覚醒-02

 魔法省、その屋外鍛錬場。

「では、やってみよ」

 ただその一言で、リュミエーナ・コルグスはその只中に1人、立たされた。

 リュミ――――友人や両親からそう呼ばれる11歳の少女の耳には、遠くから悪意ある囁きが嫌でも聞こえてしまう。


 平民のくせに、ここに来るとは。

 本当に、魔法省の上役は何を考えているのか。

 全くですわ。崇高なる魔法の力は、私達貴族のみが独占すれば良いのよ!!

 それに……あの身なり!!

 平民風情がちょっと富を得ると、直ぐにあの様な中途半端な服をまとう。

 その通り!! 平民なぞ、飾り気のない粗末な服で十分だと言うのに!!

 シルクのブラウスにビロードのスカートなんて履いて!!

 ええ!! 生意気ですわ。それにあの金髪と碧眼!

 たまに居ますのよ!! ああいう姿だけは立派に見える平民が。

 全く!! ムカつくったらありゃしない!!


 差別、侮辱、それに嫉妬。

 何故自分はここに居るのか? 幼いリュミは強烈な悪意に慣れていない。

 大多数が自分とは比べようもない貴族の子弟に囲まれて、萎縮はさらに強まる。

 自分と同じ平民は極わずか……だろう。

 それは身なりを見ればわかる。


 ただ一言、

「意識を集中し、力を欲しよ。さすれば力は現れる」

 確かにそう言った女性指導官は、どこからともなく指先に火の玉を召喚し、それを標的へと飛ばした。

 火の投擲ファイヤー・スロー

 魔法としては一般的ながら、これ以上の物を使える者はいないとされる、基礎にして究極の力。それは、周りからの称賛の声によって裏付けされる。


 さすがこの地方随一の魔法士!! アルミーナ様!!

 人の顔ほどの火の玉なんて、比較するのもおこがましい程、強力なお力!!

 しかも無詠唱!! すら使わないなんて!!

 そんな方にご指導いただけるなんて、私達はなんと光栄なのでしょう!!

 まったく、あれ程の力を見せられてしまうと、同じ指導官として恥じてしまうな。

 いえ!! だからこそ我らも学ばねばなりません!!

 そうだな、人類の至宝のもとで、我らも高みを目指そう!


 しかし、リュミにはそれが滑稽に思われてならない。

 人類が、帝国と王国の壁さえも超えて手を組み、その発展に注力して早40年。

 権力を行使し、重税を課し、貴族から平民への反感を強めてまで、成した結果。

 それでいて、至宝と称される力がこの程度。

 本当にそんなものなのか? と、リュミは腑に落ちない。

 この状況に、両親や友人たちが、どれほど苦しんだと思うのか――――?


「静まれ、集中させよ!」

 アリーナ状に作られた屋外鍛錬場の真ん中。

 その背後から人類の至宝と奉られる女性が、リュミをフォローする。

 が、それは無意味。貴族たちの囁きは止まらない。


 ま、種火が灯れば御の字だろうさ。

 そうね、何も起こらずに終わるのが関の山ですわ。

 ええ、その後はいつもどおり。

 なじり尽くして、苛めれば良い。

 そう考えれば、平民も必要ね。

 本当、ここでは楽しみなんて、それくらいだもの。

 さあ、どうなることやら……


 悪意がさらに、濃厚になる。

 自分は……自分たちはそのためにのみ、存在するのか?

 結局自分は、慰みものでしか無いのか?

 自分たちの存在とは、一体――――


 悪意を糧に、幼い少女の心に、ある感情が孵る。

 それは――憤怒。

 未だ名も知らぬその感情に、不思議と少女は心が安らぐ。

 まるで――貴女はそれで良いと――微笑む女神に抱きしめられたように。


 そうか、ではそうしよう。

 少女は感覚を遮断し、その女神に誘われるまま、心を深く落ち着ける。

 力を欲せよ――人類の至宝とやらは、そう教えてくれた。

 ならば私は求めよう――――――――――


 力を………………力を!!

 愚民どもめが驚嘆する、絶対無比なその力を!!!!!!


「お……おい、あいつ……」

「なっ? 髪が……銀色に……」

 そこに居たはずの少女の雰囲気が瞬時に変わる。

 平民のものではない、圧倒的な自信に満ちた、そのオーラ。


 瞳を閉じたまま、リュミはその細い右腕をスラリと空に向ける。


「何をする気」

 人類の至宝とたてまつられる、アルミーナなる女性指導官は、その言葉で人生をした。

 リュミの指先に宿る塊。

 それは火を超えた炎、いや、炎すらも軽々と超越する豪火。

 その灼熱によって、瞬時にその身を、蒸発させられたのだ。


「なんだ……アレは……?」

 アルミーナを消し去ったのは、数メートルはあろうかと言う豪火の球。

「ば、化物……」

 1人の人間が蒸発したことに、この時周りは気付いていない。


「は、ハッタリだあんな物!!」

「そうですわ!! ここまで熱が来ていないんだから!!」

 そして彼らは気付いていない。自分たちが守られていることを。

 これほどの豪火であれば、たかが半径数百メートルの鍛錬場のみならず、この街すら溶かし尽くしてしまう。

 だからこそ、彼らは守られている。

 アルミーナなる女性指導官はただ、近過ぎただけなのだ。


 紺碧から琥珀色に変わってしまった瞳を開くと、リュミなる名前の化物は、その右腕を標的へと下ろす。

 優美なその動きに一間置いて、豪火の塊は標的へと落ちる。

 その巨大さに、標的に飛ばす必要などない、と言わんばかりに。


 直径数メートルを超える豪火の球は、そのまま巨大な槌と化す。

 そして、標的たる粗末な木の杭と共に、数名の指導官を溶かし、あるいは潰した。

 悲鳴すら上げるいとまのないその光景に、その場に居たものは震えることすら許されなかった。


 驚嘆ではなく、それは――――恐怖。

 そして、想像すらできないような、その事実。


 数瞬をおいて、雨が降り始める。

 先程まで広がっていた青空は、不吉な黒雲に覆われている。


 すす混じりの黒い雨に打たれ、そして、リュミエーナ・コルグスは気を失った。

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