第255話 軍を率いる者は見切りが肝心

 アニマルフォーゼを行使したライガはまさに野獣の様に暴れまわっていた。さっきまでは上に立つ者として守ることを主に置いた立ち回りを余儀なくされていたのだが、本来、ライガのスタイルは攻めて攻めて攻めまくること。溜まった鬱憤を晴らすかのように拳を振るっていた。


「おらぁ!!ぶっ殺されてぇ奴からかかってきやがれ!!」


 騎士の一人を掴み投げながら声を張り上げる。ライガの通った後には倒れた人間達の山が積みあがっていた。その人ならざる力を目にした周りの者達は完全に及び腰になっている。


「なんだよ……根性のあるやつはいねぇのか!?」


 ライガが睨みつけるが、前に出る者はいなかった。ライガはつまらなさそうに舌打ちすると、再び人間達に向かって行こうとする。


 そんなライガに突っ込んでくる一人の少女がいた。


 緑の髪をたなびかせ、美しい剣をその手に持つ勇者。フローラはまっすぐにライガを見据えながら、一直線に斬りかかった。ライガは僅かに身体をずらし剣を躱すと、突っ込んできたフローラに蹴りを放つ。フローラはそのまま剣を盾にし、ライガの攻撃を防ぐと、くるりと一回転して地面に着地した。その姿を見てライガが顔を顰める。


「けっ!ようやく骨のあるやつが出てきたと思ったら、まだガキじゃねぇか!!……って、てめぇどっかで会ったことあるか?」


 緑の髪に僅かに吊り上がった目。会ったことがあるわけもないはずなのに、その面影には見覚えがった。


「……悪いけど、私に猛獣の知り合いはいないわ。それにガキでもない」


 フローラはライガに鋭い視線を向けながら剣を構え、地面を踏みしめる。


「私はフローラ・ブルゴーニュ。魔族を倒す勇者よ」


「……勇者だぁ?」


 こちらに振り下ろされる剣を見ながら、ライガが静かな声で呟く。


「こんな小娘が人間様を代表する勇者だって言うのか?」


「その小娘にあなたは負けるのよ!!」


 そう言って全力でこちらに剣を振るうフローラをライガはじっくりと観察していた。フローラは攻撃しながら組成していた中級魔法ダブルの魔法陣を発動する。


「”炎の銃弾フレイムバレット”!!」


 自分目掛けて飛んで来る炎の弾を手ではじきながら、後ろに下がったライガに、フローラは間髪入れずに追撃を行う。


「……これが勇者の力だって言うのか?」


 名刀に勝るとも劣らない頑丈な爪で剣を受けながら、ライガが退屈そうな声を出した。剣の扱いは素人に毛が生えた程度、魔法陣の腕も並み。魔族が揃って震えあがる勇者だとはどうしても思えない。

 フローラの猛攻を難なく凌いだライガは剣もろともその身体を吹き飛ばした。フローラは想像以上の怪力に驚きながらも、なんとか受け身を取ってライガの方へと顔を向ける。


「勇者ってやつと戦ってみたかったんだが、こりゃ拍子抜けみたいだな」


「……なんですって?」


「悪いことは言わねぇからさっさと家に帰って大人しく部屋に閉じこもってろ。てめぇに戦場はまだ早えぇ」


 フローラは眉を寄せると、ライガの顔をキッと睨みつけた。そして、剣を下に向け身体中に魔力を滾らせる。


「そんなに見たいのなら見せてあげるわ。……勇者の力をね!」


 フローラの手の甲にある紋章が光を放ち始めた。さっきまでとは明らかに違う魔力の質に、ライガの身体がピクっと反応する。


「“正義の心ブレイブハート”!!!」


 身体から蒸気のごとく噴き出した白い魔力がフローラの身体を包んでいった。魔法陣もなしに発動された魔法、その溢れんばかりの生命力を目にしたライガが、ニッと鋭い牙を見せて笑う。


「なるほど……こいつが勇者ってやつか」


「やっとわかってくれたかしら」


 フローラはゆっくりと剣を持ち上げた。それだけで周囲に風が巻き起こる。


「あなたに興味はないの、どいて頂戴。用があるのは魔王軍指揮官なんだから」


「魔王軍指揮官?魔王じゃなくてか?」


「……その後に魔王もきっちり倒すわよ」


 フローラがレーヴァテインの切っ先をライガに向ける。それを見ても、ライガの顔から笑みが消えることなはい。


「いい?あなたを相手にしている暇はないの。邪魔するなら容赦しないわよ」


「はんっ!少しは楽しめそうってことだな」


 ライガが自分の身体に三重の魔法陣を刻み込む。人間を殺さないと決めているライガは今まで身体強化バーストを使用してはいなかった。それもそのはず、クロの様にバカげた強化のできる人間でなければ、身体強化バースト込みのライガの攻撃に耐えられるわけもなかったからだ。だが、目の前の敵は違う。得体のしれない力を放つこの少女であれば、本気を出しても、問題ないと判断したのだ。


 二人のオーラがぶつかり合う。周りの者達は勇者の力を解放したフローラと上級トリプル身体強化バーストを施したライガを前に、飛ばされないように立っているのがやっとの状態だった。


「……一筋縄ではいかないようね」


「すぐには壊れてくれるなよ!遊び相手がいなくなっちまうからなっ!!」


 静かに相手を見据えるフローラに対してライガは昂る気持ちを隠すつもりもない。両者とも身体に力をこめると、同時に相手へと向かっていった。



 魔族との戦いが始まって数時間、監視塔に控えるオリバー・クレイモアは冷静に戦場を観察していた。


 戦況は明らかに人間側の不利に傾いている。


 期せずして始まった戦いであったが、序盤はこちらが優勢に戦いを進めていた。こちらに比べて過少ともいえる人員、その数で砦を守らなければならない状況。このまま押し切れるかと思った矢先、現れた援軍によって大勢は一気に逆転した。


 冒険者の中でも突出した力を持つ三人のSランク冒険者が、それぞれ魔族の幹部にその足を止められている。しかも、分がいい戦いをしているとはお世辞にも言えない。

 人間側の切り札である勇者のフローラですら、戦場の中心で最初から暴れまわっている獣人の男に苦戦を強いられている。


 大量に集められた戦士のうち、四分の一程が倒れているのを確認しながら、オリバーは後ろにいるアイソン・ミルレインに声をかけた。


「アイソン、準備は出来ているか?」


「……それは古代兵器の事ですか?」


「あぁ、そうだ」


「王のご命令があれば、いつでも出せるようにしてあります」


 オリバーはゆっくりと目を閉じると、思考を巡らせる。いくつもの策が浮かんでは消えていき、この劣勢を打開するには他に打つ手が思いつかなかった。オリバーは自分を警護している騎士達に鋭い視線を向けた。


「……戦場に伝令を回せ。迅速に倒れている者を保護し、各自監視塔まで後退すように」


「はっ!直ちに!!」


 敬意を表するや否や、騎士達は監視塔の階段を駆け下りていく。オリバーはそれを見届けると、アイソンに向き直った


「そして、アイソン」


「はい」


 オリバーに目を向けられたアイソンは薄い笑みを浮かべる。


「戦士達の撤退が済み次第、古代兵器の一部を戦場に出撃させるのだ」


「一部ですか?」


 僅かに眉を上げたアイソンに、オリバーは当然とばかりに頷いて見せた。


「信用はしているが、一応古代兵器が安全かどうかをこの目で見定めたい。全てを繰り出すのはその安全性が確認できてからだ」


「……御意に」


 アイソンは静かに頭を下げると、さっさと古代兵器のある場所へと移動していく。そんなアイソンの後ろ姿から戦場へと視線を戻したオリバーは、立ち昇る戦塵を見ながら何かを考えるように自分の髭をなぞった。

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