第291話 第一話で「告白は慎重に」という助言をしたのに、それを聞かなかった男の末路

 小屋のテラスで待っていた俺の前に転移の魔法陣が浮かび上がり、二人の悪魔が現れる。一人は俺の秘書であるセリス。もう一人の冴えない感じの男はロバートの付き人であるルキ……じゃなくてセリスの幼馴染であるキールだ。


「戻りました」


「おう、ご苦労様」


 俺が軽く手を挙げると、キールがジト目を向けてきた。


「まったく……お前のわがままのせいで僕は任務を放棄せざるを得なくなったぞ。どうしてくれるんだ?」


「まぁまぁ、今更任務なんてあってないようなもんだろ?代表戦も決まったことだし、古代兵器もない。あの豚を見張る価値なんてもうねぇよ」


「そうだとしても、だ。せっかくバレないように勇者の目をかいくぐっていたっていうのに……全部無駄になった」


 キールは不貞腐れながら、幻惑魔法を解除する。すると、それまでそこにいた地味な男が一瞬にして美青年に早変わり。


「あっ、セリス。こっちの幻惑魔法も解いてくれ」


「わかりました」


 セリスが何かを唱えると、オッドアイだった目が両目碧眼に戻った。その瞬間、俺の方も元に戻る。よかった。これ以上やってたらマジで気持ち悪くなっていたところだ。


「……とにかく、僕はルシフェル様に報告してくるよ。一応不測の事態だからね」


「仕事熱心だねぇ」


「お前のせいだ」


 キッと俺を睨みつけると、キールはそのまま城の中へと歩いていった。相変わらず不愛想な奴だ。アルカを見習え、アルカを。いつもニコニコ笑ってるぞ。


「セリスもご苦労だったな。今から飯作るっていうのもあれだし、今日はどっか食いに行くか?」


「……先程のフローラさんの言葉を気にしているみたいですね」


 ギクッ。


 わかりやすい反応を見せる俺に、セリスが困ったような笑顔を向ける。まったく参るよな……せっかく隠してたってのに、こいつには丸わかりなんだもん。


「……フローラさんの言っていたことは事実だからな。多分、俺が魔族領に来なければ、あの村に豚が来なかったわけだし、そうすりゃレックスも捕まらずに済んだ。アベルだって国から命を狙われなくて済んだかもしれないし」


「……ですが、その場合はチャーミルが壊滅していたでしょうね」


 どこか寂し気にセリスが言う。少し驚きながら目を向けると、セリスは申し訳なさそうに目を伏せた。


「……ごめんなさい」


「いや、謝ることなんてねぇよ。セリスの言うとおりだ」


 俺が魔族領に来る来ない関係なく、アベルはチャーミルを攻めてただろうな。そうなると、今のチャーミルがあるのは俺のおかげということもできる。


 …………なんか、言葉が見つからん。何を話したらいいのか分からんぞ?


「そういえば、随分フローラさんに優しいんですね」


「へっ?」


 会話の糸口を探っていた俺は、思いもよらないセリスの発言に思わず変な声が出た。


「厳しい物言いでしたが、今の彼女には必要な言葉だと思いました」


「あ、あぁ。俺は思ったことを適当に言っただけだけどな」


「そうですか……やはりまだ好きなのですか?」


「ほえ?」


 本日二度目の間抜けな声。仕方ないじゃない、セリスが意味不明なことを言ってくるんだもん。


「あちらの世界にいた時に思いを告げたのですよね?」


 気づけばセリスの瞳には僅かに恐怖の色が浮かんでいた。えっ、どうして?なんで怯えてんだよ?つーか、そもそも思いを告げたってなんだ?誰が誰に告白なんか……。


 ………………………あっ。


 なんかそんな馬鹿がいませんでしたっけ?呪われた人生を少しでも変える、とかいう頭がおかしい理由でどこぞの元勇者の妹兼現勇者の少女に告白した大馬鹿野郎が。


「ちょっ!!なんでお前がそのこと知ってんだよ!!」


「アーティクルにクロ様といったときにフローラさんから聞きました」


 ……あのアマぁぁぁぁぁ!!助けるんじゃなかった!!120%俺が悪いけど、まじで許さん!!


 完全にテンパる俺。それを見てセリスはその話が事実であることを知った。


「……気にすることじゃありません。私と出会う以前に好きな人がいてもおかしいことではありませんし、クロ様が魔族領に来たのはイレギュラーな事態が起こってのことなので、その思いを抱き続けていても仕方がないことです。……それに」


 一瞬言葉に詰まったセリスは俺の方を向くと、無理やり笑顔を作る。


「私がフローラさん以上に魅力的になれば問題ないです!クロ様が彼女のことを忘れられるくらいあなたのことを愛せばきっと……」


 それ以上は我慢できなかった。俺は強引にセリスを引き寄せると、力いっぱい抱き寄せる。


「クロ様……?」


「俺がこの世界で愛したのはお前ひとりだ、セリス」


「っ!!」


 腕の中でセリスが息を呑むのが聞こえた。


「確かに、フローラさんの言う通り俺が魔族領に来たせいで色々と歯車が狂っちまった。だが、俺は悪いとは思ってない。だって、お前やアルカ、それに他の仲間達に出会うことができたんだからな」


 そうだ。確かに、レックスやフローラさんの人生は狂わせちまったかもしれない。だけど、俺は魔王軍指揮官になったことを後悔するつもりはない。……自分勝手で申し訳ないと思うけど。


「俺は魔王軍指揮官のクロだ。そして、お前の恋人でもあり、これからは夫になる。こんな奇麗な奥さんができるのに、他の女が好きなわけねぇだろ?」


「クロ様……」


「フローラさんに告白したのはあれだ……えーっと、気の迷いというか……うん……理由を説明するのは恥ずかしいから言わないけど……別に好きだからというわけじゃ……」


 ……あれ?さっきまでかっこいい台詞言ってなかった、俺?なんでこんな浮気の言い訳みたいな感じになっちゃったの?どこで間違った?


 そんな俺の心境を察したセリスが腕に抱かれたままくすりと笑う。


「……わかりました。そもそも、クロ様のようなヘタレの人が他に好きな人がいるのに私に告白なんてできませんよね」


「……もうヘタレじゃねぇよ。ヘタレは卒業だ」


「なら証明してください」


 そう言うと、セリスは顔を上げ、目を閉じた。俺はどぎまぎしながらその唇に自分の唇を重ねる。ゆっくりと唇を離すと、セリスはからかうような視線を向けてきた。


「やっぱりヘタレじゃないですか。恋人とのキス一つでそこまで緊張する人はいませんよ?」


「うるせぇ。緊張なんかしてねぇっつーの」


 嘘です。まだ心臓がバクバクいってます。そして、セリスにはそれがバレバレのようです。くそが。


「……でも、そんなヘタレなクロ様が私は大好きです」


 そう囁くと、セリスはギュッと俺の身体を抱きしめた。……ふ、ふんっ!まぁセリスがそう言うなら、もうしばらくはヘタレでいてやってもいいかな!こ、これは俺の意志ではなくてセリスの頼みだからな!勘違いすんじゃねぇぞ!

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