第278話 両親への挨拶は誰でも緊張する
フライヤが帰った後、山ほどのヌガーを持ってきてくれたギガントと談笑をしてから俺も城へと戻った。
結構長い時間ギガントと話していたみたいで、中庭に転移した時にはもう日が沈んでいた。流石にセリスは帰ってきてるだろうなって思って小屋を見たら、テラスに誰かが座っていることに気がつく。まぁ、薄暗くって姿はよく見えねぇけど、あんなしょぼくれた木の椅子に行儀よく座るやつなんて俺は一人しか知らん。
別にコソコソする理由もないので、普通にテラスへと向かい、腰を下ろした。隣に座ったってのに、特に話しかける素振りも見せないので仕方なく俺から声をかける。
「どうだったよ、フレデリカの方は?」
「そうですね……概ね予想通りの反応でしたよ」
セリスの口調は落ち着いていた。気落ちしている感じも、昂ぶっている感じもない。
「結婚のことを伝えると、『私のクロがとられた〜!』とか『絶対に一夫多妻制を取り入れてやる!』とか言いながら泣き喚いていましたね」
まだ、その夢を諦めてなかったのか、あいつは。そんな制度を取り入れたとしても、俺は行使しねぇぞ。セリスだけでもこれまで色々とテンパってきたっつーのに、恋人複数とか考えるだけで頭がパンクする。
「後は恨み言のオンパレードでしたよ。でも、気持ちはわかるので甘んじてそれを受け入れておきました」
なんとなく想像できるな。セリスにジト目を向けるフレデリカを思い浮かべて、思わず笑みがこぼれた。
「あいつらしいな」
「そうですね……ただ……」
「ただ?」
意図的に言葉を切ったセリスに対し、俺は続きを促す。それまで遠くを見つめながら話していたセリスが、初めて俺の顔に目を向けた。
「……最後に『私のためにも幸せになりなさいよ?』って笑顔で言われました。多分、あれが彼女の一番伝えたかった言葉だったのだと思います」
「そっか……相変わらず優しすぎるんだよな、あいつは」
「えぇ……心の底からそう思います」
セリスは俺から視線を外すと、再び景色を身始めた。少しだけ暗闇に慣れたおかげか、その横顔をうっすら確認することができるが、そこからセリスの心情は読み取れない。
俺は何も言わずセリスの手の上に優しく自分の手を重ねた。少し驚いた顔でセリスが俺の方を向く。
「……絶対幸せになろうな」
「……はい」
少しだけ顔を赤く染め、微笑を浮かべるセリスを見て、俺はホッと息をついた。少し……いや、大分気恥ずかしかったが、言ってよかった。ちょっとはこいつの憂いを払拭できた気がする。
無言で見つめ合う俺とセリス。完全に二人だけの世界。誰にも邪魔なんてさせない。だから、小屋の陰に隠れて話しかけるタイミングを失っているショタ顔魔王の事は未来永劫シカトし続けるつもりだ。
「……そろそろ相手をしてあげてください。拗ねてしまいますよ?」
セリスが少し困ったように笑う。チッ……俺の優しい妻(仮)に感謝しろよ。
「おい、お邪魔虫。さっさと出てこいよ」
「……僕がいるのを承知で二人の世界を作るなんて酷いなぁ」
ぶっきらぼうな口調で呼ぶと、フェルがぶつくさ言いながらこっちに歩いてきた。人の恋路を興味本位で観察していたやつが悪い。
「他の幹部達は帰ったよ。お祝いの言葉は当日にするから今は何にも言わないってさ」
「そうか。まぁ、あいつららしいな」
「うん。それで二人はちゃんと伝えて来てくれたのかな?」
フェルがちらりと目を向けると、セリスが頷きで応えた。
「フレデリカにはドレスのお願いまでしてきました。……といっても、私が何か言う前に『ウェディングドレスは私に任せなさい!』と言っていただいたのですが」
「それなら心配ないね!洋服に関してはフレデリカに任せておけば間違いないから!で?クロの方はどう?」
「俺もギガントに言ってきたよ。あと、魔の森の整地の事もな。砦の調整が終わったら一度城に顔出すってよ」
「うんうん!物事が順調に進むと気持ちいいね!優秀な部下達に感謝だ!」
フェルが上機嫌な様子で首を何度も縦に振る。
「あー……あと、式には面倒くさい奴が一人参加しようとしてるんだけど、どうする?」
「面倒くさい奴?」
「フライヤだよ」
セリスが首を傾げてこちらに顔を向けてきたので、俺が投げやりな感じで答えた。非常に遺憾なことだが、俺はフライヤのことを嫌いになれない。だから、さっきもはっきり断れなかったんだけど、魔族を統べる魔王がダメと言ってくれれば、俺も気持ちよくあのロリババアの顔面に魔法を撃ちこむことができるってもんだ。
「別にいいんじゃない?」
……まぁ、そうだよね。そう言われると思った。
「本当にいいのか?フライヤは人間だぞ?しかもSランク冒険者の」
「そんなこと言ったらマリアもアベルも参加できなくなっちゃうじゃん。種族による差別はいけないよ?……でも、二人の晴れ舞台なんだから、二人が呼びたくないのであれば話は別だけど?」
そう言いながらフェルが視線を向けると、セリスがニコッと笑みを浮かべる。
「私は呼んでもいいと思います。フライヤさんには何かとお世話になっているので」
「お世話?そんなもんなった覚えがないんだけど?」
「この前の戦いでクロ様から足を引っ張る荷物を回収してくださったではないですか。それだけではありません。工場の時も人間との不要な衝突を避けるために一役買ってくださいましたし、砦の建築も手伝っていただいたのではないですか?」
矢継ぎ早に言われ、俺は思わず閉口する。なんだかんだ色々やってもらってんな。あの戦いでだって手を抜いてもらったみたいだし。あいつが本気で攻めてきてたら魔族の被害がもっと深刻だったのは間違いない。
「しゃあねぇ……来たらパイでも投げつけておくか」
「喜ぶと思います」
人間の使者としてきたときのフライヤを思い出しながら、セリスがクスッと笑った。
「他の魔族は自由参加ってことでいい?来たい人が来るって感じで」
「構わねぇよ。拒否する理由もないしな」
視察を通してなんだかんだ仲良くなった魔族の奴らは来てくれるだろうし、零ってことはないだろ。
「わかったよ!後の準備は僕達に任せるとして、クロ達は大事な用事を済ませないとね」
「大事な用事?」
まだなんかあるのか?結婚式に関してはフェル達がやってくれるみたいだし、人間達に関することか?
まるでピンときていない俺を見て、フェルは心底呆れたという表情を浮かべた。
「大事なことあるでしょ?挨拶だよ、挨拶。家族に挨拶するのが常識でしょ?」
「あー……」
完全に失念してたわ。ってか、魔族もそういうのあるのね。つっても、セリスの両親は墓の下だし、挨拶するとしたらリーガルか……あの爺さん苦手なんだよなぁ。
「まぁ、筋は通さねぇとな。とりあえず今日はもう遅いから明日の朝、リーガルの屋敷に行くって事でいいか?」
「わかりました。お爺様はほとんど家にいるので問題ないと思います」
ちょっと緊張するけど、あの爺さんは反対とかしないだろ。俺とセリスが結婚するっていう噂を流していたくらいだし、既にアルカのことを孫同然に思ってるしな。
「……まさか、それで終わりじゃないよね?」
フェルがニコニコ顔で俺を見てくる。え?リーガルだけじゃないの?他にセリスに家族なんかいるのか?
咄嗟に俺がセリスに顔を向けると、セリスも少し困惑した顔で小さく首を左右に振った。セリスも心当たりがないようだ。だが、フェルは無邪気な笑みを浮かべ続けている。……いや、ちょっと待て。その顔は久しぶりに嫌な予感がする。
「当然、クロの家族にも挨拶しに行くよね?」
……はい、来た。無茶振りEX。
「……生憎だが、俺の両親はこの世にはいない。兄弟もいないし、爺さんと婆さんは大昔に死んじまった。だから、挨拶する奴なんていない」
「そんなことないよね?血のつながりなんか関係ない『家族』がいるよね?クロの育ったハックルベル……いや、『勇者の地』には、ね」
最後の言葉を聞いたセリスが勢い良くこちらに振り返る。対する俺は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
この野郎……やっぱり勘づいていやがったか。
してやったり顔の魔王をぶん殴りたい衝動を堪えつつ、説明をもとめるセリスの視線から目をそらしながら、俺は盛大にため息を吐いた。
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