでもいい。悪化が進んでいる。最初は話すこともできていたし、目以外は笑うことだってできていた。それを笑うと呼ぶかは知らないが。しかし今は表情もなければ話すこともない。それでも3食は食べていたが一昨日から食べることさえしていない。ベットの上でひたすらうなされている。起きてからひたすら泣きながらベットの上で過ごし、泣き疲れたら寝る。まるで赤ちゃんになったようだ。


当然心配だが正直何もできない。そんな自分の無力さに絶望している。


2年前姉さんが死んだ時は走れなくはなったがそれ以外の異変はほとんどなかったらしい。表情が上手くできなかったがそれは光ちゃんがどうにかしてくれたらしい。私はその後に引き取ったのでよくは知らない。ただ、舐めていた。というより前回と同じだと勝手に思っていた。時間が経てばまた走り出すのではないかと身勝手に思っていた。しかし現実はそうじゃない。どんどん悪くなっている。まるで不治の病にでもかかっているようだ。


2年前光ちゃんが私に数人くんの表情が戻ったことを喜び、また戻した自分を自慢していたが、その時の自分は何も思わず社交辞令かのように、凄いねと言ったがその言葉の軽率さを今知った。


私は回復どころか悪化させている。それなのにもかかわらず今一緒にいるのはなぜ私なのだろう。なぜ光ちゃんじゃないのだろう。なぜ陸止部の人たちではないのだろう。私以外であれば誰でもいいとは言わないが、私は何もできないのに一緒にいる必要があるのだろうか。誰でもいい、彼を、数人を、姉の息子を、私の息子を助けて…。



6/30日社先輩が亡くなり、次の日には葬式を行った。


そして、部員全員部活に行くことはできなかった。


僕ら1年は三木先輩の様にこの世の終わりの様にはなっていないが、それでも部活には行けなかった。あそこには先輩との思い出が多すぎた。たいした青春を送る予定もなく勉強をするだけの様な高校生活を変える権利をくれたのは先輩だったから。


だから社先輩が死んだ時意外にも部活を辞めるという選択が出なかったのは自分でも衝撃だった。


しかし、今僕は辞めようとしている。そしてそれは三木先輩が廃人になったことが理由だと思う。


社先輩の様に頼れる訳ではないし、カッコイイ訳でもない、何かしてくれた訳でもない。なのに、心から一緒にいたい。一緒にバカなことをしたい。社先輩がいなくなってぽっかり空いた心の穴をあの人なら絶対に埋めてくれる。そんな確信を持っていた。ほとんど勘の大したことの無い自分の欲望だったのだが、それでもどうにかしてくれると思っていた。


でも、昨日見た先輩は人とも言える様なものではなかった。


その一言がその動きがその顔が嘔吐を伴う不快感を与えていた。


そんな先輩を見た時不快感と共に絶望をした。もう僕を僕たちを助けてくれ人はもういないということを知ってしまった様で。


だから、この右手の手汗でふやけてしまった退部届を出す事を決意した。決意したはずなのに、僕は職員室の扉をノックすることができなかった。


そして逃げる様に右手に握りしめた退部届だけを持って他の荷物は投げ捨てる様に地面に叩きつけ誰もいない部室へ走っていった。上靴のまま校庭へかけて行き、三ヶ月前の自分では想像もできない速度で。


もう時間は1時間目が始まっている頃なのに。


「なんで?なんでこんな事になっちまったんだよ!」


来たくなかったはずの部室で涙を流しながら僕は叫んだ。


「何でだよ?どうしてこんなにここが好きになってんだよ?」


ドンッ


叫びながら自分のロッカーを殴った。


入る前は体幹以外は何もなかった自分の体だったのに今ではロッカーを凹ますくらいには力がついている。


「戻ってきてくれよ。社先輩。あんたしかこの状況は変えられないんだよ。頼むよ…。」


叶いもしない願いを高1の男が泣きながら懇願するというのは醜くもそれは何か惹きつけるものがあった。


そしてそのせいなのか、はたまたすでに決まっていた必然だったのかは知らないが、ある人を引きつけていた。


「それは違いますよ理科くん。」


「え?」


自分の泣き顔を見られ醜い姿も見られたのにもかかわらず、涙が溢れでたのは保険ちゃんから出る母性に甘えたかったのか、知らない場所で知り合いにあった様な安心感を得たのか自分でもわからなかったのだがとにかく泣きたかった。


自分よりも小さく小柄で狭い肩で泣きじゃくった。それは赤ちゃんの様な可愛いものではなかったし男泣きなんてかっこいいものでもはなかった。膝で立ってただ泣いていた。当然鼻水や唾液も出ていたと思う。それでも保険ちゃんは黙って頭をさすってくれた。


「辛かったですね。でも大丈夫私がいます。一人で抱え込まなくたっていいんです。だってもう一人じゃないでしょ?」


それから10分ほど泣いた。そして、正気を取り戻した後すごく恥ずかしくなったが保険ちゃんの顔を見たら自然と「ありがとうございます」と言っていた。謝る訳でもなく感謝が最初に出てきた。


「どういたしまして。いい泣きっぷりでしたよ。なんだかお母さんになったみたいでした。」


「それはどうなんですかね?」


そう言ってから二人で笑い合った。自分自身もそうだが保険ちゃんもそうなのだろう。ずっと笑っていなかったから笑い方を顔が忘れてしまっていたのか変な顔で笑っていた。


その後一息着いてから僕は一つ質問を投げかける。


「あのー。何が違うんですか?」


「ん?何がですか?」


「いや、さっき違いますよって言ってたじゃないですか。」


「ああ、あの事ですか。それはですね。この状況をひっくり返すことができる人が社君以外にもいるということです。」


「そんな人がいるんですか?」


「はい。それは…。」


「それは…?」


「カズくんです!」


自信満々に小さい胸を張りながら言った。


「それは不可能です。というか三木先輩をどうにかするのがこの状況の1番の問題じゃないですか。」


「そうです。だからこそその1番の問題がなくなればこの状況はひっくり返ります。」


本気で言っているといのは目を見ればわかるが、それでもどうにかできるとは思わない。


「保険ちゃんは昨日三木先輩にあったんですよね?だったらわかりますよね?あれはもう人じゃないです。化け物じゃないですか。」


パンッ。


突然の事で理科はすぐには理解ができなかったが、少し経てば保険ちゃんが僕の頬を叩いたということだと分かった。


「人です!確かに昨日はひどい目でした。でも人です。人なんですよ!どんなに心が折れていたとしてもどんな見た目になったとしてもどんな事をしたとしても化け物ではありません!人です。私にやさしくて、みんなに優しくて、アニメが好きで、少しエッチな、人です。理科くんだってわかってるでしょ?」


泣きながら言葉を詰まらせながら怒りの様な感情を混ぜた説教の様で説教でない言葉だった。特に最後の言葉は疲れたのか小さな声だったが一番心に直接語りかけてきた。


さっきの事で惚れた訳ではないが仮に惚れていたとしても身を引いただろう。それほどに三木先輩への気持ちが伝わった。


「すみません。僕自分の事でいっぱいになって保険ちゃんの事考えていませんでした。」


「大丈夫です。」


「保険ちゃんは三木先輩のことが大好きなんですね。」


その問いに静かに頷いていた。

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