お月見ウサギさんと僕

阿房饅頭

お月見ウサギさん

 高校の文化祭で僕は部活の出し物の準備をやっていたが、ある日の夕方に最後の片付けの仕事を押し付けられて、夜遅く、ある畑の道端を走っていた。

 正直こんなところを自慢のマウンテンバイクで走るのはあんまりやりたくないとは思っていたが、ここが家に帰る時の近道だということで致し方なかった。


「くそー何でこんなところを走らにゃならんのだ。ジャイケンで負けたからって、あの片づけを一人でやらせやがって」

 

 正直押し付けた仲間たちを恨みまくりながら、夜の8時の人気のない畑の中のあぜ道をぜーぜー言わせながら走っていた。

 ふと空を見上げると、満月らしくまん丸いお月さまが夜空に浮かんでいて、何というか、子供の頃よく言われていたことを思い出す。

 

「ねえ、お月さまって、兎がお餅をついているってよく言われているの知らない?」


 と、僕の思っていたことを代弁するかのように何かすごいアニメみたいに甲高い感じのする声が聞こえた。

 声のする方向を見ると、何故かお月見団子が供えられた祭壇と僕の鞄の中に隠してあったみたらし団子を右手に持った少女がいた。


「それ、僕のおやつ!」


「だーめっ。これも私のお供え物でしょ」

「は? そんなこと」

 何て変なことを言う子だなと思っただのが、彼女の恰好に呆気にとられてしまった。

 何故なら彼女は着物なのだが、丈の非常に短いミニ着物のようなものを着ている。それだけならまだコスプレをしたただの痛い子にしか見えないのだが、彼女の髪の色は青っぽい黒に黒い長い耳を頭の上にちょこんと出した子だったのだ。

 

「あ、アクセサリー?」

「やっぱり、そう思うんだ。駄目だねーそんなこと思っちゃ。私は月のお使いだよ」


 何言ってんだと僕は言い返そうとするが、彼女はおもむろに自分の長い黒耳を僕の右手に近づける。


「触ってみたらどう?」

「ええっと」

「あんまりぎゅっと触っちゃいやだよ。そういうことしたら怒っちゃうから」

 

 その言葉と恥ずかしげに頬を赤らめながら、何故か股をもぞもぞとさせる彼女の仕草に何故か僕は生唾を飲み込んでしまった。

 魅入られたというのだろうか。

 そして、言葉を紡がず、こぐりとまた生唾を飲み込んだ。

 

「さ、触るぞ」


 言われるがままに僕はゆっくりとその長い黒耳を触る。

 触り心地の良い長耳。それは黒いうさぎを彷彿とさせる何かのように思える。

 しかし、彼女は言葉を介して、雪のような肌の色はしているものの人間にしか見えない姿をしていた。

 例えるなら黒耳の白うさぎの少女という感じの姿。(但し、服装は非常にコスプレ)

 だからこそ、非常に黒耳を触る時の僕は非常に緊張し、非常に興奮していた。

 ふわふわと触り心地の良い黒い長耳は生暖かく、血が通っているようにしか思えない。


 さわさわ、なでなで

 もふもふ、もふりもふり

 さわさわ、なでなで

 もふもふ、もふりもふり


 癖になってしまいそうな感覚と、どこか性的なものを感じてしまう黒耳。

 恍惚とした顔は真っ赤になり、眼がとろんとして、ムラムラ来てしまいそうである。僕の大切なところが大パニックを起こしそうになりそうだ。

 というか、もうきそう。収まって僕のA・I・B・O!

 

「ん、んんんん。もういいでしょ。わかった?」


 本当にきついのだろうか、顔が真っ赤で蒸気にゆであがったような顔をしていた。

 顔はどこか恍惚として、真一文字にしている口はよだれが出そうなくらいに濡れている。


「わかった。わかったけど、もう少し触りたかったな」

「そう言いながら、もうちょっとしたら私が君を食べちゃったかもしれないよ」

「えっ、それは僕だって」

 正直すぎる感想に黒耳コスプレ少女はため息をつく。

 

「君は本当に正直だね。ま、いいや。そんな君には罰として、私の手伝いをしてもらうよ。ほら、これ」

 と彼女がぱっとみたらし団子を持っていない左手をかざすと、そこには杵と臼があった。そして、その横には何だかマッチョな白ウサギの獣人さんがいた。しかも、もふもふだけど、左目が傷でつぶれているヤクザ感たっぷりなウサギ。

 彼? は腕を組みながら、むふんと鼻息を出して杵を持っている。


「はーい私の代わりにオジサンの持ちをこねる役目だよ」


「ちょーーーーっ!」

「私を汚した罰。わかってる? 絶対に下着濡れているから、選択しなくちゃいけないんだからね……あと、やっぱり、月のお使いさんよりもこの国の人がお餅をぺったんぺったんするのが神事らしいから」

「ちょっと、それってどういうほらハイッ」

 といきなり、黒耳うさ耳少女が僕の手を握って、杵に手を突っ込む。こねっと杵の中の餅を触る。ひんやりとした彼女の白い手は気持ちいいし、着物の後ろの胸が当たって、天国、


「ひいっ、ウサギのおじさんやめっ」


 ドゴンと臼が揺れるほどの勢いとオノマトペが見えそうな勢いで杵と餅がぶつかる。

「ほれもういっちょ」

「ひえっ」

 彼女は勢いよく僕の手を臼に突っ込んで命がけで餅を僕はこねるしかなかった。


「やめ」

「やあだよ」

 えへっとばかりに舌を出す黒耳うさ耳少女。気持ちいい手と胸の感触に命がけの臼の風圧。

 天国と地獄が混ざり合う中、僕の意識がだんだん薄れていくような気がして、あ。


――ぷつん、と意識が途切れた。



 目覚めるとそこはいつものあぜ道とマウンテンバイクが倒れたところに尻もちをついた僕。

 何かの拍子にマウンテンバイクから落ちてしまったのだろうか。

 うん、そうに違いないと僕が思っていると、そこには小さなお供え物をする、そう月見団子が置けそうな祭壇があって。


「ごちそうさま」


 と女の子っぽいかわいらしい丸文字の札があったわけだが。

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