20.俺がみんなに祝福されるまで

第272話 女子が見舞いに来てくれる確率は天文学的数字

 俺は今、魔王城を囲むように広がっている魔の森、その奥地に来ていた。まぁ簡単に言うと、あのエンシェントドラゴンのジルニトラが住んでいる所だ。つっても、今回は俺一人じゃない。


「ジルさんの背中を滑るのってすごい楽しいの!!」


『そうかそうか!もっと滑って良いぞ!』


 シートに座りながら俺は和気藹々としている伝説の龍と愛娘をぼーっと眺めていた。隣には驚きの連続で疲れきった表情を浮かべながら、静かにお茶をすすっているセリスがいる。なんかすげー平和だなぁ……。


 なんでこんなことになったかって言うと、その理由を説明するには少し前の話をした方がよさそうだな。


 人間達との戦いを終えた後、俺は問答無用で魔王城にある医務室に入院させられた。いや、確かにかなりボロボロでヘロヘロだったんだけど、入院するほどじゃないだろーってセリスに言ったら、めちゃくちゃ怖い顔でベッドに放り込まれたんだ。あのセリスに逆らうことなんて出来ない。


 魔族達が勝利したってことで、すぐに祝勝会みたいのが城で行われていたんだけど、未来の鬼嫁が許してくれるわけもなく、俺はもちろん不参加。外から聞こえる楽しそうな声を聞きながら一人枕を濡らしていると、ボーウィッドとギー、それにライガが酒持ってきてくれたんだ。テンション爆上がりでそのままどんちゃん騒ぎ!ってなるはずだったんだけど、微笑を携えたセリスが現れてさ。その途端、野郎どもが酒とか料理とかを抱えてそそくさと医務室から出ていっちまった。男の友情なんてそんなもんさ。


 まぁ、でもほとんど一日中セリスが看病してくれたし、アルカも来てくれたしで寂しくはなかったな。翌日には他の幹部達も手土産片手に見舞いに来てくれたし。自分の人望の厚さに感動したわ、まじで。


 そんなこんなで心配性の恋人に病室に缶詰にされて丸一週間、やっとの思いで退院の許しを得た俺が着替えとかしていると、病室に青髪ボブカットの美少女天使がやってきた。


「クロ君っ!!」


 俺の姿を見るや否や、目に涙を浮かべて抱きついてくるマリアさん。俺超テンパるの巻。


「マ、マリアさん!?」


「あっ、ご、ごめんなさい!」


 マリアさんが顔を真っ赤にさせながら俺から離れていく。うーん、もう少しその柔らかな感触を楽しんでもよかったかなー残念残念!……って、バカか俺は。そんなことしようもんならベッドの横にある椅子に座ってる悪魔によって、再び病院送りにされるわ。


「セリスさんもお久しぶり!」


「えぇ、お久しぶりです」


 セリスが柔らかい笑みを向ける。よかった、とりあえずジェラシーの悪魔にはならずに済んだようだ。


「本当はもっと早くに来たかったんだけど、あんな事があった後だからってお父さんが許してくれなくて……」


「あー……まぁ、そうだよね」


 戦争してたんだもんな。寧ろ、今ここにマリアさんがいる事が驚きだよ。良くブライトさんが許したな。


「本当に心配で心配で……でも、クロ君の無事な姿を見たら安心しちゃった!」


 マリアさんが微笑みながら目元を指で拭う。そんなマリアさんにセリスが笑いながらハンカチを渡した。


「この人はそう簡単に死にませんよ。生命力はゴキブリ並ですから」


「くすっ、そうだね!……クロ君は死んじゃったりしない」


 なんとなく褒められている気がしないのは俺だけでしょうか?まぁ、いい。重要なのはマリアさんが俺の事を心配して駆けつけてくれたって事だ。見たか、レックス!俺にも女子がお見舞いに来てくれるんだぞ!?……昨日、俺の包帯まみれの姿を見て爆笑したマキには容赦なく脳天チョップをかましてやったけどな。


「それにしても、結構目立っちゃったみたいだね」


「え?」


「昨日、城から発表があったよ?魔王軍指揮官の正体について」


 まじか。フローラさんにもばれてたし、派手に暴れたし、覚悟はしていたけど、大々的に俺の名前が公布されるとくるもんがあるな。

 これで、俺が国家反逆罪で手配されるのは確定か。それはどうでもいいんだけど、前にマーリンのジジイが言ってた事が気になる。俺の周り……つか、ハックルベルの村が心配だ。あのロバートとかいう豚が何かしら手を出してくる気がしてならない。


 難しい顔をして考え事を始めた俺にマリアさんが笑みを向けてきた。


「それと、フローラの事を助けてくれたんだってね。ありがとう」


「フローラさん?……あれは助けたっていうのか?」


 むしろやり合ってたんだよなぁ。いや、やり合ってたんじゃなくて、因縁つけられたって方が正しいか。俺はほとんど手を出してないし。


「フローラがすごく悩んでたよ?アベルさんの命を奪ったクロ君がなんで自分なんかを助けてくれたんだって。……本当の事を言えないのが辛いね」


 マリアさんが寂しげに笑いながら目を伏せる。


「あいつが言ってた事は正しいからな。国から命を狙われたアベルが生きてたって知れたら、また誰かを差し向けるかもしれない。それに、その事実を知ったフローラさんが黙っているとは思えない……俺みたいにお尋ね者にするわけにはいかねぇしな」


「そうだね……フローラなら国よりもアベルさんをとると思う」


 兄貴の仇を討つために戦争に参加するぐらいだからな。まぁ何だかんだ優しい人だから、俺の事を殺せなかったけど。もしフローラさんが本気だったら、俺がデーモンキラーから守るためフローラさんを抱えていた時に、いくらでも剣を突き立てる事が出来たからな。


 ふと、何かを思い出したようにマリアさんが手をポンと叩いた。


「そうだ!さっきルシフェルさんに会ったんだけどクロ君の事呼んでいたよ!」


「フェルが?」


「うん!部屋で待ってるって!」


「そうか……なら、ちゃちゃっと行くか」


 俺は起き上がりながら台に置いてある黒コートを取り、袖に手を通す。同時に立ち上がろうとしたセリスにマリアさんが目を向けた。


「あっ、セリスさんは行かなくていいと思う。クロ君と二人きりで話したいらしいから」


「えっ?」


 少し驚いた様子のセリス。俺も驚いた。フェルに呼び出される事はたまにあるけど、二人っきりってのは今までなかったぞ。なにやら不穏な空気を感じるんだけど。


「フェルがそう言うならしょうがないな。ちょっと行ってくるわ」


「……わかりました。ここを片付けたら家でお待ちしております」


 少し不安げなセリスと笑顔で見送るマリアさんを残し、俺は医務室を後にした。





 クロが出て行くと、セリスはテキパキとクロが寝ていたベッドを綺麗に直し始める。そんなセリスをマリアは静かに見つめていた。


「マリアさんはお昼を食べましたか?そろそろアルカも帰ってくると思うので、一緒にどうですか?」


「あっ……一緒に食べたいんだけど、これからアウトストリートのマルクさんとこれからの商売について色々話さないといけないんだ……」


 心底残念そうにマリアが答える。この前の戦争で人間と魔族の関係は確実に悪化した。これまで以上に魔族に接触を図ろうとする人間の取り締まりが厳しくなるだろう。そのため、国から隠れて交易を行なっているマリアとマルクが話し合いを行うのは当然のことである。


「それならば仕方がないですね。またいつでもご飯を食べに来てください」


「うん、ありがとう。……そういえば、セリスさん?」


「はい?」


「クロ君と結婚するんだってね」


 セリスの布団を畳む手が止まった。勢いよく顔を上げると、マリアがこちらに優しく微笑みかけている。


「おめでとう」


「……ありがとうございます」


 マリアの声には祝いの気持ちが存分に込められていたが、セリスの表情は晴れない。それもそのはず、マリアがクロに抱く気持ちをセリスは知ってしまっているのだ。僅かに心が痛んでしまうのは仕方がないこと。


「そんな顔しないで。私はクロ君の隣で支えてくれるのがセリスさんで本当に良かったって思ってるよ?」


「マリアさん……」


「クロ君を不幸にするような人なら、私もフレデリカさんみたいにクロ君を奪おうとしていたかもしれない……でも、セリスさんなら私も安心だよ」


 マリアが悪戯っぽくウインクする。それを見たセリスが少しだけホッとしたように笑った。


「ありがとうございます。あの人を不幸になんて絶対しませんから」


「……うん」


 ゆっくりと首を縦に振るマリア。心の底から二人を祝福しているのは本当の気持ちだった。ただ、少しだけ寂しい気持ちがあるのも事実。そして、その事はセリスもなんとなく察していた。

 だが、それを感じさせないように振る舞おうとするマリアの優しさ。それを一身に感じたセリスは、心の中でマリアに深く感謝するのだった。

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