第6話 「中級炎術実践」
シレンシオの森はセトランデルの西に位置する大きな森。通称恵みの森と呼ばれるこの森は、近隣に位置する村々から愛され、村人たちの生活の基盤となっている。夜行性のモンスターが多いため日中は危険もなく散策できる。この森で採れる動植物や菌類は薬に、錬金術の素材にと魔学院の者達も多く活用している。今日は賢人の宴で請けた依頼でフェーリ草を取りに来ている。葉全体が光子に覆われているフェーリ草を探すのは容易い。だが、群生地が探しているが一向に見つからない。木の根元に生えているフェーリ草を少しずつ見つけては摘み、見つけては摘みを繰り返している。
群生地さえ見つかれば一気に背負籠をいっぱいに出来るのに……そう思いながら数時間、結局群生地は見つけられずに背負籠は一杯になった。森の奥深くまで来てしまったかもしれない、日が暮れる前に早くセトランデルへ戻ろう。
「――完全に迷った……」
馬鹿な事をしてしまった、やはり奥まで入り過ぎていたようだ。森の中で長く動き回る内、方向感覚が少しずつ狂ってしまったのだろう。決して方向音痴などではない、本当だ。森の中は特殊な磁場が発生していたりするかもしれないし、妖精のいたずらかもしれない――いや、そんなことよりもこの状況をなんとかしなくてはならない。
そう考えていると遠くから物音が近づいてくる。大きい音、木々がへし折れるようなバリバリという音と大きな何かが走り回る音がこちらへ近づいてくる。すぐそこまできたその瞬間、背負籠を背負った獣人の少女が目の前を横切った。さらに後ろから象かマンモスかというほど巨大な四足獣が太い木々をバッタバッタと軽々なぎ倒しながらその少女を追っていた。日没までまだあるのにあんな大きな獣が暴れているこの森を安全だと言った誰かさんに後で文句を言ってやる。ただ今は獣人の少女のピンチ、何もしないわけにはいかない。必死に獣を追う、だが早い。追いつけない。森の中では火の魔法をおいそれと使えない。なんとか気を引くため、ヤケクソで
「いいぞ、こっちだ!捕まえてみろ!」
刹那、獣と目が合った。獣から放たれる殺気が全身に突き刺さり、身が震える。さっきまでは現実感がなかったが急に恐怖を感じ始めた。怖い怖い怖い死にたくない、なんでこんなことをしたんだ。恐怖と後悔を振り切りながら走る、走る。先程、獣が通リ過ぎて踏み均された道を逆走する。一瞬後ろを振り向くと、獣の頭部からねじれながら伸びている二本の角がキラリと光ったような気がした。死ぬ、獣はとてつもない速さで角をこちらへ突き出した。とっさの勘で横っ飛びをするが遅すぎた。左側の腕が角に切り裂かれ抉られてしまった。痛い、死ぬほど痛い。勘違いしていた自分を今更呪った。これはゲームでも何でもないのだ、新しい現実だ。傷が付けば痛いし、血を流しすぎれば死ぬ。HPという概念が存在する世界で今の一撃がどれほどのものかわからないが、精神的にはもう瀕死のような気持ちだ。
どれぐらい走っただろう、傷だらけで走る走る。一瞬のようだが、長くも感じる。走って走ってたどり着いた先には湖のほとり、フェーリ草の群生地があった。今更見つけたがもう遅い、何もかも。鼻息を荒くする獣に水辺に追い込まれてしまった。獣が再び角を突き出してくる。必死に横へローリングするように飛ぶがやはり反応に体が追いついていない。右足を貫かれる。幸い骨には達していないがふくらはぎに大穴が空いた。焼かれるように痛い、もう立つことすら出来ない。なんとかこいつを倒さなくては――死にたくない……もうなりふりをかまっていられない。痛みに歯を食いしばりながら自分ができる全力で
「ぐっ、弾丸よ 業火を纏いて 貫き
体に残る魔力を全て指先に込め、紅蓮の弾丸を獣の眉間に向かって撃ち放った。弾丸は眉間から胴体を全て貫き、風穴を開けた。獣が悲鳴を上げながらのたうち回る。そして数秒後、息絶え静止した。
「レベルが9に上昇しました。スキルポイントを24ポイント獲得しました」
生きている、生きてはいるが止めどなく血が溢れ出している。魔力も使い果たした。また限界だ。今回はこのまま意識を手放したら死んでしまいそうな気がする。だがもうどうしようもない、瞼も体も重すぎる。自らを支える力を全て失い、視界が霞んで何も見えなくなった。
――どれくらい眠っていただろうか。目を覚ましたら前と同じ学院の医務室にいた。隣に誰かがいる。
「おはようございます。目を覚ましたんですね。怪我は痛みますか、全治1週間だそうですが。あなたは3日も目を覚まさなかったのですよ。」
心底安心した顔で隣にいたのは入学式の時、宿を勧めてくれたエルフの女性だ。確か名前はミトラ。
「少し痛みます。でも平気です。助けて頂いてありがとうございます。」
「お礼なら彼女に言ってください。血まみれのあなたを森の外の村まで運んだのは彼女です。」
すると木の衝立の向こうからひょっこりと獣人の少女が姿を表した。あの時追われていた子だ。体躯は華奢で背丈は小さめのリスの獣人だ。栗色の長い髪が腰まで伸びていて、黒ケープを身につけている。ケモミミと大きな尻尾が愛らしい。
「助けて頂いてありがとうございました。私はタルタ・ルーエレニカといいます。」
「私はハイロ・ユースミッド。森の外まで運んでくれたんだってね、こちらこそありがとう。」
自己紹介と礼を済ませると、ミトラは早々に話に割って入ってきた。
「ハイロ君、起きたばかりで申し訳ないのですがいくつか確認させてください。あなたは森でフォレストベヘモスを討ったそうですね、間違いないでしょうか?」
「あの大きな獣はフォレストベヘモスというんですか?だとしたら多分自分が倒しました」
「左様ですか、それはすごい。ではもう一つ聞かせてください。なぜ日没前の危険のない森でフォレストベヘモスと戦うことになってしまったのですか?」
「それは私が説明させてください。」
タルタが間に入り、説明を始めた。彼女は自分と同じ群生地でフェーリ草を積むクエストを請けていたらしく、群生地まで来たところでいきなり激昂したフォレストベヘモスに遭遇し襲われたらしい。
「説明は理解できました。ただ日没前の西の森は極めて安全のはず。フォレストベヘモスなど森の最奥でしか遭遇しない凶悪な魔物です。湖まで出てくる事など普通ではありません、なぜ……」
「それは私にもわかりません……ただあの子、すごく怒っていました。あの子を怒らせる何かがあったんだと思います」
「なるほど、ありがとうございます。参考にさせて頂きます。――そうだ、ハイロ君。君が請けていた依頼の件ですが、私は賢人の宴の職員も兼任しておりましてね。意識を失っている間に完了手続きを済ませておきました。」
「いろいろとありがとうございます、助かります。」
ミトラは懐から袋を2つ取り出すと、ハイロにそれを手渡した。
「こちらがフェーリ草の採集依頼の銀貨30枚、そしてこちらがフォレストベヘモス討伐の金貨12枚です。」
「――この金貨12枚は受け取れないのではないですか?下級学生は討伐依頼は請けられないって聞いていたんですが……」
「はい、君の言う通り通常だと下級学生は討伐依頼は請けられませんが……君が倒したおかげでフォレストベヘモスは少なくとも半年以上は発生しません。依頼を請けていた者もおらず、受け取り手のいなくなってしまった報酬です。君が受け取るのが相応しいとギルドは判断しました。遠慮せずに受け取って下さい。」
「そういうことなら……ありがたく頂戴します。」
「はい、素直で大変結構です。また、報酬としてのレートに加えて、今回の勇敢な働きに対してのレートも足しておきます、あとで寮に帰って確認しておいてください。では私は仕事がありますのでそろそろ失礼させて頂きます、お大事になさってください。」
そういうとミトラは二人を部屋に残し、医務室を後にした。残された二人に静かな時間が流れる。タルタはベッドの側の椅子に座り、何か言いたそうに下を向いている、もちろん私はケモミミを凝視していた。しばらくするとタルタは思い立ったようにスッと顔を上げこちらを見ながら話し始めた。
「あのっ!私、助けてもらったお礼がしたいです。でも、何をして差し上げればいいかわからなくて……私、東の神樹の近くの森で薬師の家系で、自然と対話する信仰系魔法のようなものが使えます。料理とかお菓子作りも趣味で少し出来ます。何か私に出来ることをさせてください!」
「――っ!……何でもいいんですか?」
「な、何でも。出来ることなら」
「――じゃあ、耳を触らせてください……!」
「み、耳ですか!?ちょっと恥ずかしいですが……ど、どうぞ。」
タルタは椅子を引き、ベッドへ近づくと頭をこちらに差し出した。
「で、では失礼して……」
待望の瞬間だ!美少女のケモミミをモフる時が来るとは……恐る恐る彼女の耳に手をかける。耳の内側に親指をスッと滑り込ませ、手のひらで外側から少しずつ挟むように撫でる。
「はぅっ……あっ――んんっ……あうっ……」
彼女から甘い声が漏れる。指先に、心に、網膜に、焼き付けるように後悔のないように丹念に撫で回す。そしてそっと耳から手を離す。満願成就の時を噛みしめる。手が、幸せだ……
「い、痛くなかったですか?」
「だ、大丈夫です――はい。もしかしてハイロさん他の人の耳も触ったことがあるんですか……?」
「いや初めてかな。実家で猫を飼っていた時は良く触っていたっけ……」
「あっ、なるほど……そうでしたか。」
「いやまさか触らせてもらえると思ってなくて感動だよ……」
「そ、そんなに……ですか?ハイロさん変わってますね。」
「そんなにだよ!夢だったから!この前ギルドのお姉さんに耳を触らせてほしいって言った時は顔真っ赤にして怒られてしまったからね!」
「ハイロさんやっぱり変わってますよ……うーん、耳やしっぽは人によりますが気にする人もいますね。私も気の許せない方には触らせたくないです。ハイロさんにはまた触らせてあげてもいいですよ……?」
「本当ですか!ありがとうございますありがとうございます!」
「ふふっ、面白い人ですねホント」
ハニカミながら楽しそうに話すタルタとしばらく会話した後、彼女は部屋に戻ろうと立ち上がった。
「ハイロさん、今日は本当にありがとうございました。今度はお菓子作って持っていきますから、楽しみにしててくださいね。では!」
笑顔で立ち去る彼女を見送る。さて一人になったことだし遂にあれに手を出しますか、
ゲーオタメガネの将来の夢は異世界で魔法の勉強をして生計を立てることだそうです。 @1014san
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