第279話 悪役らしく生きるのも才能
国王軍が魔族軍に敗北。
その知らせは国王と、それに同行した猛者達が帰還した日に広まった。だが、詳しい内容は誰もわからない。参加した者達には箝口令が敷かれ、国の重役の話し合いが終わるまでは、一切戦いのことを口にすることは禁じられたからである。
その話し合いも、国王が城に戻るや否や可及的速やかに執り行われた。
集まった重鎮達は王の言葉を聞いて驚きを隠すことができない。その中でも、自分の兵器に絶対の自信があった大臣のロバート・ズリーニは全く信じられずにいた。Sランク冒険者と魔王軍幹部の衝突、新人勇者フローラの活躍、古代兵器の蹂躙、現れた魔王軍指揮官による人知を超えた魔法。まるで神話のような話の連続に、その場にいる者達は固唾をのんで王の話に耳を傾けていた。そして、最後に紡がれる衝撃の事実。
―――魔王軍指揮官の正体はクロムウェル・シューマン。
それを聞いて誰もが同じ反応を見せた。そんな馬鹿なことがあるのか、と。人間が魔族に加担するわけもなく、そもそもそんな化け物じみた力を持つ人間などいはしない、と。だが、真剣な表情で語る王の前に、誰もがその言葉を呑み込んだ。
王の話は続く。その内容は人間の敵になった男に関するもの。
マジックアカデミアに在籍しており、魔王襲撃の事件において、ただ一人の死亡者として処理されていた事。学生時代は目立った特徴もなかったが、あの大賢者マーリンが後継ぎとして目をつけていた可能性がある程の実力者である事。そして、勇者アルトリウス・ペンドラゴンの産まれた地である、ハックルベルの出身である事。
『勇者の地』の出身という所で場がざわつきを見せる。ロバートもその例に漏れずにいた。
一通り話すべきことを話し終え、「このことは翌日、国民にも発表する」という王の言葉を締めに、会議は終了となった。
あまりに衝撃的な話が多すぎて頭の整理がつかない重鎮達であったが、一人、また一人と会議室を後にする。なにやら考え事をしていたロバートは最後まで会議室に残り、しばらくしてから付き人の待つ待機部屋に足早に移動していった。
その日、ロバートは自身の私兵を引き連れ、王都マケドニアを出発したのであった。
*
獣が通るような道を、この景色に不釣り合いな豪華な馬車が進んでいく。その馬車を取り囲むように騎士達が歩いていた。その者達に一切の表情はない。夜通し歩きっぱなしだというのに、疲労の色も不満の影もまるで見て取ることができなかった。
そんな人間らしくない者達に守られた馬車の中には丸々肥えたこの馬車の所有者と従者が一人。従者の方は不機嫌そうな自分の主人をビクビクしながらチラチラと横目で見ていた。
「あ、あの……ロバート様?」
勇気を振り絞って従者であるルキが声をかけてみる。
「なんだ?」
不機嫌さを微塵も隠そうとしない声に、ルキはますます身をすくませた。
「え、えっと……これからどこに行くおつもりですか?」
「それを愚図なお前が知ってどうするつもりだ?」
「い、いえ……ただの興味で……」
「なら口を閉じていろ。お前と話していると疲れる」
「はい……」
ルキはしょんぼりと肩を落とし、顔を俯けた。
マケドニアを出てから早三日、なんの説明もなしに連れてこられたルキは爆弾低気圧のようなロバートとこの狭い客車の中で二人きりで過ごしている。初めの頃はまだよかった。先の魔族との大戦の愚痴を延々と言っていたからだ。無能な王のせいで負けた、だの、アイソンのバカが古代兵器の使い方を間違えた、だの散々な言いようではあったが、こちらも相槌を打っていればよかった。ちなみに、そのアイソンと仲間の研究者達は、ロバートが八つ当たり気味に無実の罪で投獄してしまった。同情を禁じ得ないが、いつか自分も同じ目に合うのではないかと思うと、恐怖を隠しきれない。
そんな恨み言も、一日もあれば言いつくしてしまう。そのため後の二日間はひたすら機嫌の悪いロバートと自分の間に生まれる重苦しい沈黙に耐え続けなければならなかったのだ。
一刻も早く目的地について欲しい。ルキの頭の中にはそれしかなかった。
その願いが通じたのか、それまで進み続けた馬車が突然停止する。慌てて窓から外に目を向けると、なんともみすぼらしい家が三、四軒見えた。こんなところが目的地なのか、と訝しく思っていると、ロバートがスッと立ち上がり、馬車から降りていったので、ルキも安堵の息を漏らしながらその後についていく。
降りた場所は本当に何もない廃れた農村だった。あるのは畑と小さい家畜小屋、それと台風でも来ようものなら一発で吹き飛んでしまうようなオンボロの家。おおよそ、ロバートのような国の重役が来る所ではないが、ロバートはズンズンと村の中へと入っていく。
馬車の到着に気が付き、家から出てきたのは三人の男。がっしりとした体形の二人は手に鍬や鋤を持っており、警戒心を露わにしながらこちらを見ていた。その中心にいるのは老人といっても差し支えない男。二人が守るように立っている所を見ると、おそらく村の長なのだろう。こちらも、左右に控える男ほどではないがこちらを見定めるような視線を向けていた。
その三人に、ロバートが遠慮なく近づいていく。
「私は大臣のロバートだ。お前がこの村の長か?」
「……そうです。国のお偉いさんがこんなしょぼくれた村に何の御用ですかな?」
口調は柔らかかったが、敬意が一切感じられない声音。その目を見て、ロバートが不服そうに鼻を鳴らす。
「随分態度が悪いな。まぁ、こんな片田舎に住んでいれば礼儀を弁えないのも道理か」
ピクリと反応した右に立つ男に村長が目を向け、小さく首を振った。男は苦々しい表情を浮かべながら、ロバートから視線を切る。
「……こんなちんけな村にいつまでもいるほど私も暇ではないのでな。率直に言おう。この村で生まれ育ったクロムウェル・シューマンが国家反逆罪の罪に問われている」
「「「「えっ?」」」」
三人が一様に大きく目を見開いた。ロバートの隣に立っていたルキも同様に驚いている。そんな連中を無視して、ロバートは言葉を続けた。
「そんな犯罪者を生み出したこの村も、嫌疑がかけられているのは言うまでもないだろう」
「ま、待ってくれ!クロムウェルが国家反逆罪!?何かの間違いだろ!!あいつは魔王に殺されちまったって聞いたぜ!?」
村長の左に立つ顔立ちの整った偉丈夫が思わず声を大にする。その男にロバートはつまらないものを見るような目を向けた。
「……貴様、名前は?」
「ティラノ・アルベールだ」
「アルベール……あの生意気そうなガキの父親か。子が子なら親も親というわけだな」
「なんだと……!!」
「やめろ!!ティラノ!!」
今にも襲い掛かろうとしたティラノをもう一人の男が羽交い絞めにする。
「離せ!!ゲインっ!!」
「離すか、馬鹿!!落ち着けっての!!」
息子を馬鹿にされ完全に頭に血が上っているティラノをゲインが必死に抑えつけた。その目はロバートの後ろに立ち、剣の柄に手を添えている騎士達に向けられている。
「ゲイン……ティラノを屋敷へ」
村長が静かに告げると、怒り心頭のティラノを引きずるようにしてゲインは家に戻っていった。
「……申し訳ない。大臣様の言う通り、このような山奥では礼儀作法など教える必要もないもので」
村長が深々と頭を下げる。だが、その声に申し訳なさは微塵も感じられない。
「ふん……あのような男の相手をしていても時間の無駄だ」
「そう言っていただけると助かります。……して、うちのクロムウェルが国家反逆罪で、この村が疑われていることはわかりました。と、いうことは、ロバート様の目的は我々を拘束することでしょうか?」
「そんなことは臆病者の王がやればいい。私はお前達に何の興味もない」
「臆病者……なるほど、では何の目的でこの村に?」
「勇者の遺物を献上しろ」
強い命令口調でロバートが告げると、村長の眉がピクっと反応した。
「……勇者の遺物とは?」
「隠し立てしてもためにならんぞ。この地が勇者アルトリウスの生誕の場所で『勇者の地』と呼ばれていることも、そのアルトリウスが残した国宝級の品が眠っていることも知っておるのだ」
「ふむ……」
ロバートの話を聞いて村長が静かに顎をなぞる。
「勇者の遺物かは存じませんが、代々勇者が用いていたと言い伝えられている品ならありますぞ」
「それだ。今すぐに出せ」
「目の前にございます」
「なに?」
眉をしかめるロバートに、村長は一歩身体を横にずらし、後ろにあったものを手で示した。
そこにあったのは恐らく剣。恐らくという言葉が付くのは、それほどに汚く、錆びついており、原形をとどめていないからだ。
そんな剣のような何かが地面に刺さっていた。
「……こんなゴミではない。もっとちゃんとした」
「これ以外、この村には何もありません」
ロバートの言葉を遮り、村長がきっぱりと告げる。それを聞いたロバートの顔がみるみる怒りに染まっていった。
「隠し立てしてもためにならん、と言ったはずだが?」
「正直に申しております」
あっけらかんと言い放つ村長に、ロバートが顔を歪める。
「……それならこちらで勝手に探すまでだ。おい」
ロバートがアゴをグイッと動かし指示を出すと、騎士達は無表情のまま歩き出した。そんな騎士達に村長がストップをかける。
「それは了承できませんな」
「了承だと?私が命令しているんだ。そんなもの必要ない」
「いえ、ここはオリバー王の直轄地。王の許可がない限り、荒らす事は許されません」
「なにぃ!?」
怒りが頂点に達したロバートが村長に掴みかかろうとしたところを、ルキが慌てて止めに入る。
「ロ、ロバート様!落ち着いてください!こ、今回はお忍びで来ているので、王の直轄地に手を出すのは流石にまずいです!」
「くっ……!!どけっ!!」
ロバートが力任せにルキをふりほどいた。だが、憤怒の表情で睨みつけるだけで、村長に手を出そうとはしない。ルキの言う通り、大臣とはいえ、王の直轄地にいちゃもんつけるのは事後処理が厄介なことになる。
「あ、あれはなんですか?あのレンガの積み上げられた祠みたいのは?もしかして勇者のお墓だったりします?」
なんとか話題を変えようと、ルキが村の端っこにあるドーム状の建築物を指差した。ロバートもイライラしながらチラリと目を向ける。
「……あれはただの窯です。もっとも、焼き物の知識もなかったので、誰かさんの修行場になってしまったが」
「はぁ……修行場ですか?」
「えぇ。……優秀な友の隣に立つために必死に足掻いていた男の爪痕ですね」
そう言うと、村長は懐かしむように窯を見つめた。ルキにはわからないが、あのなんの変哲も無い建築物は、村長にとって宝のようなものなんだろう。
「ルキ!そんなどうでもいい話などしておらんで、とっとと引き上げるぞ!」
「は、はいぃ!!」
村長と一緒になって窯を見ていたルキは、ロバートの怒声に飛び上がると、急いでそちらに走っていった。ロバートはルキを見ながら舌打ちすると、村長に鋭い視線を投げつける。
「いいか?今度は王の印が入った書状を持ってこの村にやって来る。その時は覚悟をしていろよ?」
「首を長くしてお待ちしております」
最後まで態度の変わらない村長を忌々しく睨みつけると、ロバートは乱暴に馬車へと入っていった。ルキも村長に一礼をして馬車に乗り込む。
ガラガラガラ……。
車輪が道を走る音だけが虚しく響き渡る。来た時よりも更に気まずい空気に、ルキはげんなりしていた。
「……おい」
村から少し離れたところで、ロバートは馬車を止める。何事かとルキが思っていると、ロバートは馬車の窓を開け、近くにいる騎士に指示を出した。
「日が沈み次第、村に火を放て。そして、勇者の遺物を探して私の所に持ってこい」
「えっ!?」
驚くルキを無視して、騎士の男は頷くと他の騎士達に指示を出し始める。それを確認し、ロバートは御者に馬車を走らせるよう促した。
「ロ、ロバート様!?いいんですか!?」
慌てふためくルキに、ロバートがうっとおしげに目を向ける。
「王の直轄地など関係ない。全て魔族のせいにすれば良いのだ」
「なっ……!?」
「正体が明るみになり、自分の弱点を暴かれたくない魔王軍指揮官が故郷の村を襲った。違和感のない物語であろうが」
目をパチクリとさせているルキを見ながら、ロバートは醜悪な笑みを浮かべた。これで勇者の遺物も手に入り、生意気な村民共を一網打尽にすることができる。少しだけ溜飲が下がったロバートと、当惑するルキを乗せ、馬車は来た時よりもゆっくりと帰路を走っていった。
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