接触-02
「あのぉ!! 誰かいませんかぁ?! ここはどこですかぁ?! ここから出して下さぁい!!」
随分と幼い声が、荷馬車の幌の中から聞こえてくる。
リュミと視線と意見を合わせたスラベルは、荷馬車の後ろに回り込む。
「今から荷馬車の幌を開けるっす! 良いすかぁ?」
他に警戒すべき存在はないと思われたが、それでも念の為、声をかけて中の様子を探る。「あ……えっと! はい!」
怯えた様子ではなく、安堵の声。
それでも頷き合い、スラベルが幌に手をかける数メートル後ろで、リュミは瞳の色を琥珀に変えて、魔法がすぐに発動できるように構える。
(頭の良い人っす)
示し合わせたわけでもなく、リュミがそう判断したことにスラベルは安心感を覚える。
だが、嗅ぎ覚えのある匂いを感じ、スラベルは警戒を緩めずに幌を開く。
中には木製の檻と、そこに繋がれた人影が見える。
おそらくそれが声の主と思うのだが……
「あたしはスラベルって名前っす。そちらは?」
「えと……エルマ……です」
1人だけという事が確認できた所で、警戒を薄める。
その中に繋がれていたのは、10歳程度の女の子だったのだ。
錠前を下げた革のベルトと、同じく革製の足かせを外し、女の子の捕縛を解く。
「ありがとう……ございます」
「ああ、向こうの人っすね」
エルマと名乗った少女が警戒しているのを感じ取ると、その相手は静かに頭を下げる。
「スラベルさんの弟子、リュミです」
(ちゃんと合わせてくれるっすね)
「失礼……しました」
「いえ、お構いなく」
表情を変えないリュミを見て、スラベルは先程の評価を取り消す。
(こういうところはまだまだっすなぁ……)
場所はララベルの宿では一番広い、4人部屋に移した。
食堂にはまだ大量の血が残っているし、3人が入れる部屋はここしか無い。
男が語ったように、背中まで伸びた赤毛のストレートがオイルランプの光に照らされ、美しく輝いている。
その美しい髪の持ち主であるエルマは、安心はしているが、疲れた顔をしている。
「ここまでのこと、覚えてるっすか?」
「はい、えと……魔法省の印を持った男たちに、龍眠香を嗅がされて、気付いたらあそこでした」
スラベルの眉がピクリと動く。
「あ~大変申し訳無いことをお尋ねするっすが、エルマさん。あなたお幾つっすか?」
その様子に、リュミも再度警戒を強める。
「えと……信じてくれないかも知れませんが、僕は20歳です」
部屋の空気が一瞬固まる。
「いやいやいやいや、無いでしょ? その身体であたしより年上って!」
19歳のスラベルがショックを受ける。
「それに、僕……ですか?」
自分より幼く見えるエルマに、リュミも慌てている。
「年齢は証明できないですが、僕は男ですよ」
自分たちと似た女傭兵の衣装をまとったエルマは立ち上がり、赤いミニスカートをたくし上げ、白いボディスーツの下腹部を顕にする。
そこには、自分たちには無い膨らみが確認できる。
「ね?」
(ね? って可愛く言われても、余計信じられないっす!! でも、アレはたしかにそのあれだし、脱皮してるってことは大人と考えても良さそうだし、それに意外に大きそうだし、いやいや身体が小さいからそう見えるだけかも知れないっす、多分そうっす、多分そうっす、多分そうっす、多分そうっす……)
(男の娘、男の娘、男の娘、男の娘、男の娘、男の娘、男の娘、男の娘――――)
『おじさま? どうしたんですか? それに、おとこのこって?』
(男の娘、男の娘、男の娘、男の娘、男の娘、男の娘、男の娘、男の娘――――)
『これは駄目ですね』
フロイラインは身体の制御を奪った。
「でも、なんで年齢のことを気にしたんですか?」
キョトンというエルマの仕草に、より一層混乱したスラベルだったが、気を取り直す。
「え~とっすね、よく
「えっ? いや、その、そうですね! あれの名前を知っている子供なんて、そうそういませんね! あはは……」
不自然な慌て様に、スラベルは軽く眉をひそめる。
「龍眠香――――ですか?」
お? 紺碧の姫っすなと思いながら、スラベルが咳払いをする。
「ん~~リュミちゃんにはまだ早いと思うっすが、この先で名前を聞くことも有るでしょうし……良い機会なんで教えておくっす。龍眠香は中毒性の高いお香で、始めの内はただ眠くなるだけっすが、嗅ぎ慣れると逆に睡眠を必要としなくなり、幻覚症状が引き出されてしまうっす」
「まやく……ですか? それとも……かくせいざい?」
(おそらく、琥珀の方の質問っすね)
「かくせいざいが何かはわかりませんが、芥子の実から取れる麻薬に近いっすね。もっとも、麻薬のようにただ無気力になるのとは違い、凶暴性や暴力衝動が強まるっす」
「よく……ご存知ですね?」
エルマが怪訝そうに様子を窺う。
「野盗共が人さらいに使う道具の1つっす。野盗狩りが仕事の傭兵には必須知識っすな」
そう言うと、スラベルはリュミの方に向き直る。
「甘い香りの中に山椒のような匂いがするものなので、そういう香りがしたら近づかないことっすね」
「気をつけることにします。もしかすると、先程の男も――」
「ありえるっすね、ああ言う輩は龍眠香が好きっすから。安いものでもないから、金に困って今回の狼藉って感じでしょうな。それより、エルマさんもよくご存知のようで」
「え……?え、ええ、流石に僕も20歳ですから、そういう話は耳に……しますよ?」
如何にも怪しい受け答えだが、このあたりの詮索は野暮かもしれない。
とは言え、龍眠香が絡むと厄介なことが起きかねない。
慌て様からすると、エルマ自体は危険とは思えないが――――
そういう思案を巡らせているのが自分だけではないと見て取ったスラベルは、一つ何かを思い出す。
「さて、そろそろだと思うっすが」
「なにが――――あれ? 僕起きたふぁっかりなのひ、また眠く――――」
「龍眠香のもう1つの作用っす。起きて10分程度ですぐまた眠くなる」
「ほうなんえふ――――」
と言う間に、エルマはまた寝入ってしまった。
こうしてみると本当に10歳の少女にしか見えないのだが――――
「大丈夫でしょうか?」
「ま、大丈夫だと思うっす。龍眠香の眠りは深いし、起きてもすぐにこれっす。明日の昼ぐらいまでこんな感じっすな」
「では、明日の朝に馬車を拝借して、早々に西に向かいましょう」
「エルマさんは置いていくんすか?」
「この様子から察するに、彼は龍眠香に関わる何かを知っていそうです。そう考えると、厄介事が増えそうな、嫌な予感がします」
「そうっすね――――こう見えても20歳の男の人っすから、なんとかするでしょう」
「とりあえず、私達も休みましょう。それではまた明日」
そう言って布団に潜るリュミを見て、スラベルは不思議に思う。
この人は、温かいのか冷たいのか、わからない人だなぁ――――と。
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