連休

@rinrin-rin

跳ねる田んぼ

僕が小さいころいつも通るあぜ道では田んぼが跳ねていた。カエルやバッタみたいにぴょんぴょん跳ねていた。でもある日、田んぼは跳ねなくなってしまった。


そんなある日の話。


君が僕の前に現れた日はずっと覚えてる。中学生になって毎日下を向いて歩いて、跳ねる田んぼも見なくなってしまったあの退屈な日々に、チクリと針で胸を突かれたような瞬間だった。そうだ、あの日からだ。また田んぼが跳ねたんだ。煌煌と実った稲穂が僕に拍手したんだ。


そんなことを君に言ったら君は困ったような、でも楽しそうに笑ってくれた。


「今日はとてもいいことがあったんだ!」


稲穂たちはスタンディングオベーションさ!金色の観客が僕を祝ってくれている!今なら何でもできそうだ!僕の胸はずっと高鳴って、田んぼはいつもより早く跳ねていた。


9月、文化祭。僕らのクラスの出し物、お化け屋敷。君は楽しそうに準備していた。それを見ているだけで幸せだった。時々目が合いそうになったけど恥ずかしいから逸らした。君に見せたかった。ほんとに田んぼが跳ねるんだ。一緒に見に行こう!


ごくりと飲み込んだ。その日田んぼはゆっくり跳ねた。


文化祭当日、暗い闇の中で君と一緒に人を待つ。以前飲み込んだ言葉が喉元までつっかえる。あぁ、でも、君を見てるだけで僕は十分なのに、一緒にいる時間が何よりの宝物なのに、なんて欲張りな自分なんだ。吐き出してしまえ。飲み込め、飲み込め…


「跳ねる田んぼを見に行かない?」


あぁ、だめだ。なんてことをしてしまったんだ。君はいつか見たような困った笑顔を見せた。そりゃそうさ。誰も信じてくれない。君は何も言わなかった。何も言わなかった。


田んぼの稲穂は刈り取られていた。一人になってしまった。当然田んぼは跳ねない。またつまらない日常に戻るのか。怖くてたまらない。

けどまた、毎年田んぼにコメが実るように、きっとまた田んぼが跳ねるような日々を、過ごせるんじゃないかと、そう思っている。

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