彼女と泳ぐならこの絶望も悪くない
すっかり砂になってしまった両親を着ていた服ごとちりとりで集めて、とりあえず庭に埋めたのが9月2日の日曜日。
一緒くたにちりとりに集めてしまって、どっちがどっちだかわからないので、とりあえず二人とも仲が良かったし、一緒にして埋めた。
僕の家に蓄電池はないが、ソーラーパネルは積んでいるので、お昼は普通に電気が使えたのは良かった。それに一応ガスコンロもある。コンセントをソーラーの方に付け替えた冷蔵庫を覗きながら、さてこれからどうしたものかと思っていたら、その来訪者は息を切らせながら僕の家に転がり込んできた。
幼馴染のやえだった。
やえとは家が近所だったが、僕らは小学校の四年生以来、会っても話をしなかった。集団登下校での、簡単なあいさつすらも。
もう、一生話さないとあの時二人で泣きながら約束したから。
中学校の頃は、廊下ですれ違うこともお互いに避けていたので会わなかった。高校にいたっては当然違う学校だったから、なおさらだ。
やえはすっかり大人びていて、肩より少し下までの長さの毛は、サラリとほどけながら揺れて鼻孔をくすぐった。長いまつ毛が縁どられた瞳は、少しだけあの頃の幼さを感じたが、もしかすると勘違いかもしれない。僕がそう思いたかったのだろう。僕の知っているやえだと。
だって、あの頃よりも当然のように綺麗になって、彼女は僕の前に現れたのだから。
けれど、僕は動揺することはなかった。そういうのはどこかに忘れたまま成長してしまったらしい。
「ゆうた! 生きてる!?」
「やえ。久しぶりだね、どうしたの」
「どうしたのじゃないでしょう!」
「ああ、そうか。それはそうだね」
てっきり彼女が言っているのは、親がいきなり砂になったこと、時計が逆さまに回っていることなどだと思っていた。
僕はSNSを見ないし、テレビも見なかったので、ぼんやりと『ああ、なぜか父さんも母さんも砂になったんだな』としか思っておらず、だからと言ってテレビをつけて現在の状況を把握しようという気にもなっていなかったから。
テレビをつけたところで、ライブでテレビ放映をできる大人は、一人も生きてはいなかっただろうけれど。
あとは『時計が逆回りだと時間がわからなくて面倒くさいな』という点が気になっていただけだった。
「旅に出よう!」
「? いきなりだね」
「だってもうお父さんもお母さんもいなくなったんだよ! 今しかないよ!」
彼女の目はぎらぎらと輝いていて、とても僕は行かないとは言えない雰囲気だ。
そして、やえは僕にSNSを見せながら、世情に疎い僕にどうやら死んだのは18歳以上の大人であるということを教えてくれた。
「ほら、この子は昨日更新してるんだけど、年子のお姉ちゃんが砂になったって書いてある。どうやら砂になるリミットは18歳なんだよ」
あとはうちだけではなく、世界中の時計が逆回りをしていて、日付の分かる時計、携帯などは9月2日のはずの今日を10月30日と指しているということだった。
時計は逆回りをしているのではなくて、10月31日から日付を
大人がいなくなっても、電気と同じようにインターネットも何時間かは使えるものなのだなと思った。
「私たちは17だし、すぐには死なないとは思うけど、18になったら砂になって死ぬんだよ。それに多分もう私たちにも、一ヶ月しか時間がないみたいだってほとんどの子がパニックになりながら言ってる。なら、二人で行けなかった場所に行こうよ」
「行けなかった場所って?」
「どこでもいいけど、私は海に行きたいな! とりあえずだけど。ゆうたは?」
「僕はどこでもいいよ。旅行に行きたいなんて、今まで一度も思ったことないし」
「そっか! じゃあゆうた、私と私の行きたい場所に一緒に行こう。自転車で!」
彼女は、ずっと作れなかった思い出を最期の前に作ろうと言って出て行った。
さて、僕は家の中から日持ちのしそうなものをできるだけリュックに詰めよう。
でも、とふと思う。
割と大胆な彼女は、もしかしたら日持ちするものよりこれからを楽しむものを持ってくるかもしれないなと。
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