僕と彼女の凪

 恐らく二週間ほどいろんな家を転々としながらその海の街にいたと思う。


 元々人がいたと思える家は、大体に備蓄の食糧があって、僕らはそれを食べたりしていた。あと、畑から野菜を少しずつもらって食べていた。

 とれたての野菜は美味しくて、食べ過ぎた。僕らは二人とも小食な方だったけれど、その時はいっぱい食べられた。

 大人がいなかったからかもしれない。

 プロパンの家のガスは使えたので、ガスコンロとか持ってきたのに意味なかったなあと言うと、だからわたしはトランプとか持ってきましたー! とやえはトランプやUNOを出したりしたが、よく考えればそういうカードゲームだって、家探やさがしをすれば見つかったなと二人で笑った。

 それにやえは、そういうものを持ってきているだろうなと出る前に思っていたので、当たっていたのに笑った。


 毎日、夜はやえと裸で抱き合って寝た。

 やえの肌はきめが細やかで、触るとするすると滑ってくすぐったいようで、なのにぴたりとお互いの肌が張り付いたりもして。

 やわやわと乳房をもてあそんだり、体中に舌を這わせあったりして僕らは夜を過ごしていた。

 彼女からはいい匂いがして、僕は夢中で舌を這わせた。

 やえは、僕の腰にあるタバコを押し付けられた跡を舐めるのが好きだった。


 戯れていた。


 最終的には交接に繋がるはずのその行為を、けれどけしてそこまでに至れないその行為を、彼女も僕も求めた。

 やえとのそれは、吐き気などしなかった。

 きっと、戯れだからだ。

 大人ではない僕が触れたところで、それはそれ以上になりえないから。

 それどころか、もっと触れたくて知りたくて仕方のない感情に振り回されたのに、僕のそれはいくら興奮しても勃ちあがらない。

 それを彼女は不思議そうにも、嬉しそうにも、悲しそうにも見つめながら、最後にはいつもそれを握って果てた。

 彼女が果てる姿はとても官能的で、脳の奥までぶるぶると震えるような恍惚こうこつとした感情が僕の中を駆け巡った。

 その後に吐き出す彼女の吐息を、僕はいつも塞いで吸い込んだ。

 彼女は必ず咳込んで、笑ってその行為を終えた。


「げほっ。それは、いったい…なにをしてるの? 苦しいよ」

「いったあとのやえの吐く息が美味しそうで、無意識に吸い着いてる」

「なにそれ。私がゆうたの乳首が美味しそうに見えるのと一緒?」

「そうかもしれない」


 僕らは、お互いを残さず食べてしまいたいのかもしれない。

 抑えていた感情の底に、こんな性癖が隠れていたとは、思いもよらなかった。


 どうやら、海辺で過ごした時に二、三日降った長雨で、大方の火事は消えたようだった。静かだった。秋の虫の声がやたら大きく聞こえる。


 そして、次の大体一週間強ほどは、移動して川にある温泉で過ごした。

 川から湧き出てくる温泉に水を足したりしながら温度を調節したり、勝手に石を積んで小さなお風呂を作ってちょうどいい温度にしたりして。少しぬるいかなと思えるような大き目のも一つ作って、泳げなかった海の代わりに泳いだ。

 やえのバタ足がすごい水しぶきを上げるので、どれだけ力いっぱい泳いでるのと笑うと、やえは


「私ゆうたの笑ってる顔、好き」


 と唐突に言い出した。

 やえは僕を、笑わせてくれていたらしい。


「僕も、やえの貼り付けてない笑い顔は好き」

「最近は、ちゃんと笑えてるよ」

「分かるよ。全然違うから」

「うん」


 ぼくはお湯をかき分けて近づいて、やえにキスをした。

 僕の為に笑うやえは、何よりも愛しい。


 温泉を楽しんだら近くの旅館に入って、どうやら絶対に一泊数万はするだろうなと思えるような高そうな部屋を選んで布団を敷いて夜はまた二人で騒いで戯れた。

 浴衣であ~れ~お代官様~と言いながら僕がくるくる回されたり、冷蔵庫の中からぬるくなったお酒を取り出して、大人はこんなにまずいものを美味しいと言いながら飲んでるんだと笑ったりした。


 酔いが回ったのかふわふわした視界の端で、彼女は窓辺に近づいて行った。

 裸で外を見ている彼女を後ろから抱きしめて、首筋に唇を這わせる。


「何を見てるの」

「この世界の終わり」

「そう」


 虫の音や、川の音が聞こえる。

 でもそれだけだ。

 動物の気配はある。時々遠くの方から犬の鳴き声が聞こえる。

 でもそれだけだ。

 人の気配は感じない。

 少なくともここには僕らだけだ。


 他の少年少女はいま、何をしているのだろうか。

 自分の片割れと過ごせている僕らは、もしかしたら今世界の中で一番幸福なのかもしれない。


「ねえ、最後の日はあの海で迎えよう」

「僕もそう言おうと思ってた」


 穏やかで幸せな一ヶ月だった。

 僕らは最期を、あの海で迎えようと思う。

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