接触-05

 そこは屋敷というよりも、図書館と言ったほうが良いだろう。

 部屋だけではなく廊下の壁にまでびっしりと本棚が並んでいる。

 その中身がきちんと整理されていれば、荘厳の一言だ。

 だが、その本棚の中では、同じ背表紙の本がそれぞれ天地逆に入っていたり、背表紙が奥に行っていたりと、整理とは程遠い惨状となっている。

 そのせいか、応接室やその他の部屋は荷物で溢れかえっており、結果落ち着ける場所はここしか無いという。

「とは言え、玄関ホールとは……」

 スラベルが呆れている通り、彼女たちは今、玄関ホールに据え置かれたテーブルに着き、紅茶を飲んでいる。

 この紅茶も、エルマの父が品種改良を進めた茶葉から淹れられており、相当に良い香りが3人の体を癒やしている。

「まあ、こんな感じで色々なものを作ったり、そのための本やもので溢れかえっているのが我が家の状況です。おかげで経済状況も逼迫ひっぱくしていますが」

 苦笑を称えるエルマに、リュミは気遣うこと無く尋ねる。

「やはり、貴族なのですか?」

(相変わらず、空気読まないっすな~~~~)

 スラベルの心配を他所に、エルマはハッキリと答える。

「はい。とは言っても、権力や贅沢とは程遠い、名前ばかりの男爵家ですが」

 たしかに、これだけの本を揃えるには、並ならぬ財力が必要だろう。

 そして結果として、豪華さや他に人手が見えないこの家の状況を見れば、その結論に至るのは難しいことではない。

「そうですか。それではもう一つお聞きしたいのですが」

「何でしょう?」

 エルマは相変わらず、呑気に反応する。

「あなたの持つ行き過ぎた力とは――何なのでしょうか?」

「やっぱり、そう来ますよね」

 琥珀色の瞳がもつ異様な迫力に気圧されず、エルマはあっさりと言葉を返す。

「ですが、お話する前にこちらも確かめたいことがあります。よろしいですか?」

「問題ありません」

 覚悟はできていると言った言葉を、リュミは返す。

「なぜそれを聞きたいのですか?」

 この確認は想定の範囲。なのでリュミは素直に即答する。

「私もまた、行き過ぎた力を持つ1人だからです」

「その力をお窺いしても?」

「もちろんです」

 リュミは屋外鍛錬場での一件を説明した。


「そうですか。人を瞬時に蒸発させるほどの炎、それを呼び出せる魔法力ですか」

「あっさりと受け取るんっすね?」

 様子を全く変えないエルマに、スラベルの方が驚く。

「父上と色々な研究をしていると、自然現象には様々な可能性があり、それには限界がないのでは? という結論に達することがよくあります。そして魔法とは、自然現象を操る力です。いつかそういう存在が現れても、不思議ではありません。ただ――」

 エルマは微笑んでリュミを見つめる。

「そんな方が、こんなに早く現れるとは思っても見なかったです。だけど良かった、優しい方のようで」

(そっすかねぇ?)

 わからない世界に来てしまったと、スラベルは改めて思う。

「それで、私達のことを気にかけてくれる、ということですか?」

「はい、いずれ魔法省の人間がここに訪れるかもしれません。そうなると、無事では済まない気がしています」

「となると、私達も一緒に身を隠そう、ということですか」

「あなた方が望むのであれば」

 ふぅ、と天井に向けて軽く息を吐いて、エルマは2人のほうに向き直す。

「思い当たるのは2つです。衝撃爆薬と、朱雀香ですね」

 このあたりの胆力は、やはり貴族故のものなのだろうか?

 落ち着きすぎると思える態度で淡々と話を進めるエルマを、スラベルだけではなく、琥珀色の瞳もそう捉える。

「父上の発明は変わったものが多くて、あまり他人に受け入れられません。この茶葉は我が家の財政をわずかに潤すくらいには広まっているので、残るものはその2つです」

「なるほど」

 たしかにこの香りは、高価値をもたらすものだ。

 今のような緊張感が漂う中でも、リュミやスラベルの鼻腔を楽しませてくれる。

「衝撃爆薬というのは、名前の通り衝撃だけで爆発するものですか?」

「良くおわかりですね。その通りです。一般の火薬は、火をつけなければ爆発しません。ですがたまたま、僕が衝撃だけで爆発する火薬を作ってしまいました」

「物騒なものだとは思うっすが、それって役に立つんっすか?」

「ええ、起爆装置が簡素化出来ます。鉱山で火薬を爆破するためには長い導火線が使われますが、途中で火が消えてしまうことが多くて扱いづらい。ですが、衝撃爆薬であれば、例えば紐を引っ張るだけで石を落とすような仕組みでも、簡単に起爆できます」

「衝撃を与えずに運ぶのが、大変そうっすね」

「なので父上が、その爆薬の成分を分離して、現場で簡単に調合できる方法を考えました。これのおかげで実用的なものになったのです」

「まさしく、父子の結晶ですね」

 珍しく琥珀の瞳が称賛している。

「もう一方の朱雀香は、元々麻酔薬や鎮静剤として父上が作ったものですが、その効果は微々たるもので、目的のものとはなりませんでした。ただ、思わぬ使い方が見つかりました。龍眠香の作用はお詳しいですよね?」

 視線を向けられたスラベルが、説明を引き継ぐ。

「慣れない内はただ眠くなるだけっすが、慣れてくると多幸感を感じるっすね。それと同時に凶暴性や暴力衝動を掻き立てます」

「その通りです。ただ、凶暴性や暴力衝動を掻き立てる作用のせいで、龍眠香はその手の物の中でもあまり人気がありません。ですが、朱雀香には龍眠香の凶暴性や暴力衝動を抑える効果があり、さらに単独でも催淫効果が認められました。なので、同時に使うことで龍眠香の価値が上がってしまいます」

「それで、龍眠香についてはあの様な態度だったわけですか」

「あからさますぎましたね」

「そっすよ。その狙いが知りたいっすな」

 ん? という感じで、エルマが顔を上げる。

 話題が自分の知っている範囲に入った所で、スラベルの出番となる。

 リュミもまた、何かを感じ入っているようだ。

「ここまでの様子を見ると、昨日のあの慌てぶりは嘘っす。まるで、なんでそんなに慌てているんですか? って、聞いてほしいぐらいに」

「……嘘がつけない方たちですね」

「傭兵家業には必須な物です」

 琥珀色の瞳が悪戯に揺れる。

(決め台詞持っていかれたっす……)

「魔法省の狙いは衝撃爆薬に有ると踏んでいます。正直な所、僕はあそこがどういった組織なのか知らないのですが、それほど問題ないと思っていました。一応は教育機関、既得権益を持つ貴族派閥との面倒事は合っても、我々の命を取る様な真似はしないのでは? と思うからです」

「そこのところは、なんとも言えないっすな」

「ただ、朱雀香はならず者達の目を引くものだと思っています。現に、父上がこうして帰ってきていません」

「それで、その行方探しを依頼したかった、と?」

「ええ」

 エルマの顔が伏し目がちになる。

「龍眠香には、ならず者がつきまとう。素直に依頼して聞き入れてもらえるかわからない。であれば、心配してくれる気持ちを上手く使って、って感じっすか」

「父上から腹芸を学んでおけばよかったですね――父上も苦手そうですが」

 エルマには似合わない、自嘲を含んだ苦笑。

 現にそれは、彼の幼く無垢に見える顔には、上手く現れない。

 むしろ、悲壮感がだけがより高まってしまい、西日が眩しくなった玄関ホールにより重い空気を漂わせる。そんな中――――

「タイミングが良すぎっすな」

 スラベルの表情が鋭くなる。

 リュミもエルマも、それが何を意味するのかを、素早く察した。

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