覚醒-07
モルガネに急ぎ引き返す
使いすぎは良くないのですが――仕方ありません。
リュミは空中で二本の指先に、氷の短剣を現出する。
その光景を魔法省の人間が見たらどう思うだろう?
有り得ない。
その一言だろう。
この様な技を使えるものなど、魔法省には居ない。
せいぜいが氷の塊を、腕一本で呼び出せるかどうかと言うところ。
それ以前に、彼女の身体が空を飛んでいることに、
彼女の指先から放たれた氷の短剣は、迷うこと無く真っ直ぐに、彼らの頭を貫く。
ライトヘルムの真ん中に大きな穴をうがち、氷はどこかへと消え去る。
――ふむ、私もなかなかできるようですね。
風にその身を飛ばしながら、この様な芸ができるとは――
本当は重力で飛びたかったのだが、それは叶わなかった。
理由はわからない。
しかし、
ならば風にその身を乗せるのはどうか?
その試みは見事に成功し、風に乗っているというその事実に、清々しささえ覚える。
確かに、魔法というのは素晴らしい力だ。
しかしなぜ、私だけなのでしょうか?
多分、前提知識が足りないからだと、私には思えるのですが――――
豪火の塊を召喚した時、リュミの中の魂は、その事を瞬時に理解した。
この世は、見えない波動で満ちている――――
彼女が心の深淵で見たのは、その事実だった。
それは極小の原子、いやその奥の素粒子にもあって、その塊である酸素分子という単位にも存在する。
森の枝、という例えを聞いたことが有るが、それに近いのだろう。
枝は木にあるもの。森とは木の集まりだ。
では、森の枝という表現は間違いなのか?
そんなものは詩的な表現にのみ許されるのであって、ともすれば一笑に付される陳腐な表現だ。
何時どこで、誰からは思い出せないが、そんな事を聞いた覚えがある。
しかし、今こうなると、森の枝という表現は間違っていないのかも知れない。
分子、その中の原子、その奥の素粒子。
それぞれの単位にそれぞれの波動があり、それらは独自の周波を持つが、作りは全く同じだ。
つまり、周波こそがそれぞれを示すものであり、であってもその構成要素は、彼女が掴んだ波動というレベルに置いては変わらないのだろう。
全く、ありえない話だと、彼女は呆れる。
こんなものは、彼女が知る科学からすれば、到底受け入れられない。
だがこうして今現れた豪火の塊は、大気に含まれる窒素分子の塊という単位の、熱を担う波を操ることで顕現された。
深く静かに念じることで、その熱を担う波が周波を変えたのだ。
そしてその熱は、周りの酸素の助けを借りて、轟々と燃え盛る豪火の塊を作り出した。
気体である窒素がいくら豪熱を持った所で、果たして燃えるのだろうか?
その前に何らかの分裂や変化といった事が、起きるのではないだろうか?
しかし、そうはなっていない。
有り得ない。だからこその魔法なのだろう。
この波を操れば、雷さえも呼び起こせるかも知れない。
この波を操れば、重力さえも操れるかも知れない。
この波を操れば、確かに虚空に水を作れるだろう。
この波を操れば、凍らせることなど容易いものだ。
彼女はそう確信した。
否――確信させられてしまった。
ではなぜ、自分だけが?
それは恐らく、この世界には科学知識、そういった概念が存在しないからではないだろうか?
彼女は熱や電気や重力について、概要レベルの科学知識を持っている。
しかし彼らはそれすら持っていない。
物が落ちることに、疑問を持たない。
電気の存在は知らず、雷の正体も知らない。
火が燃える必須条件くらいは、知っているのかもしれない。
推測はその粋を出ない。だが、そんなものは後から確かめれば良い。
この力は、とてつもない。
その魅力に、彼女は取り込まれたのだから――――
だが、どうもその後の事、気を失い3日寝込んだことは、魔法による副作用に思える。
波の――彼女はそれを魔素、と呼ぶことにした――操作には、苦痛は感じない。
集中することに伴う、精神的疲労を確かに感じたが、それはそこまでのものではない。
しかし、豪火の塊を掲げていたその時、彼女の全身を薄く包む膜のような力はそうではない。
体を蝕むような不快感を、その膜から感じる。
この膜は一体なんなのか? それはすぐに推測が付いた。
考えてみれば、
現に、直ぐ背後に居た
では恐らく、この膜は熱から身体を守る物なのかも知れない。
この豪熱が外に漏れなかったのも、そのせいかも知れない。
そしてあの蝕むような不快感は、確かにこの膜のせいだ。
この膜は、リミッターなのかも知れない。
強大過ぎる力を、使いすぎないようにと言う、制限。
まるでこの世界から排除されることを、更に拒むような……
まさしく、
世界に抗するその力故に、肉体的な不調をきたしたのだろう。
ひとまずそう、仮定を置く。
王子に放った重力壁程度であれば、不快感は微々たるもの。
空を舞うための風の呼び起こしは、ほとんど何も感じない。
氷の短剣の召喚など、その膜を感じることもなかった。
しかし、何事も用心しすぎて悪いことはありません。
なんと言っても、この身に関わることですから――――
空の上からモルガネの街を見下ろす。
夜の闇の中で点在するか細い光は蝋燭か、はたまたオイルランプか。
それでもリュミは心中に暖かさを覚える。
漫然と輝くものではなく、そのぼんやりとした光の中には、ささやかな暮らしがある。
故郷とは――そういうものであったかも知れない。
ともかく今は、家に帰ろう。
すべきことが、沢山ある。
馬車の進んだ道からあの辺りだろうとあたりをつけ、リュミは町へと降り立つ。
おや? ここではないなと、車窓から眺めた光景を思い出す。
もう少し先に有るはずだ。あの懐かしい、我が家は。
こうして角を曲れば、そこにあるはず。
息を弾ませ、無垢な笑顔で彼女は駆け出す。
そう、そこには――――
燃え尽き、崩れ去った宿屋の残骸。
その前に倒れている、2つの
そして、
2つの頭が晒されていた。
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