第273話 コーヒーと砂糖を1:1で入れる自分は甘党
フェルの部屋まで来た俺はノックもそこそこに中へと入って行く。部屋ではフェルがコーヒーを片手にソファに座りながら寛いでいた。
「来たぞ」
「やぁ、クロ。しっかりと身体を休めたみたいだね」
フェルがニコニコと笑いかけてくる。相変わらずイケメンだな。優雅な休日を過ごす貴族の絵みたいだ。すごく気に入らないです、はい。
とりあえずフェルの対面に座り、出されたコーヒーをすする。にげぇ、苦すぎる。誰か砂糖とミルクを持ってきてくれ。ダッシュで。
「お子様のクロの口には合わなかったかな?」
「うるせぇ。それより話ってなんだよ」
「せっかちだなぁ……偶には上司とゆっくり世間話をしようとか思わないの?」
「残念ながら俺にそんな無駄な時間を過ごす暇はない」
フェルと世間話するより、一つの茶碗に何粒の米が入っているのかを数えていた方が有意義な時間の使い方と言える。
「はぁ……相変わらず敬意を感じないなぁ。この前の戦いで命を助けてあげたっていうのに」
「俺もバカみたいに死のうとしたどこぞの魔王を助けたんだから、おあいこだっつーの」
俺が転移魔法を使わなかったら、"
「それを言われると困っちゃうな。……しょうがないね。じゃあ、真面目な話をしよっか」
やれやれと頭を振ると、フェルは自分のカップを空間魔法に収納した。
「さて、と。クロに話そうと思ってた事は二つあるんだけど、まずは重要度が低い方だね。これから人間達をどうするのかって話」
えっ?それが重要度の低い事なの?むしろそれより重要なことなんかある?
「それに関してはやっぱり魔王であるお前が決めるべきだろ」
若干狼狽えながらも、なんとか平静を装いつつ答える。
「そうだね。でも、魔王軍指揮官でもあり人間でもあるクロの意見は聞きたいから、僕の話を聞いた後にコメント頂戴」
そう言うと、フェルは自分の考えを話し始めた。何か思うところはあっても終始口を挟まずにフェルの話を聞く。
しばらく聞き手に回っていた俺だったが、フェルの話が終わった頃合いで口を開いた。
「なるほどな……それで?お前は人間側に何を要求するつもりなんだ?」
「恒久的なお互いの領土不可侵と対等な交易、かな?」
「そらまた、随分と無理難題をおっしゃる。流石は魔王様」
どちらか一方ですら実現が難しいってのに、それを二つとか。夢物語にもほどがある。
「茶化さないでよ。僕だってずっと続くとは思わない。ただ、戦争の抑止力にはなるでしょ?」
「まぁ、たしかに……」
領土不可侵は直接的、交易は間接的に戦争回避の理由にはなるな。交易を確立させちゃえば、おいそれと喧嘩なんか売れなくなるだろうし。
「……すげぇいい案とは思えないけど、いいんじゃねぇか?」
「本当?」
「あぁ。ってか、それ以外の良案も思いつきそうにないしな。……ただ一つ条件がある」
「条件?なに?」
フェルが興味深そうな目を向けてくる。俺は僅かに肩をすくめながらその条件を言った。それを聞いたフェルがわかりやすく眉をひそめる。
「……それってなんの意味があるの?」
「なーに、そっちの方が相手にとって不足なしって事だ」
「……わかった。いいよ、それでいこう」
なんとなく納得がいってないフェルだったが、了承してくれたようだ。これであのバカが何もしてこないんだったら、それでもいい。ただ、魔王軍指揮官の正体が俺だってはっきりした今、指を咥えて大人しくしているような殊勝なやつじゃないはずだ。
「んじゃ、俺は魔の森の安全を確保してくるよ」
「そんなことできるの?」
「自称・竜の王を名乗っているやつに頼んでみる」
「あぁ、そっか。クロはエンシェントドラゴンに会ってるんだもんね」
見た目だけ厳しいだけだったけどな。その中身はただの寂しがり屋のぼっち竜。
「お前の考え通りにするつもりなら、森を少し整地しないといけないんじゃねぇか?」
「手塩にかけた森だったんだけどね、盛り上げるためなら致し方ないよ」
「まるで遊びだな」
「人生楽しまなきゃ損でしょ?」
フェルが無邪気な笑みを向けてくる。そういやこいつはこういうやつだったな。なにより楽しいことが最優先。
「一つ目の話はわかった。次はこの話よりも重要だって話を聞こうか?」
「うん、わかった」
フェルがその顔から笑みを消し、真剣な表情を浮かべる。これは……かなりヤバそうな雰囲気だな。凶報なんてレベルじゃねぇ。間違いなく俺にとって便益をもたらすことの話ではないって事だ。
名刀を思わせるその鋭い眼光を真正面から受け、俺はゴクリと唾を飲む。フェルは大きく息を吐き出すと、その重くるしい口をゆっくりと開いた。
「クロとセリスの結婚式はいつにする?」
「………………ほえ?」
多分、今の俺は物凄いアホ面をしているだろう。
そんな俺には御構い無しで、フェルは難しい顔をしながらコメカミをトントンと叩く。
「流石にあれの前にはやりたいよね。場所は城の中庭で、って思ったけど、かなり人が来そうだから城門前の方がいいかな?衣装はフレデリカなら数日で作ってくれるよね。後は呼ぶ面子だけど……魔王軍指揮官と幹部の結婚だからなぁ……盛大にやらないといけないし……面子は僕が決めてもいい?」
なんかフェルがブツブツ呟いてるけど、全然頭に入ってこない。許可を得ようとこっちを見てくるフェルを呆けながら見ていた俺だったが、少しずつ頭への血の巡りが回復していった。
「……なんで知ってんだ?」
落ち着け、俺。冷静に状況を判断するんだ。
「魔王だから」
即答ですか、そうですか。
「まだマリアにしか言ってないけど、みんなに広めちゃっていいよね?」
マリアさんには言ったんですか、そうですか。って、言ったのかよ!もう冷静でいるとか無理だろっ、これぇ!!
「何勝手な事をしてんだよ!!」
「とりあえず幹部達はすぐに集めて結婚式組と森の整地組に分けなきゃいけないね」
「いやっ!人の話聞けっての!!」
声を荒げる俺を完全にスルー。
「結婚式組は衣装班のフレデリカと食事関係でギーだね」
「だから……!!」
「整地はギガント、ライガ、ボーウィッドが最適かな?」
「ちょっと俺の話を……!!」
「牧師さんは……どうしようかな?魔族は神に祈らないけど、クロは人間だし」
まったく聞く耳持たず。ふざけんじゃねぇ!
「おい!フェル!!いいかげん───」
「君達二人を祝福しちゃ悪いのかな?」
さも当然とばかりに告げられた言葉。真っ直ぐに俺の目を射抜いてくる真紅の瞳。
マジなトーンで言われて思わず口ごもる。フェルの顔からはいつものふざけた雰囲気が微塵も感じられなかった。
「……トラブルばっかりの困った指揮官。それを隣で支える美人秘書。そんな二人の晴れ舞台を僕達が本気で祝おうとしたらダメなのかな?」
魔王を思わせるような凛とした表情でフェルは言う。
…………そんな顔で言われたら何にも言い返せないだろうが。
俺はくしゃくしゃと頭を掻き毟ると、フェルに背を向けた。
「……そっちは任せる。セリスが喜ぶような式にしてくれ」
「言われなくても最高の式にするつもりだよ」
「……さんきゅ」
小声で感謝の言葉を告げると、フェルの部屋から出て行く。そのまま急ぎ足で小屋へと向かう俺の口角は僅かに上がっていた。
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