僕らはこうして海で溶け合う
元の海に戻ってきた時、彼女はまた海だー! と叫んだ。
「好きだね、それ」
「そう、好きなの。大好きなの」
それは、僕に言ったのかなと思えた。彼女の目に、悪戯な色が見えたから。
時計は、10月2日12時50分を指していた。
陽はまだまだ高い。
一番お気に入りだった、少しだけ大きくて豪華な家に荷物を下ろして、僕らはまた海へと歩いた。手には、2枚の毛布を持って。
「今日はくらげの形の雲ないね」
彼女が残念そうに言った。
「そうだね」
今日の雲はすこし機嫌が悪いようで、連なっていた。
浜辺に腰を下ろす彼女に、今日は海に入らないの? と尋ねる。
彼女はこともなげに
「ゆうたと交わる砂が減ったら嫌だから」
と答えた。
「やえは海に溶けるの?」
「溶けないと思うけど、分からないから。だから今日は入るのはやめる」
「そう」
なら、僕も溶けるかもしれないしやめておこう。
やえと交わる砂が減ったら嫌だから。
もう、暦の上では恐らく9月30日、あと半日ほどでリミットが来る。海辺は少し肌寒かった。
今は昼だからまだ大丈夫だが、夜になったら流石に裸では肌寒いだろう。
最期は重なって死にたい。
その提案には僕も賛成だった。だから毛布を持ってきた。
一枚は下に敷いて、もう一枚を二人で裸で
最期の、その瞬間には。
僕らは手を繋いで、高校の話をした。
彼女の高校は女子高で、女の子に告白されて好きな人がいるからと断ったこと、文化祭や体育祭であったこと、友達の事。
もちろん僕も話をした。
いちいち大きなリアクションで笑ったり、うなずいたりしてくれるやえ。
僕らは僕らの空白を埋めあった。
夕方になって、オレンジ色に染まった山の向こうへ陽が沈んでいく。
これで海に太陽が沈めば、少しはロマンチックだったのかもしれないが、僕らのいる浜辺は西を背にしている。
これが恐らく、僕らが見る最後の太陽だ。
服を脱ぎ散らかして、二人で毛布にくるまった。
別に、昼間から裸でも良かったのだが、僕らはどうやら夜になるまでは人だった。
これからはけだものになる時間だ。
多分、恐らく…僕らの中ではそういう理屈だったのだと思う。
これから僕らがなるのは、人でもけだものでもなく、砂だけれど。
彼女の甘い口の中を舐め漁る。歯列をなぞって、口の中を犯して。
僕の舌がもっと長ければ、喉の奥まで舌を入れ込みたい。
口の周りから垂れる唾液も気にせず、僕らはお互いの唇を求め合う。
「もっと、ちょうだい」
「うん」
「ねえ、ゆうた」
「うん」
「幸せだった?」
「大人がいなくなって、君と旅したこの一ヶ月はね」
「死にたくなくなった?」
「君と、こうして抱き合っていられるなら、もっと生きたいと思う」
「まだ生きていたいと思えるようになって、私たちは少し人に近づけたかもしれないね」
きっと僕らは人じゃなかった。
大人のサンドバッグだっただけで、人ではなかった。
およそ人らしい感情を欠落させて生きてきた人の形をした何かだった。
人ではない僕らが、子どもを残す行為もできず、二人でこうして砂に還ると言うのなら、僕らは一体なんだったのだろうか。
ああもう、最期だと言うのに、どうして…どうして…。
――なぜ今頃…僕の中心は勃ちあがるのか。
僕の中から、『砂の音』がざらりと響いた気がした。
僕は、彼女の濡れそぼった場所にいきり立ったものを突き立てて、力任せに腰を振る。僕の中がざらざらと崩れていく。
彼女は泣きながら本当に嬉しそうにそれを受け止めてくれた。
嬉しい、と僕に微笑んでくれた。
彼女の柔らかなその場所に、僕は沈んで。
そして彼女の笑顔を見ながら、僕は果てた。
僕らはもかしたら――本当は元々、砂だったのかもしれない。
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