接触-03



 翌日。

 スラベルが操る荷馬車は、太陽を背に進んでいる。

 本来であれば早朝に西に向かっているはずだが、太陽は直上に有る。

 つまり、今は昼過ぎであり、向かっている先は北だ。

「ごめんなさい」

 御者席で馬を操っているスラベルの横で、リュミが申し訳なさそうにしている。

「しかた……ない……っすよ」

 今朝、確かにスラベルはリュミを起こそうとしたが、いくら体を揺すっても、くすぐっても、頬を叩いても、何をやっても起きなかった。

 流石に不味いかなと思いつつも口と鼻を塞いで見たが、手を払いのけるだけで一向に起きない。水をぶっかけて見ようかとも思ったが、起き抜けに魔法を使われそうな気配がしたので止めた。

 そうしてそうこうしている間に、エルマが目覚めてしまった。

 さすがにこうなってしまうと、エルマ1人を血痕が残る宿に置いて、馬車だけ拝借する訳にはいかない。

 しかも、せめて家まで送ってほしいと言う、エルマの願いを無視する事が出来なかった。

 何故なら……

「年上の男性とわかっていても……」

「あの目で頼まれたら……断れないっす……」

 目を潤ませて願い出るエルマの姿を見ていると、自分が酷い大人になったような気がする。そういった事もあり、今こうして彼女たちは、エルマの家へと向かっているのだ。


「そう言えば、お2人は傭兵なんですよね?」

 同じ様な格好をしたエルマが、荷馬車の中から声を掛ける。

 龍眠香の香りは残っていない。

「まあそんなとこっすね。エルマさんは……なんでその格好なんすか?」

「これは、父上の趣味です!!」

「しゅ……み?」

「はい! どうせ幼女にしか見えないなら、いっその事そういう格好しろと!」

 なぜだかはしゃいでるエルマを背に、スラベルが肩を落としている。

(そういうお店で着せたがるおっさんが居るとは聞いてましたが、まさか自分の子供に、しかも息子に――――)

 女傭兵の仕事に誇りを持つスラベルにとっては、中々受け入れがたい事実のようだ。

「お父さん、相当変わってるっすね」

「まあ、変な機械とか新しい薬とか、いろんなものを作るので、よくそう言われます」

 リュミの表情が軽く変わる。

「それにしても、お2人は不思議な取り合わせですね。リュミさんは武器も持っていないし、僕のように趣味でその格好をしているとは思えないのですが?」

 エルマの指摘に2人の表情が強張る。

(良いのですか、おじさま?)

『話を変にこじらせるよりは良いでしょう。スラベルさんなら、空気を読んで合わせてくれると思います』

(わかりました)

 碧い瞳のリュミは指先に小さな火を灯す。

「私は魔法士です。だから武器を持っていなくても大丈夫です」

「すごい!! 僕、魔法って始めて見ました!! 父上の話や本で読んだ通りだ! 魔法士の傭兵も居るんですね!」

「珍しいですが、居ないわけではないっす」

 スラベルの肯定の仕方から、その場合わせの嘘をついた様子ではない。

 もう1人琥珀の方の心配――魔法士の傭兵が本当に居るのか?――は杞憂と終わったが……

「あの、すいませんが馬車を止めていただけませんか?」

 リュミが珍しくモジモジと手を挙げる。

「ああ、そろそろお尻、痛くなってきたっすね」

 馬車の揺れに対する素直な感想なのだが、スラベルもなにかに勘付いたようだ。

「はい……それに用も足したい……もので……」

 エルマも同じ様にモジモジしている。

(これは――チャンスっすな!)

「了解っす。休憩にしましょう」

 手頃な木陰を見つけたので、スラベルは馬車を止める。

 と同時に、一目散でエルマは木陰へと走っていく。昨日から寝て起きての連続で、まともにトイレに行っていなかったのだから、これは仕方ないだろう。

(替わりましょうか、おじさま?)

『そうしていただけると助かります、フロイライン』


「おや、琥珀の方っすね?」

 様子が変わったことに気付き、スラベルが小声で問いかける。

「良いんすか? あんなに簡単に見せちゃって」

「ええ、先程から考えていた事がありまして。スラベルさん、一緒に考えをまとめてほしいのですが」

「良いっすよ?」

 好奇心を刺激されたスラベルの目の色が変わる。

「例の2人、どうしてあの様な偽造までして、エルマさんをさらったのでしょうか?」

「それは、魔法省に売り渡すためでは?」

「そこが引っかかるのです。ただ売り渡すだけなら、野盗のようにさらえば良いのではないのでしょうか? バレてしまっては余計にとがめられるような偽造をする理由は何でしょうか?」

「それは――――あっ!!」

「そうです、偽造をしても咎められないと踏んでのことではないでしょうか?」

「考えられる――――っすね」

 スラベルはエルマの方をちらりと見る。

 馬車から離れた所で地面に座り、空を見上げてニヤニヤと笑っている。

(理由はわからないけど、これは話を続けても良さそうっすね)

「野盗のように売り渡せば、後でエルマさんから経緯を聞いた魔法省は、彼らを人さらいとして捉えるかもしれません」

「けど、それが偽造であっても、印を提示されたことをエルマさんが話せば、魔法省も表立っては彼らを捕まえることは出来ないってことっすか?」

「そういうことです。人買いなど、魔法省の立場からすれば有り得ない話し。私の時もという表現を用いてました。お金を出して買い上げると持ちかけられたのであれば、後ろ暗さを盾にできると思ったのではないかと」

「けど、それってあの2人組の勝手な考えですよね? 秘密裏にあの2人を握りつぶすのなんて、魔法省にとっては簡単じゃないっすか?」

「その通りです。が、問題はそこではありません」

「というと?」

 スラベルが身を乗り出す。

「問題は、彼らが浅はかな考えを持つ経緯そのものです。彼らの狙いは私ではなかった。さらに、印を見せつけた男は『行き過ぎた力を持つ奴を捕まえれば、高値で売り払える』と白状した。つまり、私以外にも行き過ぎた力を持っている存在が? と思うのです」

「それは――――確かに」

「あの様に聴き出した情報なので信憑性は有ると思っていましたが、エルマさんがそうだと言う決め手には欠けていました。ただ、エルマさんが魔法のことを本で読んだことが有ると聞いて思ったのです」

「何をっすか?」

「魔法に関する書物というのは、そんなに簡単に手に入るものでしょうか?」

「いえ……というより、本を持っている事の方が珍しいっすね」

「やはりそうですか。以前見た魔法省の合格通知を思い出したのですが、かすれのないしっかりとした筆跡でした。となると、印刷という技術はまだ無いのでは?」

「いんさつ……っすか? なんすか、それ?」

「全く同じ内容の書類を、一々手で書き写さなくても良くなる技術のことですね」

「琥珀の方の故郷くにには、そんな便利な物があるんすか?」

「まあ、色々と。初期の印刷技術では文字は掠れて見えてしまいます。もし掠れない印刷技術が存在するなら、本はもっと出回っているでしょう。そこから印刷と言う技術はまだない、と推察しました」

 スラベルが興味深そうにリュミを見ているが、気にせず続ける

「そうなると、本は手書きで、かなり高価なもの。しかも魔法に関する本となると簡単には手に入らない。そしてそれを読み解くには相当な知識が必要だと思うのですが」

「貴族でも難しい本を読めるのはごく一部っすね」

 ほぅと言った感じで、今度はリュミのほうが興味を覚える。

「エルマさんやそのお父様は、色々な機械や薬を作り上げるほどの相当な知識を持っていると見ています。ここまで来ると、彼らが行き過ぎた力を持ってしまったことは、想像にかたくありません」

「でもそうだとして、どうするんっすか?」

「彼女もこの旅に、同行させようかと考えています」

 さすがにこの言葉には、驚かずにはいられない。

「本気っすか?」

「ええ、遠からずエルマさんは魔法省の手に落ちます。そうなると、我々のことも露見します。そちらは仕方ないとしても、彼の行末を考えると、やはり不憫でなりません。であれば、共に身を隠したほうが良いのではと考えています」

「お父さんはどうするっすか?」

「必要であれば、同行を」

 幼女にしか見えない息子に、あんな格好をさせる父親変態――――

「もちろん、これはスラベルさんの賛同があってのことです」

 反対したとして、エルマを通じて自分たちのことが露見することは、好ましいことではないし、口止めを願い出てもどこまでそれが維持できるかはわからない。

 それに、冷たく光る琥珀の瞳には、それ以上の考えが見て取れる。

 多分それは――――

「ふむ、琥珀の方がそう言うなら、仕方ないっす」

「ご苦労をおかけして、申し訳ありません」

「ま、旅は道連れ世は情け、って言いますしな」

「良くご存知ですね」

「思いつきっすよ」

 そこまで話が進んだ所で、エルマが戻ってくる。

「すいません、魔法の原理をいろいろ考察していたら、楽しくなっちゃって一人の世界に行ってしまいました」

「いえいえ、休憩は十分っすか?」

「はい! 大丈夫です」

 エルマに続き、リュミも軽く頷く。

 荷馬車はさらに、目的地へと進んでいった。

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