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大介と祐子さんは一度、家に戻るらしい。
「ちょっと用事があってさ。悪いけどお迎えは先に行ってもらえねぇかな。墓で合流できると思うから」
この地域では盆の初日に、故人を墓まで迎えに行く風習がある。祐子さんの生まれ育った地域には無かったらしく、説明したときは驚いていた。彼女のところでは家に訪れるのをもてなすという習慣だそうで、仏壇を介してやってくるイメージがあったと言っていた。
そういえば、君ともそんな話をしたことがあったっけ。墓に迎えに行くまでは家にいないのに迎える前に仏壇に手を合わせるというのは仏壇の役割がわからないな、と。「きっといろんな地域の風習が混ざってちぐはぐになったんだろうな」と私が持論を述べると君は「私は電話みたいなものかなって思ったよ。先に今から行きますよって挨拶してから伺うの。それなら辻褄が合うし、お盆で実際やってくるのが特別だって感じがして好きだな」と返してきた。
あの時は顔に出さなかったけれど、私はとても感心したんだ。ああ、この人と一緒にいて良かった。理由はわからないけれどそう思わせられた。
「あ、それから」
靴を履こうとしていた大介が思い出したように一冊のノートを取り出した。大学ノートというのか、よく学生が使っているものに見える。新品のようで中には何も書かれていない。
「なんだこれは」
「わすれ物ノート。わすれちゃダメなことを書いとくといいよ。親孝行な息子が父親のために買ってきたんだ。さっきので思い出したよ」
「…もう、適当なこと言って。本当は、販促品の余り物なんです」
「あ、祐子。バラすなよ」
「厄介払いか。ま、親孝行な息子からの贈り物だ、大事にするさ」
「そういう皮肉はいいんだよ。じゃあまた後で」
二人が出て行った家の中は来る前よりも一層静かに感じられた。冷房はこんなに効いていたっけ。迎えに行く支度を始めようかと思ったが、すぐに出るにはまだ日が高い。少し休んでから行くか。持ちっぱなしだったノートをテーブルの上に置く。
「わすれ物ノート、ね」
大介の言葉に従うのは癪だが、案外悪くない案に思えてきた。昔からわすれ物が多いというのも悔しいが本当の事だし、最近はペンで字を書くことも少なくなってしまって咄嗟に漢字を思い出せないことも多い。わすれてはいけないことを書き留めておくのは良いかもしれない。ただ、小学生じゃあるまいし『わすれ物ノート』だなんて表紙に書くのは流石に格好がつかない。ペンを手に取り、表紙にタイトルを書き込む手が止まる。あっただろう、もっと格好のつく呼び名が。なんだっけ、ほら、アレだよ。
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