第300話 幹部
フライヤさんに連れてこられたのは見たことのない場所。どこかの孤島のようで、眼下には海が、対岸には違う島が見えた。
「ここは……」
「アラモ平原だったところよ」
「え?」
さらりと答えたフローラに驚きながら顔を向けると、彼女は遠い目をしながら向こう側を見ていた。アラモ平原って広大な草原地帯だったはずだ。少なくともこんな風に海を見ることなんて出来るところじゃない。
「話は聞いていましたが、実際に目にすると凄まじいですね」
「あぁ……噂以上だ」
エルザ先輩もシンシアも驚いてはいるみたいだけど、俺と違って事情は理解しているようだ。まだ状況がよくわからない俺に、フライヤさんがニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「ふぇふぇふぇ。驚いたか、レックスよ」
「え?は、はい……俺が知っているアラモ平原とはあまりにも違うので」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
なぜかフライヤさんが嬉しそうに頷く。彼女はすぐ下にある海を一瞥すると、俺に悪戯っぽい笑みを向けてきた。
「これはのぉ、お主の親友がやったことじゃ」
「……クロムウェルが?」
あいつがやった?何をしたっていうんだ?
「そうじゃ。あやつ一人の魔法で魔族領と人間領を繋いでいたアラモ平原は奇麗さっぱりなくなってしまったんじゃ」
…………まじかよ。これはレイラさんが化け物って言うのも無理ないわな。
「どうじゃ?これを見た今でもあやつと戦うことに躊躇はないかの?」
フライヤさんが試すような目を向けてくる。躊躇、か……こんな大陸を真っ二つに割っちまうような奴なんかと普通だったら戦おうだなんて思わないよな。
でも、そんなことは関係ない。
「この程度じゃ俺の気持ちは変わりませんよ。あいつが待っている限り、俺は行きます」
俺の親友だからな。これぐらいできても不思議じゃないって話だ。きっぱりとした口調で告げると、フライヤさんは興味深げな顔で俺を見つめた。
「……ふむ、流石はクロの親友といったところか。頭のネジが二、三本抜け落ちているようじゃ」
「……随分な言いぶりですね」
「褒めているんじゃよ」
フライヤさんがウインクを投げてくる。なんというか、本当にお茶目なおばあさんだ。見た目的におばあさんって言うのはかなり憚られるが。
「というわけで、妾の役目はこれでおしまいじゃ。それでは頑張るのだぞ、若人達よ」
そう言うと、フライヤさんはさっさと転移魔法を発動し、この場からいなくなった。残された俺達は黙って、あいつが引き起こした破壊の後を見つめる。
「―――なんだぁ?人間代表はここに観光でもしに来たのか?」
不意に背後から声をかけられた。振り返ると、すぐそこにある巨大な砦の上から複数の人影がこちらを見下ろしている。俺が目を細めてそちらを見ると、謎の人物たちは砦の上から飛び降りてきた。
地面に降り立ったのは五人。全員が俺達人間とは違った空気を醸し出している。
「……なんだよ、全員ガキじゃねぇか。俺達を舐めているのか?」
一番先頭に立つ毛深い大柄な男が不機嫌そうに顔を歪めながら俺達を睨みつけてきた。冒険者ギルドのチンピラが虚勢を張ってやるモノとはまるで違う。蛇に睨まれた蛙っていうのはこういう気分なんだろうな。睨まえているだけなのに肌がピリピリとひりついてる。
隣でシンシアは僅かに身を竦め、エルザ先輩がごくりとつばを飲み込みながら、静かに騎士剣へと手を添えた。それを見たトロールの男が軽く笑いながら肩をすくめる。
「そう身構えなさんなって。俺達は魔族の代表じゃねぇよ」
「んだ。オラ達はおめぇらと戦わねぇ」
「そういうことだ。貴様らと刃を交えるのは我々ではない。真に相応しい相手が深遠にて待っている」
トロールに続いて巨人と血色の悪い男が言った。おそらくあの男はヴァンパイヤだろう。上手く隠しているけど、内包している桁違いな魔力が身体からにじみ出ている。
「おっ、見た顔もいるじゃねぇか。懲りずにまたやってきたのか、勇者様よぉ?」
「……久しぶりね」
面白いものを見るような目で大柄な男がフローラに声をかけると、彼女は無表情のままそれに答えた。そんな彼女に、後ろにいた青肌の美女が薄く笑いながら視線を向ける。
「へぇ……あなたが噂の勇者様ね」
「…………なるほど……確かに面影があるな…………」
それまで置物の様に微動だにしなかった白銀の鎧がえらく渋い声を上げた。面影?何の話だ?
「……まさか魔王軍幹部が勢ぞろいとは驚きね。それで?魔族代表でもないあなた達が私達に何の用?」
フローラが硬質な声で問いかける。魔王軍幹部……こいつらがそうなのか。確かにどいつもこいつも一筋縄ではいかなそうな連中だ。Sランク冒険者でも荷が重いというのも頷ける。
それにしても、フローラはよく知ってたな。そういえば戦争に参加するってことで魔族のことを熱心に勉強していたっけ。
「俺達がここに来た理由はフライヤとそう変わらねぇよ。お前達を戦いの場に連れていく役割だ。まぁ、それなら俺達全員がここに来る必要はないんだけどな。……ちょっと気になることがあったんだよ」
そう言うと、トロールは俺に鋭い視線を向けてきた。
「お前がレックス・アルベールか?」
その瞬間、他の幹部達の視線も俺に集中する。俺は極力平静を装いつつ、その視線を見つめ返した。
「……魔王軍幹部に名前を知られているなんて光栄だな。あんたの言う通り、俺がレックス・アルベールだ」
「なるほど……」
トロールは呟くように言うと、自分の顎を撫でつける。その目は品定めをするようなものだった。他の幹部達も似たような目で俺を観察している。
「俺達はな、お前を見に来たんだよ」
「へー……いったい何のために?」
「我らが魔王軍指揮官が一目置いている男だからな」
俺の問いかけにトロールが答えた瞬間、大柄な男が勢いよく地面を蹴った。そして、猛スピードで目前までやって来ると、俺目掛けて拳を突き出す。
「えっ!?」
「なっ!?」
エルザ先輩とフローラが慌てふためきながら後ろへと飛び、腰から剣を抜いた。シンシアも距離を取りつつ魔力を高める。対する俺は眼前でピタリと止まった拳を何も言わずに見つめていた。
「…………どうして躱さなかった?」
大柄な男が訝しげな表情を浮かべながら静かに聞いてくる。
「そこまで殺気を感じなかったってのもあるけど、一番の理由は……」
俺は拳から視線を外すと、後ろに控える幹部達に視線を向けた。
「あんたらは魔族の代表じゃないって言ってた。そして、代表以外は手を出さないってルールがある。……あいつとつるんでいるあんた達が決められたルールを破るようなくだらない連中じゃないと思ったからだ」
大柄な男が目を見開いて俺を見る。俺はそれを真正面から受け止めた。
「……ふんっ!あの野郎と同じでむかつく野郎だ」
一瞬だけ笑みを浮かべた男は、すぐに不機嫌そうな顔に戻ると、砦の奥へと消えていく。
「似たもの同士ってことか」
「おぉ、流石は指揮官様の親友だなぁ」
「海よりも深い絆で結ばれた者達が争う……それもまた一興か」
「…………どことなく兄弟と……同じ匂いを感じる……」
「あら?そうかしら?こっちの方がいい男に見えるけど?」
思い思いに感想を言いながら、幹部達はさっきの男を追うように砦へと歩いていった。そんな中、青肌の美女だけが微笑を湛えながらこちらに歩み寄ってくる。呆気に取られていたフローラ達がそれを見て再び武器を構えなおすのを俺は手で制した。
「初めまして。私はウンディーネのフレデリカよ。さっきギーが言っていたように、あなた達を戦いの場へと連れていく役なのだけれど……信じてくれるかしら?」
「……言っただろ?あんたたちはくだらない連中じゃないって」
「フフッ……本当にクロと話しているみたいね」
フレデリカは楽し気に笑うとスッと手を前に出してくる。俺は迷いなくその手を掴んだ。武器を持ったまま俺と彼女の様子を窺っていたフローラ達も、戸惑いながらその手の上に自分の手を乗せる。それを確認した彼女はにっこりと魅惑的な笑みを浮かべると即座に転移魔法を発動した。
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