第3話
「何なんだ、この状況は………」
勇者、戦士長、魔王の三人が揃いも揃ってトイレから出られない。
なんとも間抜けな話であり、当事者以外は誰も信じないであろう。
「で、なんで魔王がわざわざ一階のトイレまで来てるんだ? 最上階にも造ってるんだろ?」
色々ありすぎたせいで、一周回って冷静になったブレイブが、宿敵である魔王ザリンに事情を聞く。
なんともシュールな光景であり、二度と訪れないであろう場面である。
「ココガ一番居心地ガイインダ。ダトイウノニ、部下ノ奴メ。マサカ紙ノセットヲ怠ッテイルトハ………」
「それは仕方ない。俺達に攻略された以上、そう簡単にここにはこれないだろう」
(むしろジルアース軍の人間がチェックしておくべきだろうな)
言葉には出さないが、心の中でそう思ったムラサメは、ザリンに対して少しばかり申し訳ない気持ちになる。
「で、なんでお前はわざわざ俺達に話し掛けてきた?」
「ナニ、実ハ君達に相談ガアッテネ。コノ窮地ヲ脱スル方法ナノダガ───」
「「詳しく聞かせろ」」
「話ガ早クテ助カル。実ハ魔王城ノトイレニハ、コノ状況ニ対スル救出方法ガ用意シテアルノダ。後ノ壁ニアル張リ紙ヲドカシテミタマエ」
「ああ。───これは」
二人が言われた通りに張り紙を剥がすと、そこには『緊急用』と書かれたボタンが取り付けられていた。
「ザリン、このボタンはなんだ?」
「見テノトオリ、緊急時ニ押スボタンサ。ソレヲ各トイレで同時ニ押セバ、魔法陣ガ起動シテ各トイレニ紙ガセットサレル」
「「おぉ───!」」
色々と突っ込みどころのある方法だが、今の彼らにとってはそんなことはどうでもよい。
紙が手にはいる。その事実が重要なのだ。
「モチロン、協力シテクレルナ?」
「当たり前だ。とっととここから出るぞ」
「ヨシ。デハ、イクゾ。シッカリ息ヲ合ワセロ」
「おう。この時、この瞬間だけは、悪魔も戦士も関係ない」
「三人揃って脱出するために───」
「「「せーの(セーノ)!」」」
□□□□□□
ジャーーーーーーーー
三つのトイレから水の流れる音が響く。
しかし、その扉が開く様子は一切ない。
(さて、どうするか………)
ムラサメは、危機的状況を回避したにも関わらず、未だに気を張っていた。
それもそのはず。
すぐ側には宿敵である魔王がいるのである。
これは大きなチャンスであり、同時にいつ死んでもおかしくないピンチでもある。
(下手に動けばやられる)
既にズボンを上げ、立て掛けておいた愛剣に手をかけているムラサメは、ザリンの出方を伺っている。
ブレイブもまた、勇者のみが持つことを許される聖剣を狭い個室の中でなんとか構え、ザリンのアクションに備えていた。
水の音が止み、先程までとはうってかわって静寂が場を支配する。
そして───
「「───っ!」」
巨大な魔力光がザリンのいるトイレから放たれる。
ムラサメとブレイブは咄嗟にトイレから出て防御の構えをとるが、直後に光が攻撃ではないことに気づいた。
「クソッ、転移魔法か」
思わず舌打ちをするムラサメ。
ザリンがいたトイレに鋭い視線を向けるが、既にそこに彼のの気配は無い。
「ムラサメさん。奴は───」
「逃げたよ。いや、もしかしたら、俺達の方が見逃されたのかもしれん」
転移魔法。
それは、数ある魔術の中の最奥の一つ。
使用できる者は、ジルアース軍の中にも三人しかいない。
だというのに───
「奴はそれを、トイレットペーパーの補充なんかに使っていた」
術の発動に条件はあったものの、大魔術の一つを使いこなしていたのだ。
最強の戦士長と勇者であろうと、二人だけで戦うには、あまりにもその力には差がありすぎた。
(これは………俺も一人だけで戦うってわけには行かなくなってきたな)
あの強大な存在に立ち向かうには、己の力だけでは不可能だとムラサメは確信した。
「ブレイブ」
「はい」
「一刻も早くキャンプ地に戻るぞ。残りの階層の制覇とザリンとの戦いに向けての作戦を考える必要がある」
ザリンとの戦いには、勇者一行と戦士長を中心としたジルアース軍の連携は必須になるだろう。
そのためにも、少しでも早く動く必要がある。
「見てろよザリン。俺達を見逃したこと、絶対に後悔させてやるからな───」
洗った手を手拭いで拭きながら、歓迎会が行われているキャンプ地へと向かうムラサメとブレイブ。
彼らの戦いは、まだまだ続く。
□□□□□□
これは、伝説の中に埋もれた記録の一つ。
魔王と勇者、そして、伝説の戦士達の下らない前哨戦の記録である。
魔王城 1F ある遭遇の記録 @kinka
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