第285話 似たもの親子

 朝食を終え、いつものように村に復興に行ったアルカを見送った俺とセリスは、何もせずに自宅で待機していた。なんでも、村長達と朝食を食べ終わったらフェルが俺達を呼びに来るんだってさ。そう言われたら待つほかねぇって。


「みなさん、クロ様とアルカの鍛錬を見て驚いていましたね」


「まぁな。多分アルカを見てだと思うぜ?村にいた時、レックスと同じようなことをしてたから、みんな俺のことは知ってるだろうし」


「……村にいた時からあそこまで激しく魔法を放っていたのですか?」


「いや、まぁ……それはねぇか」


 あのレベルの組み手をあの村でやったら五分で滅亡するわな。それにレックスとは魔法よりも剣術主体だったし、もう少し地味目な感じだったか。


「そんなことより、フェルは村長達をどこに住まわせるつもりだろ?」


「クロ様のご家族とはいえ人間ですからね……住める場所は限られていくかと」


「メフィストの村だよ」


「いやぁ、あそこはきついだろ。魔族の中でも特に人間を恨んで……って、おい!!」


「ん?どうしたの?」


 どうしたのじゃねぇよ!なんで音もなく背後に立ってんだよ!まじでびっくりしたっつーの!!


 ニコニコと上機嫌で笑うフェルを俺は思いっきり睨みつけた。


「プライバシーの侵害、家宅侵入罪、イケメン罪、よって死刑」


「暴論すぎるよね、それ」


 特に一番最後のやつが重い。むしろ、イケメン罪だけで絞首刑待ったなし。


「つーか、メフィストの村って本気かお前?」


「うーん……どの街でも歓迎されるとは思うんだけど、一応敵の種族だからね。どこにも属さないあそこが一番いいと思って」


 割とちゃんとした理由だった。まぁ、魔族の街においそれと人間が住むわけにはいかないからね。え?アベル?奴に人権などない。よって、人間ではない。


「……あそこのトップはかなりの堅物だぞ?」


「知ってるよ。でも、クロなら平気だよね?」


「無責任なことを言ってくれる……お前は来ないのか?」


「行かないほうがいいと思うけど?」


 フェルが涼しげな顔で言う。確かに……あいつら、魔王にいい印象を抱いていなかったからな。フェルが来たところで、助けになるどころか険悪なムードになりかねん。つっても、俺が行っても上手くいく気がしないんですが。そもそもメフィスト達って人間大っ嫌いですやん。一緒に村で暮らすとか、夢のまた夢だろ。でも、それ以外に都合がいい場所なんてないしなぁ……。


「しゃあねぇ……頼み込んでみるか」


「流石はクロ!よろしく頼むよ!みんなを中庭に呼んでくるね」


 憎たらしいくらいにさわやかな笑顔で告げると、フェルはうちの窓から外へと飛んで行った。あいつは本当に厄介事を押し付ける天才だな。その厄介事を持ち込んだのが自分だってことは忘れました。


「メフィストの村ですか……」


「厳しそうだよな。違う案も考えとかねぇと」


「さぁ、どうですかね。案外すんなりオッケーするんじゃないですか?」


 俺は驚きながら、軽い口調で言うセリスの顔を凝視した。セリスがこういう楽天的な物言いをするのはすげぇ珍しいな、おい。なんか根拠でもあるのか?


「別に根拠があるわけではないですが……」


 いつものように俺の頭を読むセリスにいちいち反応してらんない。それよりもその発言に至った理由が知りたいんだ。


「クロ様には不思議な魅力がありますから」


「……は?」


 想像以上に意味が分からない理由だった。顔を赤くして照れているところ悪いけど、全然ピンと来ないぞ?


「不思議な魅力を持つクロ様は、あの方たちによって育まれました。そして、クロ様はメフィストのリーダーであるゼハードに認められました。だから、大丈夫です」


「えーっと……」


「要するに、あの方達にもクロ様に似た不思議な魅力があるということです」


 あー、なるほど。理解はできたわ。納得はまるでしてないけど。


「きっと何とかなりますよ。とにかく行ってみましょう!」


「お、おい!」


 腑に落ちない顔をしている俺の腕を取り、セリスが小屋を出ていく。俺は若干慌てながら引きずられるようにしてその後ろについていった。



 中庭に集まったみんなを連れてメフィストの村へと転移すると、一番最初に目についたのはせっせと働くメフィスト達の姿であった。とりあえず、あまり刺激しないようにしなければならない。俺はなるべく静かに復興が進む村の中を進んでいく。近くを通るとメフィストは軽く会釈を向けてきたが、すぐに後ろにいる村の人達を見て、ギョッと目を見開いていた。予想以上に厳しそうですな、こりゃ。


 村の奥にある、俺達が作った簡易的な墓まで来たところで、やっとあアルカの姿を見つける。俺達に気が付いたアルカの顔はぱぁぁっと花が咲くみたいに笑顔になった。


「パパ~ママ~みんな~!!」


 こちらに駆け寄り、俺に飛びつくアルカ。それだけで生の喜びを実感することができる。アルカと一緒にいたゼハードと、アルカの幼馴染であるロニもこちらに振り向いた。


「あっ、指揮官だ……って、またアルカが抱き着いてやがる!?」


「久しいな」


 決して友好的とは思えない態度。だけど、初めて会った時に感じた忌避感は全くと言っていいほど感じない。……ロニからは禍々しい殺気を感じるんだけどな。


「久しぶりだな。復興は順調に進んでいる感じか?」


「順調……とは言い難いな。我々は魔法を使うことに長けてはいるが、物を作ることはどうにも苦手らしい。だが、誰かが防御壁を立ててくれたおかげで、ここに人間が攻めてくることはもうない。気長にやるつもりだ」


「そっか……」


 なんとも複雑な気分。こうやって、人間嫌いのゼハードと普通に話ができる感動と、防御壁が役に立ったという嬉しさ、そして、そんな場所に人間を連れてきたという後ろめたさ。


 俺がどう説明したらいいのか迷っていると、ゼハードがちらりと俺の後ろに目を向けた。


「……何か用があるのだろ?そうでなければ人間を連れてこんなところにやってはこまい」


「に、人間!?」


 ロニが目を丸くしながら、後ずさりをする。いや、気づくのおせぇだろ。他の連中はさっきからずっとこっちを見ているぞ。


 さて、と。どうしたもんかなこりゃ。はっきり言って交渉の余地があるとは思えないんだけど。メフィスト達の表情に恐怖がにじみ出てるし、うちの村の連中もすげぇ気まずそうだ。メフィスト達が人間にやられたことを考えれば、まぁ、当然っちゃ当然か。


 このまま黙りこくってても埒が明かねぇ。とりあえず、事情を説明しないと。


 俺が意を決して口を開こうとした瞬間、後ろに控えていた村長が一歩前に乗り出した。


「儂らはわけあって人間の国を追いやられた者達だ。住んでいた村は焼かれ、帰る場所もなくなってしまってなぁ……このままでは生活もままならないから、ここで厄介になることはできんものかい?」


 周りの視線など気にも留めず、あっけらかんとした口調で村長が告げる。その内容にメフィスト達がざわつきを見せるが、ゼハードは黙って村長を観察していた。


 重苦しい沈黙が流れる。アルカは俺に抱かれながら、心配そうにゼハードと村長を見ており、他の人たちも不安げな表情を浮かべていた。その中で一人、セリスだけがいつものように落ち着いた様子で、事の成り行きを見守っている。


「……この者達は?」


 静寂を破ったゼハードが俺に顔を向けてきた。


「この人達は俺が住んでた村の……家族だ」


「家族……」


 何かを噛みしめるように呟くと、ゼハードは村長に鋭い視線を向ける。


「今、我々が汗水垂らして復興させている村は人間の手によって滅ぼされたのだ」


 突然告げられる衝撃の事実に、アンヌさんは息を呑み、エマおばさんは沈痛な面持ちで村を見渡す。おっちゃんもティラノさんもなんとも言えない表情を浮かべていた。


 だが、村長だけは一切表情を変えずに、ゼハードの顔をジッと見ている。


「なるほど。それは災難であったな」


 あまりに淡白な言葉。まるで、それがどうした、と言わんばかりの素っ気ない口調。俺は自分の身体から冷や汗が流れるのを止めることができなかった。


 しかし、それを聞いたゼハードが楽しそうに小さく笑みを浮かべる。


「……同情やら謝罪をしていたら追い返していただろう。流石は指揮官の『家族』と言っところか」


「それは褒め言葉として受け取っておこうか」


「そうだな」


 ニヤリと笑う村長を見ながらゼハードも薄く笑みを浮かべスッと手を伸ばした。村長がその手をがっしりと握る。


「これからよろしく。私は仮初めのリーダーを務めるゼハードだ」


「仮初めなどもったいない。お前さんからは指導者の器をかんじるぞ?儂はジュールだ。よろしくお願いする」


「ふっ……器など、ジュールの足下にも及ばんな。まだ人間に慣れていない仲間達も多いが、時間が解決するはずだ」


「儂らの努力次第って事だな。それなら早速協力して、お前さん達の好感度を稼ぐことにするかの」


 村長から意味ありげな視線を向けられたティラノさん達は慌ててメフィスト達を手伝いに散らばっていった。村長も機嫌よく笑いながら、近くで組み木を建てているメフィストに話しかけ始める。


 残された俺、なんでうまくいったのかさっぱり分からず、ポカンとしていた。


「何をボケっとしている?」


 そんな俺に、ゼハードが眉をひそめながら話しかけてくる。


「いや、だって……人間嫌いのあんたが、あんなにもあっさり人間を受け入れるとは思わなかったからさ」


「あっさり受け入れたつもりはないのだがな」


 あれがあっさりじゃなかったら、あっさりってなんだよ。二言三言言葉を交わしただけじゃねぇか。


 ゼハードは、戸惑うメフィストから借りた木槌を懸命に振るう村長を見ながら、僅かに頬を緩ませる。


「あれがお前を育てた男なのだな。実に面白い。あの男が治めていた村の住人なら、我々ともうまくやれるはずだ」


「はー……そんなもんかね」


 俺にはよく分からん。ただの偏屈じーさんにしか見えねぇ。


「それに指揮官の家族なのだろう?なら、アルカの家族でもあるはずだ。……仲間の家族を無碍にできるわけもない」


 ……うん、それなら納得だ。


 ゼハードはそう言いながら、優しくアルカの頭を撫でた。ゼハードの顔を見る限り、メフィストとアルカの関係性はもう問題なさそうだな。


「俺の家族をよろしく頼む」


「言われずとも、協力し合っていくつもりだ」


 俺が頭を下げると、ゼハードは興味なさそうに背を向けた。相変わらず愛想のねぇ奴。でも、少し変わったみたいだ。


「アルカ、ロニ。こちらの手伝いをしてくれ」


「はいっ!」


「任せろっ!」


 ゼハードから指名を受けた二人は、元気よく返事をすると、意気揚々とゼハードの後についていく。この調子なら住めるようになるのはもう少しだな。


「私の言った通り、なんとかなりましたね」


「そうだな……読心術の他に予知までできるとは恐れ入ったよ」


 微笑みながら近くセリスに俺は肩をすくめながら答えた。


「あの方達なら、クロ様の影響を受けたゼハードは絶対に受け入れると思っていましたから」


「当然、良い影響だよな?」


「そうですね……三対七くらいで悪影響の方が強いですかね?」


 冗談めいた口調で言うセリスにジト目を向ける。ただまぁ、結果的にはセリスの思惑通りになったわけだ。敏腕秘書には頭が痛く上がらないぜ、ちくしょう。


 そういうわけで、ハックルベルのみんなはメフィストの村に住むことになった。俺も二、三日様子を見にいったけど、関係性はやっぱりまだまだぎこちない。でも、少しずつ打ち解けてきている気がしたから、多分大丈夫だろうと思う。セリスとアルカも村の手伝いに行ってるしな。二人の対人能力はカンストしてるから、あんまり心配しなくてもいいだろ。


 ん?手伝いに行ってるのは二人だけ?お前は何をしているのかって?


「……そろそろ行こうか」


 軽い口調で告げるフェルに俺は頷きで応える。


 俺達の結婚式と並んで魔族が総出で動いている事。そう、人間と魔族の件に関してだ。


 俺はフェルと二人で、そっちの話を進めていこうとしていた。

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