第277話 結婚報告の恥ずかしさは異常

 セリスと別れ、一人になった俺はギガントがいるらしいアラモ砦にやって来た。数人の巨人達が砦の耐久をチェックしている。この前の人間との戦いで壊れたところの修復に来ているんだな。

 つっても、目立って壊れたところなんてない。矢とか流れ魔法とかも当たっていたはずなのに、流石はギガントと俺の友情の象徴だ。頑丈にできている。一番大きな傷は誰かさんが屋上に引いた刀傷だろう。……それに関しては誠に申し訳ないと思っとります、はい。


 俺に気が付いた巨人達が笑顔で挨拶してくるのに返事しながら、砦の周りをぐるりと一周する。だが、肝心なギガントの姿がなかった。


「ちょっといいか?」


「ん?なんだべ?」


 俺は石膏を壁に塗りたくっている巨人に声をかける。


「ギガントはここにいるか?」


「あぁ、棟梁なら中でお客さんの相手をしとるべ」


「お客さん?」


「んだ。会議室にいると思うべ」


 客?こんな砦に客なんか来るのか?まぁ、行ってみればはっきりすることだろ。


 俺は仕事の邪魔をしたことに詫びをいれてから、会議室に向かう。部屋に近づくと、なにやら楽しげな話し声が聞こえてきた。和気藹々としているみたいだし、面倒くさい客とかじゃなさそうだ。それならそのお客さんとやらが帰ってから出直した方がいいかもな。とりあえず、その旨だけはギガントに伝えるか。


「接客中、すまん。ギガント」


「むほー!やっぱりギガントのヌガーは天下一品じゃ!」


「"小さき火の玉ファイヤーボール"」


「ふんぎゃっ!!」


 俺は脊髄反射でその背の高い三角帽に向けて詠唱していた。俺の魔法を食らった魔女みたいなふざけた格好をしている少女が顔からヌガーに突っ込む。


「あっ、指揮官様じゃねぇべか。こんなところにどうしただ?」


「接客中じゃなくて接敵中だったのか。ギガント、もう安心しろ。害虫駆除は請け負った」


「むきー!妾は虫じゃないわい!!」


 勢いよく顔を上げると、蜜にまみれた顔でこちらを睨みつけてくる。なんでこいつが普通にいるんだよ。


「ここは魔族の砦だぞ?魔族の敵がいていい場所じゃねぇ」


「何を言っておるのじゃ?妾達は友じゃろ?あの戦いでも助けてやったではないか」


「知らんな。お前が助けたのはフローラさんであって、俺ではない」


「ふぇふぇふぇ、恩を感じなくなったら人間も魔族も終わりじゃぞ?」


「おーおー、年取ると説教臭くていけねぇな」


 俺はどうでもよさそうに空いている椅子に座ると、フライヤは蜜だらけの自分の顔を空間魔法から出した布で拭った。


「とりあえずこいつがいるからあんまり長居したくないってことで、さっさと用件伝えるかな」


「オラに用件?なんだべさ?」


「ふんっ!素直じゃないのぉ……」


 フライヤは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、再びヌガーに集中し始める。俺はフライヤを無視して、ギガントに目を向けた。


「えーっと、あれだ……っこん……になり……た」


「「えっ?」」


 二人が眉をよせながら耳に手の平を添える。


「だからぁ!!けっ……る……に……した」


「「えっ?」」


 今度は身を乗り出してきた。なんだよ、この羞恥プレイ!いざ言うとなるとめちゃくちゃ照れるんだけど!


「ちゃんと聞いとけよ!…………結婚することになりました」


「聞こえんのぉ~」


「"石飛礫ロックシュート"」


「ぎゃふぇっ!!」


 俺はニヤニヤ顔の性悪魔女に今度は少し強い魔法をお見舞いした。こいつには再教育が必要なのかもしれない。


「そりゃめでてぇだ!!」


 ギガントが満面の笑みで俺を祝福してくれる。やべっ、すげぇ照れくさい。


「前祝と言っちゃなんだが、今指揮官様にもヌガー持ってくるだ!」


「あっ、おい!ギガント!!」


 ギガントはそう言うと、俺の制止もきかずに会議室から飛び出していった。まったくあいつは……いいやつすぎるんだよ。


「いたたたっ……スキンシップにも限度ってものがあるじゃろ?」


 さっきの魔法で椅子から転げ落ちたフライヤが、立ち上がりながら恨みがましい目で俺を見てくる。何言ってんだ?調教スキンシップならこんなもんだろ。


「まぁ、ええわい。お前さんの素顔も拝めたことじゃし」


 フライヤが椅子に座りなおしながら、愉快そうに言った。やべっ、完全に仮面を被るの忘れてた。まぁ、正体はばれてっから今更感が強いけどな。


「まさか人間じゃったとはな……しかも、その若さで妾を超える魔法陣の腕……もしや、妾と同じように年齢をいじっとるのか?」


「紛うことなきティーンエイジャーだっつーの。ギリギリだけど」


「まったく……恐ろしいったらないわい」


 フライヤが紅茶を飲みながら、俺に鋭い視線を向けてくる。


「本当に恐ろしいのはその途方もない戦力を魔族に奪われた、ということじゃがな」


「……買いかぶりすぎだぜ、ばーさん」


「どの口がそれを言うか」


 フライヤは呆れたようにジト目を向けてきた。んなこと言われたって、あんまりよくわかんねぇしな。フェルだって俺と似たようなもんだし。


 そんな俺の考えを読み取ったフライヤが盛大にため息を吐く。


「……お主はもう少し自分の力を自覚したほうがいいのう。クロと魔王ルシフェルが手を組んだ時点で、人間達が勝利することなどあり得ぬ」


「そんな事ねぇよ」


 きっぱりと言い切った俺を見て、フライヤが眉をひそめた。


「……えらく自信を持って言うのじゃな。人間達がお主ら化け物二人を相手に勝てる見込みがあるとでも?」


「さぁな。だけど、そういう常識が通じないバカは知ってる」


「そのバカはお主より強いのか?」


「はぁ?俺が負けるわけねぇだろ」


「矛盾しておるではないか」


「そうだな」


 俺が軽い口調で答えると、フライヤが唇をへの字に曲げる。別にからかったつもりはないんだが、顔から察するにそうとったらしい。


「そうむくれんなって」


「煙に巻こうとしたお主が悪いのじゃ」


「それはお互い様だろ?ばーさんはセリスのことでなんか知ってるくせに、教えてくれなかったんだからな」


 俺の指摘に、フライヤは汗を垂らしながら目をそらし、ならない口笛を吹いた。誤魔化し方が化石なんだよ。


「別にもう聞く気はねぇよ。ただ、俺の場合はばーさんと違う。そういうバカがいるのは本当だし、そのバカに負けるわけがないのも本当だ……今はな」


「今……ということは、未来はどうなんじゃ?」


「負けるつもりはない」


「……なるほどのう」


 フライヤがニヤリと笑みを浮かべる。見た目的に子供が面白い悪戯を思いついたようにしか見えない。


「なら、そのバカとやらに未来を託そうかの」


「なんならばーさんがそのバカに成り代わって俺を倒してもいいんだぜ?」


「妾は魔族と戦うつもりはない。あるのは結婚式で出されるであろう、ケーキに対する興味だけじゃ」


「おい」


 なんでこのばーさんは出席するつもりでいるんだ?厚かましいことこの上ねぇだろ。


「ふざけんな。人間のあんたを呼ぶわけがねぇだろうが」


「固いことは言いっこなしじゃ!妾とお主の仲じゃろ?それに」


 フライヤが黒い笑みを浮かべる。


「元勇者の人間も出席するだろうしのう」


「なっ……!?」


 あまりの驚きに言葉を失う。なんでこのばーさんはアベルが魔族領にいることを知ってんだ?


 俺の反応を見て、フライヤが益々笑みを深める。


「その顔を見るに、妾の予想は当たっていたようじゃな。魔王軍指揮官もまだまだ青いのう」


 その言葉で気がつく。まんまとカマにかけられたことに。


「は、はめやがったな!」


「ふぇふぇふぇ、はめられた方が悪いのじゃ。尤も、蚊も殺せぬほど甘いお主が勇者アベルの命を奪えるわけもないし、それでも勇者が死んだという訃報が出たということは、王国の何者かの手によって殺されたか、どこか知らない場所にいるとしか考えようがないのじゃがな」


「……なら国のやつに殺されたんじゃねぇの?」


「お主は自分のせいで地位を失った知人の兄が殺されそうになっておるのに、黙って見ているような良い子じゃったかのう?」


 ……あー、もう。まじでやりづれぇわ。こういう土俵だと、年寄りに勝てる気がしねぇ。


 黙りこくる俺を満足気に見るフライヤ。いっそのこと襲いかかってきてくれねぇかな。完膚なきまでに叩きのめしてやるのに。


「とういわけで結婚式のケーキ、楽しみにしとるぞ〜!妾は腹一杯になったから帰るのじゃ。ギガントによろしくの」


 そう言うと、フライヤはさっさと転移魔法でこの場からいなくなる。残された俺はえも言われぬ敗北感に苛まれていた。

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