第284話 アルカを舐めたら痛い目に……いや、もう舐める奴なんかほとんどいないか

 翌朝、いつものようにアルカと朝の鍛錬をしようと中庭に出ると、村の連中が集まっていた。みんな朝早いな。俺はアルカにほとんどたたき起こされる形で目を覚ましたっていうのに。まぁ、村にいるときからこんな感じだったか。


 様子をうかがってみると、どうやらティラノさんとゲインおっちゃんが組み手をしているみたいだ。それを村長とエマおばさん、それにアンヌさんの三人で見ているっていういつもの光景。相変わらず毎日欠かさずやってんのな。子供のころから何となく憧れていたこれが今の俺とアルカの朝修行のルーツになっているってわけだ。


「パパ……あの人たちは?」


 この前の古代兵器工場の一件で少しだけ人間に抵抗があるのか、アルカが俺の背中に隠れながら聞いてきた。俺は極力優しい口調で告げる。


「あの人たちはな、お父さんの家族だ」


「パパの家族!?」


 目を丸くしたのも束の間、アルカは猛ダッシュでみんなのところへ駆けていった。


「は、はじめまして!!パパの娘のアルカですっ!!」


 アルカが緊張感まるだしでみんなに挨拶をする。いきなり大声で後ろから声をかけられたみんながすごい驚いた顔でアルカを見ていたと思ったら、アンヌさんとエマおばさんの身体がプルプル震え始めた。


「「可愛いっ!!」」


 もう耐えられません、とでも言うかのようにアルカにすり寄ると、二人が完全にとろけた顔でアルカに挨拶を返す。まぁ、そうなるよね。テンプレートな反応だ。


「はじめまして、可愛らしい娘さん。私はアンヌって名前よ。そうねぇ……あなたのお父さんのお母さんみたいな感じかしら」


「私はエマ。アンヌと同じようなものね。よろしく、アルカ」


「パパのママ……ってことは、アルカのおばあちゃん?」


 アルカの言葉を聞いた男性陣が凍り付く。アンヌさんもエマおばさんも大体同じ年齢だ。そして、同世代と比べて若いし、贔屓目なしに見ても二人ともかなりの美人。そんな二人におばあちゃんなどと言おうもんなら明日の朝日は拝めまい。


 そんなことなど知る由もないアルカは、緊張する男どもをしり目にニパッと可憐な笑顔を見せる。


「こんなに綺麗なおばあちゃんがいたなんてアルカはびっくりなの!!でも、とっても嬉しい!!」


 やべぇ。うちの娘は人心を掌握するすべを心得てやがる。一瞬下げておきながら極限まで上げることによって、その高低差は普通に褒める時と比べても雲泥の差だ。その証拠に、信じられないほど幸せそうな顔で二人ともアルカを抱きしめているからね。あの二人は完全に堕ちました。おそるべし、アルカ。


「みなさん、おはようございます」


 残りの三人とアルカが挨拶を交わしていると、朝ごはんの支度を終えたセリスがこっちに歩いてきた。それに気が付いたアルカが嬉しそうにその胸へと飛びつく。


「ママー!!アルカにおばあちゃんが二人とおじいちゃんが三人出来たんだよ!!」


「そうですか。それはよかったですね」


 セリスが優しく微笑んだ。なんとも心温まるハートフルな光景。この場にいる全員が温かい目で二人を見ているぞ。俺も心穏やかだ。


 セリスがアルカを抱っこしながら村長達に話しかける。


「朝ごはんはお食べになりましたか?もし、まだならこちらで用意いたしますが」


「それは嬉しい申し出だが、魔王様が手配くださるそうでな。またの機会に楽しみにしておくことにしよう」


「そうですか。わかりました」


 村長が笑顔で断りを入れると、セリスも笑顔で返した。


「俺はセリスちゃんの手料理が食べたいからそっちにぶべらっ!!」


 デレデレしながらセリスに近づこうとしたゲインおっちゃんの頭にエマおばさんの手刀が突き刺さる。いや、文字通り本当に突き刺さってるんだけど。おばさんの手は斧か何かですか?


「そういや、お前らはこんな朝っぱらから何しようとしてたんだ?」


 地面に倒れ伏すゲインおっちゃんを無視してティラノさんが俺達に尋ねてきた。


「アルカは毎日パパと一緒に朝のしゅぎょーをやってるの!」


「なにっ!?そいつはいいな!」


 セリスの腕の中から飛び降り、華麗に着地を決めながらアルカが言うと、瞬時に復活したゲインおっちゃんがグッと親指を立てる。この人も中々にタフだな。


「じゃあアルカ!今日は俺と一緒に鍛錬するか?」


「「え」」


「本当!?やったー!!」


 完全にハモる俺とセリス。それとは対照的に嬉しそうなアルカの声。


「あのっ!そ、それはお止めになったほうがよろしいかと……!!」


「ん?なんだよセリスちゃん、意外と心配性か?大丈夫!ケガなんてさせるつもりないから!」


 ケガじゃ済まねぇって。良くて全身粉砕骨折、悪くて木っ端みじんだな……おっちゃんが。せっかく連れてきたのに墓を立てることになるとか俺は嫌だぞ、マジで。


 セリスはあまり言っても失礼にあたると考え、上手く伝えることができない。俺は俺で「やめとけ、死ぬぞ!?」って言ったところで、笑って流す男だってことを知っているから、どうしたらいいのかわからない。


 焦る俺達を見て、アンヌさんが首をかしげる。


「二人ともどうしちゃったのかしら?ただの鍛錬でしょう?」


「そうね。そりゃ擦り傷とかはできるかもしれないけど、そこまで過保護じゃないでしょ?」


 違うんです。うちの娘はいつでも全力なんです。子供だからそれでいいんだけど、今回ばかりはまずいんです。


 こうなったら、無理やりアルカの実力を見せつけるしかない。


「あー……おっちゃん?いつもやってる俺とアルカのメニューが終わってからでいい?ほら、やっぱり日々の積み重ねってやつが大事っしょ?」


「む……確かに。反復こそ強くなる近道だな。よーし、わかった!クロとの鍛錬が終わったら俺とやろうな、アルカ!」


「わかったの!ゲインおじいちゃんとのしゅぎょー楽しみ!」


 ホッ……なんとか尊い犠牲を出さずに済んだ。これでアルカを満足するまで暴れさせれば問題ないだろ。俺はセリスに目配せをしてから中庭の中央に移動する。俺の意図を正しくくみ取ったセリスが真剣な表情で身体に魔力を込めた。


「え?セリスさん?一体どう」


「絶対に私の魔法障壁からは出ないでください」


 ティラノさんの言葉を遮り、はっきりと告げるセリス。みんなが困惑しているのを横目に、俺はセリスが魔法障壁を張るのを確認すると、即座に身体強化バーストを施し、複数の最上級魔法クアドラプル魔法陣を携え、アルカに向かっていった。


 一時間後、満足そうな顔で地面に倒れ込んだボロボロのアルカを確認し、ゲインおっちゃんに声をかける。


「ちょっとアルカがはしゃぎすぎて疲れちゃったみたいなんだけど……おっちゃん、やる?」


「……いや、大丈夫だ」


 さっきまでの威勢はどこ行ったのか、ロバート大臣に連れられていた騎士達みたいな顔でゲインおっちゃんがぼそりと呟く。他の人も口を大きく開けたまま直立不動の姿勢になってるけど、まっ気にしてもしょうがないよね。


 とりあえず、俺の思いが通じたみたいでよかったよ。

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