第276話 上手く話題を転換しても逃れられないことがある

 チョロニトr……ジルニトラと交渉(?)を終えた俺は、まだ遊び足りないというアルカを残して城に戻ってきた。さっそく報告しようとフェルの部屋に向かおうとした俺だったが、城の中を走り回るマキの姿を見つけ、気になったので声をかけてみる。


「おう、マキ。なんか忙しそうだな」


「え?あっ、セリス様!あと指揮官様も」


 おい、俺はついでか。なんで声のトーンが二度ほど下がるんだよ。


「こんにちは、マキさん。誰かお客様でも来ているのですか?」


 マキの他にもいそいそと働いている女中さんを見ながら、セリスが尋ねた。


「はいっ!ギー様とボーウィッド様、それとライガ様が見えてます!」


「ん?あいつらが?なんでだろ」


「またまた~旦那~。照れ隠しですかい?」


 マキが親父臭い笑みを浮かべながら俺の横腹を肘でつついてくる。なんだろう、めちゃくちゃ腹立つわ。とりあえずデコピンさせろ。


「いった~~~~~~!!」


「クロ様!もう……大丈夫ですか、マキさん?」


 セリスは俺のことをキッと睨みつけながら、おでこを押さえて蹲るマキに寄り添った。マキは涙目で俺に非難がましい視線を向けると、何とか立ち上がり、セリスに笑顔を向ける。


「セリス様!おめでとうございます!」


「えっ?」


 突然の言葉に呆気にとられるセリス。やばい、ちょっと強くデコピンしすぎたかも。


「マキ……ごめんな。俺のせいで元から悪い頭が更に悪くなってしまって……」


「失礼すぎるんですよ!この暴力指揮官!!あたしがおめでとうって言ったのは結婚の事です!」


 け、結婚!?なぜその事を!?


 驚く俺達を見て、マキは悪戯が成功した時のよう子供の様に嬉しそうに笑った。


「ルシフェル様から聞きましたよ!城のみんなはもうお二人の事、知ってると思います!ちなみに今来ている幹部のお三方もそれ絡みかと」


「……あいつ、色々と早すぎんだろ」


 俺が顔を顰めると、隣でセリスが大きくため息を吐く。まぁ、でも、俺達のためにやってくれていることだから文句は言えない。


「あいつらはどこにいるんだ?」


「多分、会議室にいると思いますよ?給仕長が飲み物をもっていっていましたし」


 会議室か。俺がさり気なく目くばせすると、セリスは微かに首を縦に動かした。


「マキさん、ありがとうございます」


「いえいえ!無茶ばかりするダメ指揮官ですが、よろしくお願いします!」


「……お前は俺のオカンか。つーか、もう一発喰らいたいようだな」


 デコピンの素振りをする俺を見て、ヒッと小さく悲鳴を上げると、マキは脱兎のごとく逃げていく。ちっ……逃げ足の速い奴め。


 まぁ、いい。今はあのバカに構っている場合じゃない。とにかく会議室に行かねぇと。


 セリスと二人で場内を急ぎ足で歩き、目的の場所に着いた俺が会議室のドアのぶに手を伸ばしたところで、中から話声が聞こえ、その手がピタリと止まった。


「絶対セリスの方からプロポーズしただろ。ヘタレの指揮官様が自分から言うわけねぇ」


「情けねぇな、あのバカは。漢だったらがつんと言ってやりゃいいんだよ」


「うーん、どうだろう。セリスもあぁ見えて奥手だからねー。じゃなかったら、もっと早くに二人は付き合ってたでしょ?」


「……確かに……セリスは慎重派ではあるな……」


「慎重派っていうか堅物なだけだろ?この前の飲み会だってクロにべたつきたかったのにマリアがいる手前、めちゃくちゃ我慢してるみたいだったもんな」


「……あの飲み会の話はすんじゃねぇ」


「そういや誰かさんは手を出しちゃいけない奴らに喧嘩売って、次の日死んでたっけか?」


「……次の日死んでたのはフレデリカも同じだ……いや、フレデリカは次の週まで、か……」


「とにかく初心うぶなんだ、あの二人は。ガキみたいな恋愛しやがって。未だに手をつなぐときに顔を赤らめてるんだぜ?」


「色欲の悪魔が聞いて呆れるな!それならどっちが告ったか本当にわかんねぇぜ!」


「あーぁ、プロポーズの現場にいたかったなー。クロもセリスも面白い顔してたって、絶対」


「魔王様の言う通りですぜ。ピエールに映像が保存できる魔道具を借りときゃ良かったな。そうすりゃ永久保存版として他の魔族の連中に―――」


 バターンッ!!


 乱暴に開けられる何の罪もない扉。集まる視線。そして、それは怒りにまみれる俺の顔から、静かに微笑んでいる金髪の美女にシフトしていく。


「……というわけで、魔の森の整地をしていきたいと思うんだ」


「なるほど。ですが、あそこはドラゴンの巣窟になってるから作業は難航しますぜ?」


「はんっ!そんな奴らぶっ倒せばいいだろうが!」


「……木の伐採は俺達が担おう……」


 ほほう。あくまで白を切るつもりか。


「と、みんな真面目に話し合いをしているように見えるけど、セリスさんはどう思いますか?」


「そうですね……盛りのついた獣は去勢するのが最適かと」


 とても優しい声だ。慈しみにあふれている。はて、目の前にいる四人の男が冷や汗をダラダラ流しながら震えている気がするけど、なぜだろうか?


「は、早かったじゃないか!ド、ドラゴンの方は何とかなったの?」


「おかげさまでな、一ヶ月は自分の家に引きこもってるだろうよ」


 俺が至極不機嫌な声で告げた。だが、フェルは俺なんか見ていない。先生の顔色を窺う悪ガキ張りにセリスのことをチラチラと見ていた。そうですよね、俺なんかよりよっぽどおっかないですよね。くそが。


「……他の幹部は?」


「ピエールには言ったんだけど、結婚式用の魔道具を作るって言って街に残ってるよ!」


 俺が仕方なく話題を振ると、フェルは助かったとばかりにホッと安堵の息を漏らす。


「ギガントとフレデリカは?」


「ギガントは街にいなかったからまだ言ってないんだ。多分、砦に行ってるだろうから後で伝えようと思っていたところだよ。それとフレデリカは……」


 フェルが意味ありげな視線をセリスに向ける。


「セリスが直接言った方がいいかなって思って。……マリアに言ったときに失敗した、って後悔したからさっ」


「そう、ですね……」


 セリスが僅かに表情を曇らせ、目を伏せた。そうか……そうだよな。


「なら、今から俺はギガントの所に行ってくる。セリスはフレデリカの方を頼めるか?」


「わかりました」


 少しだけ緊張感を帯びた声。俺はそれに気が付ない振りをして、フェルたちに背を向ける。


 セリスはフェルに向き直ると、丁寧に頭を下げた。


「お気遣い感謝いたします」


「いや、まぁ……魔王だからね」


 フェルが朗らかな笑みを浮かべる。セリスも少しだけ口角を上げると、俺の後を追って会議室の扉をくぐろうとした。だが、そこでセリスの足が止まる。


「そういえば、さきほど興味深い話をされていましたね」


 ピシッ。


 完全にその話は流れた、と油断していた男達の間に張り詰めた空気が流れた。セリスはそんな奴らにとびっきりの笑顔を向ける。


「……次はありませんから」


 高速で首を縦に振る四人。そんな馬鹿達を扉の外からこっそりのぞき込む俺。……やっぱりセリスを怒らせるのはあかんってことを再認識したわ。

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