第299話 問答
王都の裏門に魔族が迎えを寄こす、ということだったので王に別れを告げた俺達は裏門へと向かっていた。オリバー王の計らいにより、人払いをされた道には俺達以外の人は見当たらない。応援されるのも期待されるのも御免だったのでこれは非常にありがたい。
「まさかレックスさんが代表になろうとするなんて思っていませんでした」
シンシアが遠慮がちに声をかけてきた。彼女の隣を歩くエルザ先輩が眉を顰めて俺を見る。
「そんなことより、私はお前が自由でいられている事の方が驚きだ。大臣相手にバカなことをして牢に繋がれていると聞いていたが?」
「レックスさんはロバート大臣の許しを得て釈放されたのです」
「……あの大臣が誰かを許すことなどあるのだな」
ロバートの人柄は王都では有名だ。エルザ先輩がそんな表情になるのも無理はない。
「ロバート大臣は急に人が変わってしまったんですよ。それこそ、神様からなんらかの啓示を受けたかのように」
シンシアが困ったような笑みを浮かべた。その言葉にフローラがピクリと反応する。
「……神なんかじゃないわ。悪魔の仕業よ」
「フローラさん?」
シンシアが無機質な声で告げるフローラの顔を覗き込んだ。その口ぶり、俺が解放された理由をフローラは知っているというのか?フローラは小さくため息を吐くと、俺の方に視線を向ける。
「ロバート大臣が変わったのは幻惑魔法の影響よ。レックス……あなたを助けたのは今から戦いに行く魔族の仲間なのよ」
「えっ?」
思わず素の声が出た。俺を助けたのが魔族?俺とは縁もゆかりもない魔族が一体何のために?俺と同様にエルザ先輩もシンシアも驚きながらフローラの顔を見つめる。
「ど、どういうことですか?私はそんな話……」
「ごめんなさい、あまり詳しく話したくはないの。……ただ、これだけは言える」
まだ理解が追いついていない俺の目をフローラがまっすぐに見つめ返してきた。
「クロムウェル・シューマンはレックス・アルベールが魔族領に来ることを望んでいる」
その言葉で全てがつながった。そういうことだったのか。
「……なるほどね」
小さく笑みを浮かべる。俺が牢屋に入っていることを知ったあいつは怒っただろうな。何馬鹿なことをしてんだよって。
「クロムウェル・シューマンが魔族に命じて、レックスを解放させたというのか?」
「そうです。彼は王都に魔族を潜入させるというリスクを冒してまでそうしたのです」
エルザ先輩の問いかけにフローラが淡々とした口調で答えた。このタイミングでフローラからその事実が聞けたのは素直に良かったと思う。ロバートの変調だけが少し引っ掛かっていたから、そういう事であれば納得だ。なんとなくすっきりした。
「……私には彼が何を考えているのかわかりません。なぜ魔族の味方をするのか、何が目的なのか」
「何が目的なのかはわからないが、なんで魔族の味方をするのかはなんとなく想像ができる」
「え?」
まさかの答えに目を丸くしているシンシアを見て、エルザ先輩は苦笑いを浮かべる。
「わかるんですか!?彼が魔族の味方をする理由が!?」
「わかるというのは些か語弊があるがな。……むしろそれを疑問に思うというのは、我々が魔族のことを知らなすぎるだけなのかもしれない」
「魔族を知らない……?」
少しだけ考えを巡らせたシンシアだったが、エルザ先輩の言葉の真意が読み取れず、僅かに眉を寄せる。
「……だめです。エルザさんの言いたいことがいまいちわかりません」
「そうか……まぁ、そうだろうな。レックスはどうだ?」
「俺は……なんとなくわかります」
急に話を振られた俺がそう答えると、エルザ先輩は満足げに頷いた。フローラも表情を見る限り、理解しているようだ。
「わからないのは私だけということですか……」
シンシアがガクッと肩を落とす。エルザ先輩が微笑みながらそんな彼女の肩に手を乗せた。
「確か、前の戦争で死んだ者はいなかったそうだな?」
「え?あ、はい!魔族と戦おうと立ち上がった冒険者の方も、城に仕える騎士達も怪我人は多数出ましたが、幸い死者は出ませんでした!」
嬉しそうに語る彼女を見ながら、エルザ先輩は優しく首を左右に振る。
「シンシア……父上が言っていたのだが、戦争というのはそんな甘いものではない」
「え?」
「誰も死なずに戦いを終えるなど、どちらかが狙ってやらないとそうはならないはずだ」
「っ!?」
シンシアがハッとした表情を浮かべた。エルザ先輩の言うとおりだ。マジックアカデミアの授業の一環として行われる模擬戦とはわけが違う。互いが己の生存のために命を削り合う、そんな戦争で死者が出ないということはそういう風に戦っていたとしか考えられない。
「で、では……魔族の人達は私達人間を殺さないように……?」
「さぁ……それはわからない。ただ、さっき言っただろう?我々は魔族のことを知らなすぎる、と」
そう言いながらエルザ先輩は腰に携えた騎士剣に手を伸ばした。
「……だが、私は闘うぞ。戦いの中でわかることもあるということだ」
エルザ先輩らしい考え方。なんだかそれがおかしくて俺は思わず笑ってしまう。そんな俺を見て、エルザ先輩は眉をしかめた。
「なんだレックス?文句でもあるのか?」
「そんな……あるわけないですよ。俺もエルザ先輩と同じ思いですし」
そもそも俺は魔族を悪く思っていない。というより、悪く思う理由がなかった。確かに、学園では魔族は悪だと教わったし、あいつの両親を殺した時は恨んだこともあった。だけど、当の本人が親父さんの遺言通り魔族を恨んでなかったから俺が恨むわけにはいかなかった。……まぁ、魔王があいつを殺したと思ってた時は話は別だけど。
だから、俺は魔族と戦いに行くんじゃない。唯一無二の親友と決着をつけにいくだけだ。
「そういえば、いつの間に伝説の剣なんて手にしていたのだ?それに先程の魔法に関してもそうだ」
「それ、私も気になっていたわ。いつの間に聖属性魔法なんて使えるようになってたの?」
エルザ先輩とフローラが探るような目で俺を見てくる。俺は何と説明したらいいのか迷った挙句、結局面倒くさくなって軽く肩を竦めた。
「……成り行きで」
「成り行き!?全然意味が分からないわっ!!」
「相変わらず常識はずれな奴だ」
眉を怒らせるフローラに呆れたような顔のエルザ先輩。そして、そんな俺達を見てくすくすと笑っているシンシア。なんだかひどく懐かしい感じがした。ここに後、マリアとあいつがいれば本当に昔のまんまだな。……でも、それはもう叶わない風景だ。
そんな話をしているうちに裏門へとやってきた。普段は配置されているであろう騎士の姿が見えない。その代わりにいたのは黒いローブに背の高い三角帽をかぶった少女だった。
「フライヤさん!?」
俺とエルザ先輩が二人で訝しげな顔をしていると、フローラが素っ頓狂な声をあげる。シンシアも驚愕の表情でフライヤと呼ばれた少女を見ていた。
「な、なんでこんな所に……?」
「ふぇーふぇふぇ、これはこれは人間代表の方々。随分とお若い面々で構成されておるのじゃのう」
フライヤは近づいてくるなり、楽しそうに笑いながら俺達の顔を見回す。
「フローラ……紹介してくれ」
顔見知りらしいフローラに小声で言うと、彼女は戸惑いながら頷いた。
「えっと……この方はフライヤ・エスカルドさん、レイラさんとガルガントさんの二人と同じSランク冒険者よ」
「なっ!?」
驚いた。フライヤ・エスカルドって言ったら超有名な冒険者だぞ?かなり自由奔放な性格で、冒険者ギルドには滅多に顔を出さないから名前しか知らなかった。エルザ先輩も俺同様名前は知っているけど、顔は知らなかったって感じだな。ってか、フライヤって子供だったのか。
「んー?初めて見る顔が二人ほどおるが、とりあえず姫様、ご機嫌いかがかな?」
「あ、い、いえおかげさまで……」
年端も行かない少女にたじたじのシンシア。なんとも珍しい光景だ。というか、随分年寄り臭い話し方をするんだな。そんな事を考えていたら、フローラが俺とエルザ先輩に耳打ちしてきた。
「……見た目と年齢は全然違うわよ。お年は八十歳を超えるているらしいわ」
「……どうりで」
「……そんな風には全然見えんな」
フライヤ・エスカルドは卓越した魔法陣士だって聞いたことがある。うちの校長も二百歳を超えているし、魔法陣が上手い奴は長寿になる傾向でもあるのか。
「なんじゃフローラ、内緒話などしおって」
「あっ!す、すいません!!」
慌ててフローラが頭を下げた。そんな彼女の顔を、フライヤさんがじっくりと観察する。
「ふむ……なんか顔つきが変わったかの?まだ色々と迷っていそうじゃが、前よりはましになった気がするのぉ」
「え……っと、そうかもしれません」
「よいよい。若いうちは大いに悩み、失敗するべきなんじゃ。そうすることで人は成長していく」
うんうん、と首を縦に振ると、彼女はこちらに目を向けてきた。
「で、この二人は?」
俺と軽く目を合わせると、エルザ先輩はずいっと一歩前にでる。
「……お初にお目にかかります。私は騎士の卵、エルザ・グリンウェルと申します」
「グリンウェル……ということはコンスタンの娘か。あやつと同じでえらく真面目そうじゃのう」
「ち、父上を知っているのですか!?」
「知ってるも何も、あやつに雷属性魔法を教えたのは妾じゃぞ?王に頼まれて騎士団の魔法陣指南役をやっていたこともあるんじゃ。……今はアニスが務めているようじゃが」
目を見開いて驚いているエルザ先輩を見ながらフローラさんはため息を吐いた。彼女は王宮魔法陣士筆頭のアニス・マルティーニがあまり好きではないらしい。
「あやつの娘ということは根を詰めすぎる節があるのではないか?人生ほどほどが肝心じゃぞ?」
「はい、心得ております」
「本当にわかっているのかのう……まぁ、ええわい。で、こんな色とりどりの華に囲まれたお主は?」
フライヤさんがぎろりと俺に視線を向けてくる。
「俺はレックス・アルベールって言います。フローラやシンシアの同級生です」
「レックス・アルベール……はて?どこかで聞いたことがあるような……」
フライヤさんが難しい顔をしながら自分のこめかみをトントンと叩き始めた。何も言わずに待っていると、やっと思い出したのか彼女はポンと両手を打つ。
「おぉ、そうじゃ!確かレイラのお気に入りじゃった男じゃな!」
「は、はぁ……」
俺はあの人のお気に入りだったのか。そういえばさっき城でそんなようなことを言われた気がする。
「レイラが好きになるのも頷けるのぉ。中々の色男ではないか。妾がもうちっと若ければ逢引のお誘いでもしていたところじゃな」
「そ、それは光栄ですね」
もうちっとってフライヤさんって八十オーバーだろ?ってか、逢引って……。俺が顔を引き攣らせていると、それまで黙っていたフローラが静かに口を開いた。
「フライヤさん……レックスはシューマン君の親友です」
「……なんじゃと?」
フライヤさんの纏う空気が変わる。先ほどまでは物見遊山に来た観光客の様に軽いものだったものが、歴戦の冒険者を思わせる重々しいものになった。
彼女は全てを暴き出すような目を俺に向けてくる。こんな見た目でもやはりSランクなんだな。この刺すような視線は確実に強者のものだ。
「……お主は親友と刃を交えるつもりなのか?」
感情を感じさせない声。この問いかけに誤魔化しなんて通用しない。俺の本能がそう告げている。一瞬にして緊張感に満ちたこの場で、俺はゆっくりと息を吐き出し、彼女を見据えた。
「親友だからこそ、行くんです」
あいつを止められるのは俺だけだから。そんな思いを込めて俺は答える。フライヤさんはしばらく俺を見つめると、ニヤリと口端を上げた。
「なるほどのぉ……『常識の通じないバカ』ねぇ……」
フライヤさんは楽し気な口調でそう呟くと、俺達の顔を順々に眺めていく。
「さて……あまり無駄話をしていると、文句を言われそうなのでな。そろそろお主達を魔族領へと連れていくことにするかの」
「えっ!?ということはフライヤ様が魔族からの使者ということですか!?」
「そんな大層なものではない。シフォンケーキのた……ゴホンッ!面倒くさい雑用を任されただけじゃ」
そう言ってフライヤさんが俺に意味ありげな視線を向けてきた。
「お主の親友にの?」
「…………」
この人は一体あいつとどういう関係なんだ?少なくとも人間の世界にいた時はこの人と知り合いではなかったはず。あいつの人間関係を全部把握しているわけじゃないけど、誰かと、ましてや冒険者と関わり合いになるような奴ではない。
「ということで、妾はお主達を指定した場所まで運ばねばならん。ほれ、さっさと妾に掴まれ」
だから、知り合ったのは魔族領に行ってからということになる。なら、そんな事を考えたところで応えなんて出るわけがない。それに、今の俺には不必要な情報だ。
俺はみんなと同じようにフライヤさんの肩に手を置き、王都の裏門から転移していった。
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