覚醒-05

 流血王子――――

 ゴウネリアス・ラバスト・エルド・ネ=ファルドランドが、陰でそうあだ名されていたのが、8年前。

 何のひねりもないこの不名誉な二つ名の通り、彼は人を斬って、斬って、斬りまくる事だけを生きがいとしていた時期がある。


 王家の3男、それは王位継承権が目の前にありながら、平和の世では決して手が届かないポジション。


 兄たちが病で命を落とせば――――

 それとも見えぬ陰から手を伸ばすか――――

 ゴウネリアスに取ってそれは、どちらもだった。


 ファルドランド家は皆、身体頑強。それに、宮廷専属の治癒活法ちゆかっぽう士達のおかげで、病とは無縁である。


 では、暗殺や謀略はどうか?

 これはゴウネリアス本人が良しとしていない。

 早くからその知略を活かし、父王の政治を助けてきた

 戦術ではなく戦略を持って、無血で内乱を収めた

 3男は彼らの背中に尊敬を覚える。

 自分にはない才覚により、実績にて我が威を備える。

 ファルドランドの男はかくあるべし。

 そう思考するゴウネリアスは、彼らに並ぶため、そして追い抜くために、実績こそを欲して止まない。

 であれば、暗殺や謀略は兄や家族だけではなく、自らのプライドを大きく汚す。

 事実、そう噂されて止まない先祖の1人を、彼は蛇蝎だかつのごとく嫌っている。

 家族に対して、刃を向けるなど……


 古来より23代続くファルドランドの人間には、何かしら尖った才能が見られる。

 愚直にして家族思いの第3王子、その才覚は剣の道にあった。


 ファルドランドの男には、必ず剣の腕が求められる。

 これは、初代建国の王、ラルース・ファルドランドによる、王こそ剣で民を守るべし、と言う遺言に基づく。


 そのため、王家の人間には護衛の近衛兵が最低1人付くが、彼らが王族の【剣の師】の名誉を賜る。

 ゴウネリアスの剣の師である近衛兵は、王国軍の中でも剣聖として名高かった。

 彼をして唸らせる程の剣筋を持つゴウネリアスだが、剣聖はその太刀筋に不吉なものを見る。

 ――――血に飢えた狂剣――――

 なれば自らの剣でその道を正そうとした剣聖だったが、地方軍強化の王命により、それは叶わなかった。


 そして、


 我が才は剣にあり。そう目覚めたゴウネリアスは、さらなる剣を求める。

 盾と鎧は斬り飽きた。寸止めももう良い。模造刀での試合など、まっぴらだ。

 真に輝く剣に必要なもの、それは――――肉と、血――――


 人の斬り味を知らぬ者に、どうして本当の剣が収められよう?

 我が剣は血に濡れ、肉を切り、骨で研いでこそ完成する――――!!


 ある時、王都では辻斬りが流行った。

 子供であっても容赦のないその犯人に、市民は怒りに震えた。

 しかし、、その犯人は見つからなかった。


 ある時、王都に秘密裏に奴隷が買い入れられたという噂がたった。

 奴隷管理組合は魔法省同様、王家の権力が及ばない聖域の1つ。

 しかし、調、その奴隷たちの行方は今持って知られていない。


 そして、王国軍の中では、訓練中に死亡する兵士が増えた。


 ゴウネリアスの剣は、ますます妖しい光を帯び始めた。


 当然ながら、その状況に国王、ルンバート・ファルドランド4世は頭を悩ます。

 3男が実績を求めて止まず、さりとてその剣を振るう機会など、早々ない。

 

 ではいっその事、領地を与えてはどうだろうか?

 幸い、失政の責任としてとある貴族から取り上げた領地がある。

 王家から派遣している補佐官は優秀だし、何よりも魔法省による強力な自警団アルミーナ指導官の目が光る土地でもある。

 親の贔屓ひいき目と取られるかも知れぬが、現状よりはマシだろう。


 父親のこの目論見は、見事に成功する。

 ゴウネリアスはあらたにラバストの名を下賜され、そして同名の領主となった訳だが、生来の生真面目な性格もあってか領主としては、まずまずの実績――

 ――貴族との特別な関係構築も含め――を作ることに成功する。


 ただ、8年の時が過ぎ、34歳になった第3王子の評判と実績を耳にした流血王子時代の世話人尻拭いをさせられた者たちは声を潜めて囁き合うのだ。

 曰く、人とはそれほど簡単に、変われるものだろうか、と――――


 モルガネという名のその街は、王国の主要交易路沿いに有り、同領の玄関口としてラバスト領第2の広さがある。

 ここから東に向かえば、領都りょうとラバストにたどり着ける。

 徒歩であれば2日、馬車であれば四半日という所だろうか?

 領主ゴウネリアスを乗せた豪奢な馬車は、その道を東へとひた走る。


 彼は自らの腕に自信があるためか、供回りを多く引き連れることを好まない。

 現に、彼の豪奢な馬車を警護するのは、軽装の兵士が乗る馬が二頭のみ。

 馬車には馬を操る御者が一名のみで、その車内には彼と、幼い少女だけが座っている。

 この程度の警備で良いのだろうか? とリュミは思うのだが、そこから彼女はこの領地が比較的平和であること、それと反感を覚える者が少ない事を推測する。

 もしくは、供回りを増やすことで、身分がばれないようにしているのだろうか?

 もっとも、馬車の内装からして、それはありえないとも思うが……


 その推測と考察は、王子のつぶやきによって遮られた。

「ふむ、このあたりだろうな」

 馬車がモルガネを後にして3〜4時間位経っただろうか?

 そう言って馬車の窓から外の兵士に手を振る王子に、リュミは警戒心を高める。

 信用しすぎた――――か?


「どうされたのですか?」

 後悔の念を気取られないよう、極自然に訪ねる。

「ああ、気が変わったのでな」

 やはりか――


「まさか、お約束を破られる……のですか?」

 恐る恐る、小さな声を上げる。

「うむ、そのとおりだ」

 王子は車内の紐を引き、何らかの意思を御者に伝える。

「御名にかけて約束する――――はずですが……」

「だからだ」

 王子は顎を軽く突き出すことで、リュミを馬車の外へと出す。

「だから奴等刺客を急がせた」

 王子もその後に続き、離れておれ、と御者に手を振る。


 馬車が走り去ったその場所は、見晴らしの良い荒野。

 草のない地肌の線が道であることを示す意外、あたりには何もない。

 夕闇に染まり始めたその荒野で、ゴウネリアスは少女にあらぬ危険な視線を送る。


「そもそもだ、そんな約束をした覚えはない」

 表情を変えず、リュミは領主の言葉を受け止める。

「証人など誰も居ないのだ。そんなものを約束と呼べるか?」

 血に飢えた瞳――――


「俺はな、この8年領主の仕事に追われてきた。前任の貴族が自己の名誉を守るために農作物の不作を伝えず、それどころか地位の向上の為、王家への貢を増やした事で民の反感を増やしてしまったと言う、失政を取り戻すためにな」

 コキコキと首を鳴らす姿が不気味に映える。


「それに、この地には魔法省の自警団がある。だからは出来ない。地方軍の貴重な兵士を減らすわけにも行かないから、俺の剣にはほころびが出始めてな」

 手首を片方の手で抑えながら、その拳を回している。

 準備が整い始める。


「しかし、努力のおかげで剣を磨く暇ができた。そこに3つの朗報、魔法省のクソ真面目なあの女アルミーナ指導官の死と、巨大な力を持つ存在の出現、そしてその力を備えたのが、か弱き少女だと。最も俺は、2つ目巨大な力とやらには懐疑的だがな」

 ゆらりと剣を抜く。

 そこには、王族たる高貴を消し去った、血に飢えた一人の狂人。


「剣というのはな、娘。子供を斬ることが、何よりも良いのだ。骨は意外に硬く、さりとて脂は少なく、肉は適度に弾力がある。牛でも羊でも、仔の方が美味いだろ?」

 最後の例えは、いくらなんでも下卑過ぎると思うが……


「巨大な力を試しつつ、更に子供で剣を研ぐ。なかなか良い考えとは思わないか?」

 首肯の理由が何一つ浮かばない。

 それでもリュミは、表情を変えること無く狂人を見据える。


「というわけだ――――覚悟せよ」

 ゴウネリアス・ラバスト・エルド・ネ=ファルドランドは、剣を構えた――

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