第283話 ふとした拍子に親心を感じることがある
夜も更け、魔道具もないハックルベルの村が暗闇に包まれた頃、能面のような騎士達が村へとやってきた。やっぱり来やがったか。俺は村長の家に隠れ、窓からこっそりと様子を伺う。あの豚はいないみたいだな……って事は実力行使に出るわけか。
「……こんな夜更けに騎士の方々が何のご用ですかな?」
打ち合わせ通りに村長が家から出て行く。その後ろにはおっちゃんとティラノさんがついていた。エマおばさんとアンヌさんは俺と一緒にここで待機している。
騎士達は村長の言葉に答えない。無表情のままおもむろに背中に背負っていた弓を構えると、何も言わずに火矢を放ち始めた。
「なっ!?」
突然の出来事に村長が目を見開く。その間にも火矢は飛び交い、あっという間に火の手が回り始めた。
「や、やめろ!やめてくれ!儂の村が!」
「そんちょうあぶない。いえににげるぞ」
……おい。棒読みにも程があるだろ。村長が迫真の演技を見せてるのに、ゲインおっちゃんのせいで台無しだっつーの。
「こっちら!はやくするんら!」
ティラノさん、呂律回ってないです。だから、酒飲みすぎだって言ったんだよ。セリスに付き合って飲むとかバカすぎる。ちなみにセリスは警戒レベルに達したから家に送り届けた。あのまま飲んでたら色欲の悪魔になりかねん。
三人が家に戻ってきた瞬間、俺は準備していた
俺はみんなが身体に触れていることを確認すると、転移魔法を発動し、城の中庭へと五人を連れてきた。
「ふー……何とかなったかな?」
なんとも陳腐な茶番だったが、これであいつらには村の連中が焼け死んだように見えるだろ。目的は勇者の遺物なんだから、どうせ死体なんて調べないだろうしな。
俺は呆けたように城を見つめるみんなに向き直った。
「ここが俺の……家?ってか、職場?の魔王城だ」
「は、話には聞いてたけど、いざ自分の目で見ると……なぁ?」
「えぇ……夢を見ているみたいで」
すっかり酔いが醒めたティラノさんの言葉に、アンヌさんが心ここに在らずの様子で相槌を打つ。他の人も似たり寄ったりの反応だ。まぁ、いきなり敵の親玉の根城に来ればそうなるわな。
「やーやークロの家族さん達!ようこそ、僕の城へ」
全員の視線が声のした上空へと向いた。そこには夜空を背景に微笑を携えながら悠然と降りてくる魔王の姿が。
あいつ、絶対登場の仕方を考えてやがった。驚くみんなの顔を見て、満足そうな顔してるもん。
「そして、初めまして皆さん。僕が魔族を統べる」
「あれが俺の形だけの上司、ルシフェルだ。どうしようもないやつだからあまり関わり合いにならないほうがいい」
「……それはないでしょ」
地面に降りてきたフェルが不服そうな顔で俺にジト目を向けてくる。知らんな。俺は本当の事を言っただけだ。
「こういうのは第一印象が大事なんだからね。魔王として格好くらいつけさせて欲しいよ」
「どっかの誰かさんは、来たばかりで右も左もわからない可哀想な人間をいきなり幹部会なんかに連れ出して第一印象最悪にしたけどな」
「昔の事を掘り返すのは良くないなー。常に未来を見据えないと!」
「過去を省みないと足元掬われるぞ、このショタ顔魔王が」
冷たく言い放つ俺に、肩をすくめるフェル。そんな俺達のやり取りを呆気にとられたように見つめるみんな。まぁ、そんな反応にもなるよね。これが魔族の親玉だって言われてもいまいちピンとこねぇだろ。
そんな中、一人真面目な顔でフェルの事を見ていた村長が静かにフェルの前に立つ。
「……魔王様。お初にお目にかかります、ハックルベル村の長、ジュールと申します」
「これはご丁寧に。クロからさっき紹介されたけど、僕は魔王ルシフェル。よろしくね」
フェルが愛想よく笑いながら手を差し出した。だが、村長はピクリとも動かない。その目は俺が今まで見た事ないほどに鋭く光っていた。
「王国に属する騎士の凶刃から我々を守って頂いた事、そして、住処を提供していただけるとの事、誠に感謝いたします。……ですが、その前に一つお伺いしたいことがあるのですがよろしいですか?」
言葉とは裏腹に、視線はさらに鋭さを増す。フェルは値踏みをするように村長を見ながら、ゆっくりと手を下した。
「聞きたいこと?なに?なんでも聞いて?」
「では、遠慮なく……」
村長は一つ咳ばらいをはさむと、ギロリとフェルを睨みつける。
「貴殿はクロムウェルを無理矢理この地に縛り付けているわけではなかろうな?」
村長の纏う空気がガラリと変わった。後ろにいるティラノさん達がハッと息を飲む。目の前にいる小柄な男は誰もが認める魔族の王。人間を蹂躙するには十分すぎるほどの力を持った超越者。そんなフェルに対して威圧するような物言い。俺は慌てて村長とフェルの間に飛び出した。
「お、おい!村長!いきなり何を」
「お前は引っ込んでいろ。これは儂とこの男の話だ」
ビクッと俺の身体が震える。こんなに強い語気で言われたのは、子供の頃内緒で森に遊びに行った時に魔物から命からがら逃げてきた時以来だ。
「答えていただけますかな?」
親の仇を見るような目で自分を見る村長を、フェルは興味深そうに眺めていた。
「……もし『そうだ』って答えたらどうするの?」
「そうだな……その時は……」
俯き加減で考える仕草を見せると、村長はゆっくりと顔を上げ、フェルの目を真っ直ぐに見据える。
「貴様を殺し、この子を救い出す」
有無を言わせない口調で告げる村長を見て、フェルの口端がわずかに上がった。そして、手加減抜きの殺気を村長に浴びせる。
「魔王の僕に大層な口を聞くね。本気で殺せると思っているのかな?」
並みの魔族では喋ることはおろか立つ事さえままならないほどの重圧。その証拠に殺気が向けられていない四人の身体がガタガタと震えている。流石にやりすぎだろ、おい。俺が止めに入ろうとした瞬間、村長はゆっくりと口を開いた。
「儂も馬鹿ではないからな、貴殿に勝てないことぐらい承知の上だ。……だがな、理屈じゃないのだよ、親というものはな」
えっ……。
その言葉を聞いて俺は固まる。村長は俺の親ではない。知っての通り俺の親はガキの頃に死んじまった。それから親代わりに育ててもらったのは確かだが、血の繋がりなんかないんだ。それなのに自分を親だと言った……殺されてもおかしくないこの状況で。
フェルは観察するように村長を見ると、静かに殺気を消す。そして、晴れやかな笑顔を村長に向けた。
「……やっぱり親ってすごいなぁ、完敗だよ。さっきの答えだけどね、僕はクロを縛り付けたりなんかしていない。と、いうか誰かに縛られるようなタマじゃないことは村長さんが一番よく知っているんじゃないかな?」
「……確かに。此奴はそんな素直な男じゃなかった。失礼な態度をとった事をお詫び申し上げます」
村長が素直に謝罪をすると、張り詰めていた空気が徐々に和らいでいく。アンヌさんがホッと息を吐いた。他の人達も安心した表情を浮かべる中、俺はまだ動けずにいた。
フェルの殺気に当てられてなんかじゃない。それ以上の衝撃が俺の身体を突き抜けていた。
「今日はもう遅いからみんなは城の客室に泊まって!明日になったらみんなの新しい住まいにクロが案内するから!」
フェルが合図を出すと、城から女中さんが現れこちらに歩いてくる。
「ありがとうございます。……では、明日な」
「あ、あぁ」
フェルにお礼を言ってから俺に声をかけてきた村長に曖昧な返事しかできない。そんな俺に近づいてきたフェルが内緒話をするみたいに静かな声で告げてきた。
「よかったね……あの村に生まれて」
「……そうだな。愛されていたって事を実感しちまったよ」
フェルは笑みを浮かべると、転移魔法で自分の部屋に戻っていく。俺は去り際に声をかけてくる村のみんなに答えながら、城へと向かっていく親父の背中をジッと見つめていた。
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