第301話 邂逅

 なんだか今日は転移してばっかだな。謎の美女に見知らぬ森まで連れてこられた俺は暢気にそんな事を考えていた。


「ここが目的の場所よ。じゃあ頑張ってね」


 送り届けたらお役御免だ、と言わんばかりにフレデリカは愛想よく笑いながらさっさと俺達の前からいなくなる。目的の場所って言われてもここは森の中だぞ?こんな所で代表戦をやるって言うのか?そんな俺の疑問はすぐに解消することになった。


「あっ!やっと来たの!」


 不気味に静まり返った森に全くというほど似つかわしくない声が俺の耳に届く。そちらに顔を向けると、フライヤさんと同じくらいの年頃の、声に違わず可愛らしい女の子が嬉しそうにこちらを見ていた。


「全然来ないから待ちくたびれちゃったの!アルカはアルカだよ!よろしくね!」


 満面の笑みで自己紹介をする魔族の少女。もしかして彼女が魔族代表だというのか?俺がちらりと視線を向けると、俺と同様フローラも困惑しているようだった。だが、後の二人は違う。


「あれー?パパと戦ったお姉さんと、前に魔物からアルカを助けてくれたシンシアお姉さんだ!久しぶりだね!」


 アルカが親し気な口調で話しかけると、二人はビクッと肩を震わせた。なにやら様子がおかしい。特にエルザ先輩は顔を強張らせ、額からは汗を流している。


「……知り合いなんですか?」


 俺が問いかけると、エルザ先輩はこくりと頷いた。


「あぁ、シンシアが知っているのは意外であったが……彼女はクロムウェル・シューマンの養子だ」


「養子!?」


「シューマン君の子供っ!?」


 フローラが心底驚いた顔でエルザ先輩を見る。あいつに子供なんてできてたのか……まじで衝撃の事実なんだけど。


「魔王軍指揮官の子供というのは初耳ですが、私も以前会ったことがあります。魔物に襲われている所を助けたのですが、その時に得体のしれない力を感じました」


「シンシアの言うとおりだ。アルカ殿は普通の子供ではない。一瞬で数百の魔物を塵と化す、凄まじいほど優秀な魔法陣の使い手だ」


「数百の魔物を……」


 その言葉を聞いた俺は慌ててアルカに視線を戻した。こんないたいけな子供がそんな破壊的な魔法が使えるようにはどうしても見えないが、エルザ先輩は冗談でそんな事を言うような人じゃない。


「アルカの知っている人が来るなんて驚いちゃったよ!あとは緑髪のお姉さんとパパと同じ匂いがするお兄さんかー……」


 俺達のことなどお構いなしに、上機嫌に笑いながらアルカが俺達を見回す。


「この中で誰がアルカの相手をしてくれるの?」


 その言葉と同時に空間を埋め尽くすほどの魔力がその小さな身体から迸った。なるほど、これは納得だ。これほどの魔力であればその辺にいる魔物程度じゃ相手にもならないだろう。

 幼い魔族の信じがたい圧力に二の足を踏んでいると、シンシアがゆっくりと前に出た。


「皆さん……この子の相手は私に任せてください」


「シ、シンシア?」


 フローラが不安げな声を上げる。目の前にいるのは子供とはいえ、魔族の代表に選ばれてしかるべき隔絶した力を持つ魔法陣士。正直な話、ここまでのレベルは想像していなかった。動揺を隠せない俺達に、シンシアは柔らかな笑みを向ける。


「大丈夫です。負けませんから」


 その言葉には確かな自信があった。俺は彼女の目を見つめながらしっかりと頷く。


「わかった。ここは任せる」


「……ありがとうございます」


 俺の言葉に愕然としている二人を無視してシンシアは静かにそう言うと、アルカの方に向き直った。


「アルカさん、私があなたのお相手をします」


「シンシアお姉さんかー!うん!」


 アルカは嬉しそうに笑うと、俺達の目の前から忽然と姿を消す。そして、次の瞬間には俺達の後ろに立っていた。


「じゃあ、お姉さんはこっちでアルカと遊ぶの!」


 驚く俺達を無視してそのままシンシアに触れると、彼女とともに再び俺達の視界から消える。


「えっ!?どういうこと!?」


 フローラとエルザ先輩が慌てふためきながら周囲を見回した。だが、二人の姿はどこにも見えない。二人は知らないだろうが、俺はこの感覚に覚えがある。これは転移魔法を使ったんだ……あの複雑な魔法陣を一瞬にして組成し、俺達が気づく間もなく発動した。どっかのバカの得意技だったな、これ。あいつの子供だって言ってたし、とんでもない技を教えたもんだ。


「……先に行こう。シンシアなら平気だろう」


「え!?ちょ、ちょっと!!」


 歩き始めた俺にフローラが戸惑いながら声をかけてくる。だが、その足を止めることはない。


「待て、レックス」


 そんな俺を剣を構えたエルザ先輩が止めた。その表情はかなり切迫しているように見える。


「アルカ殿の強さは本物だ。もしもの時のことを考えてシンシアの側で二人の戦いを見守っていた方がいいのではないか?」


「……ならどうするんですか?この広大な森を探すとでも?」


「そ、それは……!!」


 エルザ先輩が顔を歪めながら俺から顔を背けた。アルカが転移魔法でこの場から去った以上、近くにいるとは限らない。二人を見つけるのに時間がかかるのは必然だ。間に合うかもわからない戦場を遮二無二探すよりかは、シンシアを信じて先に進む方が合理的だと思う。


「それでも私は……っ!?」


 何かを言おうとしていたエルザ先輩は言葉の途中で大きく横へと跳躍する。今まで彼女が立っていた場所に巨大な火の玉が着弾した。


「───他人の心配をしている余裕なんてあるんですか?」


 鼓膜が心地よく振動する。何もかも包み込むような優しい声、時には厳しい言葉で自分を奮い立たせてくれた声、俺が誰よりも恋い焦がれた声。目を向けなくたってそこに誰がいるのかわかった。


「マリア……なんで……?」


 フローラの声は震えていた。その目は死んだ肉親が目の前に突然化けて出てきたかのように大きく見開かれている。だが、咄嗟に魔法を躱したエルザ先輩の驚き具合も負けてはいない。俺は……そこまで驚かなかった。


「……代表以外は手出し無用。その決まりの中で私が攻撃したってことはそういう事だよ」


「っ!?な、なんでよ!?なんでマリアが魔族側についてるの!?」


 いつものマリアとはまるで違う冷たい声で告げられたフローラは、動揺を通り越してもはや発狂に近い様子だった。


「……私達の敵となるということか?」


 フローラとは違ってまだ冷静さを保っているエルザ先輩だったが、言葉には緊張感が漂っている。目の前に現れた時点で答えは決まっているというのにあえてそれを聞いたということは、彼女も信じられない……いや信じたくないのだろう。だが、現実というのは得てして非情なものだ。


「私は魔族を守るためにここにいる。魔族を脅かす者は私の敵。……だから、敵になったのは貴方達だよ」


「そうか……」


 やっぱりマリアは芯の強い女だ。俺が知っている誰よりも強い心を持っている。


「……一つ聞きたい。アルカ殿がシンシアをつれて転移魔法で移動したのは一対一で戦うためか?」


「邪魔が入らないようにするためですよ。多勢に無勢は『人間』の得意とするところですからね」


 さも当然とばかりにマリアが言い放つ。エルザ先輩は一瞬だけ残念そうに眉を落とすと、すぐに表情を引き締め剣を構えた。それを見たフローラが唖然とした顔で彼女を見つめる。


「エルザ先輩!?まさか戦うっていうんじゃないですよね!?」


「……邪魔が入らないようにという理由であれば、レックスの言う通りシンシアを探し出す時間はなさそうだ。それに相手は魔族代表、こちらは人間代表。戦わない理由があるとは思えないが?」


「マリアは人間ですよ!?私達の仲間じゃないですか!?」


「クロムウェル・シューマンも人間だ。お前の理屈だと、我々は魔王軍指揮官とも戦わないということになるぞ」


「っ!?」


 完全に論破されたフローラは言葉に詰まり、悔しそうに唇を噛みしめた。俺はそんな彼女の肩を優しく抑える。振り返った彼女の瞳は激しく揺れていた。


「レ、レックス……」


 俺は何も言わずにゆっくりと首を左右に振る。そして、戦闘態勢に入ったエルザ先輩に視線を向けた。


「エルザ先輩……俺達は」


「みなまで言うな。あの子の相手は私がする」


「お願いします」


 それだけ言うと、俺はフローラの手を引き歩き出そうとする。そんな俺達にマリアが無機質な声で話しかけてきた。


「ここをずっとまっすぐ行くと次の人が待ってるよ」


「わかった、ありがとう」


 俺は顔も見ずに短い言葉で答える。決心が鈍る前にこの場から離れたい。


 僅かに抵抗するフローラを無理やり引きずりながらマリアの横を通り抜けようとした時、風にのって彼女の囁きが耳に届いた。


「…………ごめんね」


 気持ちのこもったマリアの本音。それを聞いた瞬間、フローラの腕から力が抜けた。俺は何も答えずに、ずんずん先へと進んでいく。


 マリア……これがお前の選んだ答えなんだよな。親友のフローラや憧れていたエルザ先輩と敵対したとしても、そっち側に立つって。それがどれほどの覚悟なのか、今の俺ならなんとなくわかる気がする。


 魔族、か……あわよくば、マリアが惹かれたそいつらの事をもっと知りたかったな。だって、あいつが好きって理由だけでそこに立っているなら「魔族を守るためにここにいる」って言葉は出てこないだろ。


 まぁ……今更何を思ったところで手遅れなのは俺が一番よくわかっているんだけどな。

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