第5話 2018年9月28日 夜 東京都港区高輪 おでんダイニング橘 泉岳寺店 選択

 9月28日金曜。サバイバルコンペティションオールのの今月の最終日は、思ったより早めに切り上げる事が出来た。

 それは業務管理部蓮実課長の配慮で、各自のデータをメイン端末に流し込めたからだ。いつもはやれ、12桁の発注ナンバーは、機器のエラーメッセージのエビデンスは、主体契約書の控えは。そして提出者の判子を忘れずにと。どえらいアナログ環境ではあるが、百に一つの不具合を見つけるので、これはこれであるべきかも知れない。取り敢えず機器のエラーメッセージを皆が見返したが、不測のエラーコードが無かったので、胸を撫で下ろしている。

 それならば、ここは普段からやってくれの声が上がったが、蓮実課長が、これ緊急事態ですの一言で見事押し切られた。業務管理部は業務管理の立場上、逐次監査しなければならない。ケアレスミスはあってはならない。至って正論だ。後のクレームの事を考えれば、あるべき緩衝帯だ。


 そして、月末最終日恒例の打ち上げ会が、斜向いのおでんダイニング橘にて行われる。サバイバルコンペティションの精鋭100人が、定員50人の店に傾れ込むのだから、ただ迷惑この上無く、実質サバイバルコンペティションの貸し切り状態となる。


 そして、酷過ぎた局面を超えた事で、誰もが強烈な波乱を予想をした。

 だが、その予想を遥かに越えるオープニングは、又佐課長と山県主管による十八番逆さ富士から始まった。何故乗る山県。あまりの下ネタに、案の定女子社員からのブーイングとおしぼりの放り込みで、場は、俺がつい全力を出してしまった話題はそっちのけで、今月はお疲れ様来月も頑張りましょうの労いに入った。大人の世界はこう言う目を瞑る配慮もある。まあ救われてるのか、俺はだ。


 ぎゅうぎゅう詰めの座敷から、俺はトイレ中座に抜け、そのままカウンター席に腰を落とすも、どうしても声を掛けられて行く。飲んでる、飲んでます。二次会は、喉がとても弱いので朝までカラオケは行けません等々。やれやれだ。

 そして、目の前にいるおでんダイニング橘泉岳寺店の店長は、飲食店に似合わずのもウェーブのきついロン毛の藤川さんだ。

 見た目から余りにも訳有りの様相なので、たまに受信を試みるが、出て来るのは公安の単語。余程防壁訓練されてるのか、高度な冗談なのかさっぱりだ。辛うじて言えるのは、斜向いのお店なので感度が高い時は送信が届いている事だろ。

 因みにおでんダイニング橘泉岳寺店をインターネットで検索するも、泉岳寺店の割には他の店が出て来ない不思議さを醸し出す。藤川店長曰く、東京オリンピック前は人手が足りないとか、おでんの関西だしの下ごしらえの妙がなかなか出せないとかだが、まあ観察員からあれこれ聞けるものではないから、そこそこにしておく。


 不意に、右隣の滝沢女史主管に絡まれる。ぐでんぐでんでも、頭脳明晰なので、リアクションがこれでも普通人より厄介だ。

 そもそも月初土曜日は、滝沢さんの実家の滝沢小児科病院で子供達に混じりながら扁桃腺の定期検診を受けて、その午後も家族団欒に放り込まれると言うのに、事ある後に何故絡んで来るのか。好きとか、愛してるとか、OKは一切聞かない事にして、弟がいたらこんなに可愛いか、いや俺は可愛い路線を全然目指していない。そもそも滝沢さんは、お見合い写真のファイルが山積みになっていると言うのに、その最優先順位に差し込まれているのおかしい。ここで右太腿を思いっきり叩かれる。


「三船もさ、実績あるんだから、昇格試験受けろよ。なあ、諸手当と給料は別なんだからな。今の時代は共稼ぎ有りきのやり甲斐の世の中なのに、やれ将来とは、お子ちゃまとか、老後、そんなの愛情の上で成り立つと言うのに。これだから縁談至高主義の成功のうちの両親と来たら。そんなに婿養子欲しくてもさ、少子化時代に、やり甲斐の小児科病院の経営が成り立つかね。まあ公立大学の看護学科は首席で出たから、実家は手伝えるよ。でもさ、社会の荒野に放たれてこそ、何が愛たるか見つかるんじゃないかな。言い回しは変わるけど、これ何度目だ。まあいいか、良い感じで酔ってるし」


 滝沢さん酔うと決まってこれになる。自ら求める至高愛とは。いやその若さで結果を求めるのが、あれなのだが。その次の手を塞ぐ為に、他に何を考えているか、うっかり受信すると思考が波の様に押し寄せる。俺が間違いなく血みどろになる未来行程図。俺に兎に角出世して貰って、やるば出来る男子なんだよ三船を兎に角言いたいらしい。そこから、周囲のお似合いじゃない、何だそれは。まあ、そこそこの良好関係になりたい様ではある。


 いやどの女史って本当に難しいなと思いつつ、そこに共通しているのはある程度の純朴さの素養。俺がこの通り筒抜けの質だから、絶対的な愛情がきっとそこにあるのだろうが、ある程度のお決まり。

 互いの信頼が届くのは良い事だけど、それは相手を選びたい。俺も年頃なんですよ本当に。心底苦手では無いが、ちょっとの好意しかないのに、それでも満足なのか、直にどこかで聞いてみたいものである。いや、そこで待ってましたになるから、謹んで控える。このじっとりした雰囲気は放っておく。


 左隣りには、和泉女史が指定席でいらっしゃる。ただ咳払いしては、酔っぱらった振りで、俺に凭れ掛かる滝沢女史主管を牽制する。

 こちらはこちらで、結構難しい立ち位置になる。名古屋支店配属からの同期で互いの研鑽してきた仲だ。俺のフローチャート論に、和泉女史の体系論。相容れないのは、プログラミングがループされては分岐されるので非効率だ。それは人間の持つ揺らぎと押し通され、その時々で最低のIF文だけは書いて手打ちになる。そんな感じで俺とは男女のそれとは程遠いが、何かと打ち上げの際には足元が危ういうからとエスコート役を仰せつかる。その折々の直接接触から思念防壁は外され、俺の受信は露見し、和泉女史の嫌いでは無いが男女の関係にはどうしても遠いを選択される。

 俺として付かず離れずのこの距離感こそが理想なのだが、和泉女史としては愛を積み重ね、互いを尊重出来る夫婦の関係にはやはりなれないと判別される。俺は幾度か何処かで折り合いは付かないかと願うが、実質夫婦関係より長い会社にいては、自然な毎日を過ごす中、これ以上何を求めるのかとどうしても落ち着いてしまう。

 そして和泉女史は、社外の至ってノーマルなサラリーマンと結婚する。まま見てしまう思念は、ゼロからの信頼関係は貴重な人生経験で、互いに順調に成長しているらしい。そう結婚して幸せの筈なのだが、やはり東京栄転でそことなく夫婦の溝が生じた様である。若いと魂は肉体に拘束される。そうでなくても若さというのは、選択肢をただ探りがちだ。こういう時に率直に相手の考えている事が見えたら支えになるが、よく聞く和泉女史の心の声だ。そして何故かそこに俺の存在がやや見え隠れする。

 しかし、和泉女史に俺の心の在り方が分かっても、俺は常にパートナーを受信出来る訳では無いので、俺の心のもやはどうするが、俺の心情だ。それも含めての関係構築が、俺の将来のパートナーとの在るべき姿かと思う。


「そもそも、愛という形を作ろうが困難そのものよね。一緒に日差しを浴びて過ごして、いつかマンションを買って、いつか私の身体の中で受胎して、家族が増えて行くなんて、それは楽しさだけで無いでしょうけど、その一つ一つできっと気づきはある筈よね。そうなれば、私はもっと強くなれるかしら。その強さがあれば、とても悩みの深い方々の支えになるかしらね。三船、あなたもそうであるべきよ」


 俺はチューハイの入ったグラスを置き、謹んで畏る。和泉女史は酒が入ると笑い上戸になるので、どこがツボか、いつものように放っておく。


 俺というギフト持ちに、不思議を持たれなくなった現代こそが不思議だ。幽霊も宇宙人も未来人も信じないと言うのに、俺の存在を否定しないのは、実存を証明出来れば、神仏の計らいはあると言う側面を感じる。やや変則的に、敬虔になりつつある俺の界隈は、それで幸せなのだろうか。

 いや少なくとも、俺が和泉女史と滝沢女史主管の心の拠り所になっていれば、それはそれで俺が必要とされて居る事が堪らなく嬉しい時がある。そう言う積み重ねで、俺はいつの間にか成長しているかも知れない。かもは、その口から敢えて聞かされた事がない。三船、君甘ちゃんだよね、位が接し易いのかなと、不意に口元が緩んだ。


 ふと、右隣の滝沢女史主管が起きる。

「なあ、三船、デートしようよ。いやもっと官能的にか、デートしません事。何を身構えるんだよ、いやね、古着のピンクハウス買い集めてるけど、外で着ないと意味ないんだよ、そうそこなんだよ。でもさ、待てよ官能的と宣言した以上、可愛い路線もな。仕方ないな、接待ゴルフ用の太腿丈のスポーツフルボディコン着るか。えへん」


 本当実生活全て90年代に傾倒している。まあ、普段の際どさを突く魅力的よりは、振り切れて安心しますけど。


 ぽつりと、左隣りの和泉女史。

「はあと、三船言ったかしら。先週名古屋に戻ったら、旦那がね、テーブルの上に離婚届に判を押して置かれていたのだけど、何の感慨もないのよね。察してくれるだろうって何の期待よ。まあよね。ここずっと倦怠期なのか、あらゆる性技試したけど、一回で終了するのを怪しまなかった私があれかな。さて、一人生活満喫させ過ぎたかな。この成り行きは商売女じゃなさそうだから、結局、男はどうしても男よね。ここは直感が働いて、何となくの揺れ具合から、住宅ローンをまだ組まなかったのは正解だったかな。まあ私は優しいから、離婚届にサインして上げましょうか。三船、良いわよね」


 それ、俺に話されてもそれはそれで、前向きに行こうとしか言えないよな。手切れ金100万あれば元鞘に収まるか。ここは競馬のパドックで生き上がる競走馬をトレース出来れば、全然余裕か。


「なあ三船、しらばっくれるのかよ、酔っぱらいは無視か」


「三船あなたね、折角、相談しているのに、無関心は酷いかな」


 俺も酔いが回ってるので、そのままを答えたいのだけど、共に譲れないデートをここで約束すると、絶対ぶち切られる。非常にまずい。ここで、この二人の何れかを言える訳ないでしょう、絶対に。いやそもそも、俺にだって運命の出会いは有るんですよ。そう、これだったのか。


 和泉女史と滝沢女史主管共にただ手を仰ぎ。

「ないない、」

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震撼 判家悠久 @hanke-yuukyu

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