覚醒-03

 4日前、リュミエーナ・コルグスは魔法省の学生として初めて幼年学校を訪れた。

 そこに足を運ぶのは、3度目だった。

 1度目は適性検査についての説明会。この街に住む子供は全員受けよとのお達し。

 2度目は適性検査本番。何やらの儀式は、ほんの数分で終了。

 そうして昨日、適性ありとの通知を受ける。


 親元から通えるとは言え、そして歩いて数十分の所にあるとは言え――――

 適性ありと認められた以上彼女は普通学校を離れ、そこで学ばなければならない。

 リュミは明るい方では無いため数こそ少ないが、大切な友達がいる。

 彼らと会えるのは、普通学校の授業中と休憩時間くらい。


 彼らは商人の子として産まれてきた以上、家を手伝わねばならない。

 この街の商人は、貧しくはないが、さほど裕福でもない。

 常に人手は足りず、さりとて重税のせいで他者を雇う余裕も無く、結果無償の働き手とできる家族、つまり子供たちは、授業後にすぐ家業の手伝いに駆り出される。


 要は、学校の後に遊ぶ暇を与えられていないのだ。


 いや、普通学校に通えるだけマシかも知れない。

 最低限の金勘定と、仕事のための読み書き。そんなものは家で学べば良い。

 無償と言えば聞こえが良いが、結局それは税金によって運営される。

 その元を少しでも取ることに、頭が回らない商人の元に産まれた子は、普通学校に通わせてもらうこともなく、一昼夜働くことになる。


 そういった状況で、普通学校に通い、僅かな友人を得たリュミは幸福――だった。

 しかし、それも終わってしまった。

 通知を受け取ったのは、年齢もバラバラなわずか数名。

 その中に、リュミが知る名前は居ない。

 リュミは友人の居ない学校に、権力からの絶対命令で、意に沿わない運命をたどる


 はずだった。


「ともかく、あれ程の損害を出した存在を、放って置くわけにはならんのだ!!」

 ここは応接室……ですかね?

 なかなか良い調度の家具を揃えている。

 なるほど、コルグス家というのは平民としては良い暮らしをしているようですね。

「そんな!! 私達はただ、リュミが気絶したとしか聞いておりませぬ!!」

「そうです!! その損害はどれほどなのですか?」


 言えるわけがない、? 魔法省のお使いさん?

 まさか平民風情の少女が、人類の至宝たる魔法士アルミーナ指導官のそれを遥かに凌駕する力を使ったなど、口が裂けても言えないでしょう。


「そんなものは知らなくても良い!! お前たちに賠償できるようなものでもないのだからな!!」

 虚勢ですね。それに私が数名、その生命を燃やしたことは、言わないんですか?

 先程はつい勢いで口から出てしまった――というところですか……

 全く、呆れてしまいますねぇ。


 そう言えば魔法省は特別な立場にある、そんな事を入学時の説明で聞きましたね。

 元帝国の一貴族、それもかなり有力な貴族様が築いたのが、魔法省。

 その目的は、40年前までは空想の産物でしかなかった【魔法】の力を、現実のものにすること。

 魔法の知識を貪欲にかき集め、ついにはそれを物にしたその貴族は、他の者もそれが使えるように、その知恵をまとめ上げた。

 それが

 そんな中、敵対していた帝国と王国は、共通の驚異にさらされる。


 西に広がる帝国、海峡を挟んで東の王国。

 王国の北側に、地続きのドワーフ国。

 帝国の南側に、地続きのエルフ国。

 たしか、横向きの太極図の様な大陸配置が、この世界の地理でしたっけ?


 しかしまあ、エルフとドワーフとは、これまたお約束な……

 ただ聞き及ぶに、どうもこの世界の両種族は、私が知っているそれとは些か異なるようですが――


 それはさておき、その王国の北部と地続きになっている、大山脈で分断されているドワーフ国の侵攻が、魔法省承認と、帝国と王国の同盟のきっかけでしたかね?


 強力なドワーフ国に相対するため、その標的たる帝国は魔法を認知し戦力とした。

 地続きの王国もまた、帝国との同盟で魔法の力を手に入れ、共闘する。


 両者の中立を望んだその貴族は、魔法の力を条件に、第3の勢力としてこれを認めさせた。

 それが魔法省設立の経緯。


 それ故に、王国領土内にある魔法省の施設は、王族の力すら及ばぬ聖域。

 貴族は当然、それに逆らうことは出来ない。

 なるほどなるほど、この世界の政治と勢力図は、なかなかに複雑なようです。


 さて私は、一体どういう役回りなんでしょう?


 この世界に転生したということは、何らかの目的があるはず。

 混迷の勢力図を、絶対的なこの力で平定せよ、と言うところですかね?

 しかし、それにはきっかけがあまりにも乏しい――――


「これ以上話すことなどなにもないわ!! お前たちはさっさと娘を差し出せ!! これは王家でさえも逆らえない、魔法省からの絶対命令だ!!」

「いや、お待ちいただこうか? 魔法省の使い殿」

 ほう――今度は誰でしょうか?

 応接室の入り口に立つその姿は、なかなか高貴なお立場のようですね。

 魔法省で見かけた貴族共より、数段格上の装い。

 それに、供回りの軽装兵士が2名、彼らの身なりもなかなかの物ですが――――


「我が名は、ゴウネリアス・ラバスト・エルド・ネ=ファルドランド。ファルドランド王国第3王子にして、この地方の領主である……事は、使い殿もご存知のはずだが?」

「たしかに……ゴウネリアス殿下に於かれましては、これはお久しぶりです」

「これは光栄。かの魔法省の役人に、ご記憶いただいてるとは」

 皮肉……ですか。見た感じでは、王子様のほうが格段に上。

 たかが平民の小娘をさらいに来た役人とは、比肩しようもないと思うのですが。

「して、その王子様が何故に、こんな汚い宿屋まで?」

「知れたこと。その娘を――貰いに来たのだ」

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