第256話 殿は命を落とす覚悟で挑め

 戦闘にはほとんど加わらず、けんの姿勢を貫いていたギーは、人間達の動きに違和感を感じていた。これほどまでに大規模な人材を動員した人間による襲撃を経験したことがなかったギーは、この人数差が戦況にどう響くか不安に感じていたが、今までの流れを見る限りそれほど問題はなさそうだった。


 やはり人間と魔族、もって生まれた力に違いがある。何人か注意をしなければいけない人間はいたが、それ以外は烏合の衆と言っても過言ではない。その要注意人物達も幹部達がしっかりと相手をしていたため、戦況は盤石になりつつあった。


 このままならこちらの勝ちは揺るがない、そう考えたギーは特に指示を出さずに、戦いを見守っていた。そんなギーの目の前で、人間達は新たな行動を起こす。


 まだ動ける者達が戦闘不能になった味方達を回収し、前線を下げ始めたのだ。


 確かに、どう贔屓目に見ても今の状況は魔族が優勢。だが、あまりにも見切りが早すぎる。結構な数の人間が魔族に倒されたとはいえ、まだまだ物量の差は覆しようもない。数で勝る人間達に勝ち目があるとすれば、絶え間なく攻め続けこちらを疲弊させること。それが実力差を覆すことができる唯一の方法のはずだった。にもかかわらず、人間達は迷いもなく撤退している。


 ここは様子見に徹するべきだ。


 そう判断したギーは下がる人間達を追うようなことはせず、砦に集まるよう指示を出した。


 続々と戻ってくる魔族達を見ながら、ギーはこちらの被害状況を確認する。多少傷ついてはいるが、戦闘続行が困難な者は皆無であった。とりあえず、相手が何か動きを見せるまで、砦よりも後方に待機させておく。


「おぉギー。すまねぇだ、逃げられちまったべ」


「あぁ、いやギガントのおかげで助かったよ。あの女をほっておくとこちらに甚大な被害が及びかねなかったからな」


「そうか。そう言ってもらえるとよかっただ」


 ギガントはホッとした様に笑いながら、砦の入り口の前に胡坐をかいた。ギーは帰還する魔族達に目を戻すと、こちらに近づいてくる白銀の鎧に気が付く。


「おう、ボーウィッド……かなり激しくやり合ったみたいだな」


 ギーが手を挙げると、前からやってくるボーウィッドも片手をあげて応えた。その鎧には無数の刀傷が刻み込まれている。


「……あぁ、なかなかの使い手だった……途中でどこかに行ってしまったがな……」


「お前の相手もかなり手強そうだったからな……で?お前の方はどうだったんだよ?」


 ギーが後ろに目を向けると、いつの間にか青肌の美女が不服そうに砦を背もたれにして立っていた。


「……何か言いたそうね?」


「いんや?ただ楽しそうにじゃれ合ってるようにしか見えなかったからな」


「その通りなんだから仕方がないじゃない」


 不機嫌になりながらフレデリカがプイッとそっぽを向く。同じ幹部として、フレデリカの実力は把握しているギーは彼女が全く本気を出していないことは丸わかりだった。加えて、フレデリカが相手をしていた魔女のような少女もやる気がないように見えたのだ。


「……何者なんだ?」


「さぁ?クロの知り合いらしいわ。後は名前がフライヤ・エスカルドって事しかわからないのよ」


「おぉ!フライヤもいただか?」


 フレデリカとギーの視線が同時にギガントへ向く。


「まさかとは思うが、ギガントはあの少女を知っているのか?」


「んだ。フライヤは砦の手伝いをしてくれたんだべ」


「砦の手伝いを?」


「最初は砦を破壊しに来たべが、指揮官様が罰してくれたんだべさ」


「あー……だから、あんなにもクロに対して怯えてたのね」


 フレデリカが納得した様に頷いた。クロと戦い、その力を目の当たりにしたのであれば、敵に回したくないというのも理解できる。


「それで戦争ごっごに興じてたってわけか」


「そういうこと。まぁ、でも敵に回したら厄介だったわよ、あの人」


 魔法陣に精通しているフレデリカはフライヤの実力を肌で感じ取っていた。おそらく、人間の中でもトップクラスの魔法陣士には間違いない。


「おいおいおい!どういうことだ!?人間達が引き上げていっちまったぞ!?」


 そうこうしているうちに最前線で戦ってたライガが砦へと帰ってきた。


「……うるさいのが来たわね」


「あぁ!?なんだと!?」


「はいはい、お疲れさん。で?お前の所までは遠くて良く見えなかったんだが、どんな感じだ?」


 ギーはフレデリカに眉を釣り上げるライガを適当に宥め、状況を確認する。ライガは気に入らなさそうに舌打ちすると、ギーの方に顔を向けた。


「ここと大して変わらねぇよ。武装した人間共が蟻みたいにうじゃうじゃいやがった。……あぁ、それと勇者の娘っ子がいたな」


「勇者の娘っ子?ってことは、アベルの後釜ってことか?」


「そういうことだろうな。あぁ、誰かに似てる思ったらその女、アベルに似てやがんな」


「アベルに?ということは身内って事かしら?」


「……勇者は血筋で選ばれるという事か……?」


「さぁな。詳しいことはわからねぇが、とにかくこの戦場に勇者がいることはわかった。これで対策しないといけない人間が…………あ?」


 途中で言葉を切ったギーの視線の先に、皆が目を向ける。


 それは遥か遠くに見えた。


 だが、魔族の視力をもってしてもそれが何なのか判別することはできない。


 姿が見えないわけではない。むしろその異様な形は戦場で異彩を放っていた。


 見た目は人間を模している。だが、腕のようなものは四本あり、それぞれ剣、斧、メイス、槍が取り付けられていた。


 なによりおかしいのは、その全身が黒い鉄のようなもので出来ていることだ。


「なんだ……あれ?」


 悠然とこちらに向かってきている三十体の謎の物体をポカンと見ていたギーの口からそんな言葉がぽつりと零れる。砦にまだ入っていない魔族の一人がその物体に気が付き、声を張り上げた。


「敵だ!敵がやって来たぞ!!」


「お、おいっ!!ちょっと待て!!」


 ギーが慌てて止めようとするが、耳に届いておらず、砦からわらわらと魔族達が出ていく。それを見てギーは顔を歪め、盛大に舌打ちをした。


「なんだありゃ?……ギー?どうした?」


 怪訝な顔でこちらに向かってくる物体を見ていたライガが、ギーの表情を見てその表情を真面目なものにする。


「わからねぇ……だが、嫌な予感がする。俺達も出るぞ!!」


「あ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」


 突然、身体強化バーストを唱え、駆け出したギーの後を、フレデリカが追いかけていった。それに続くように、ボーウィッドとライガ、そしてギガントが走り出した。


「ギー!どうしたっていうのよ!?」


「知らねぇよ!ただ、あれに近づいたらやばい感じがするんだ!!」


 ギーの顔には一切の余裕がない。フレデリカはそれ以上何も聞かずに、前を向いて走り始めた。その目には真っ先に飛び出した魔族の一団が、謎の物体に接敵するのが映る。


 その瞬間、不可思議なことが起きた。


 前を行く魔族達の動きが敵を前にした瞬間、時間が止まったのようにピタッと固まる。一人ではない、そこにいる者、全員だ。謎の物体が武器を振り上げているというのに、避けるそぶりを見せない。


「な、なにしてるのよ、あなた達っ!攻撃が来るわよ!!」


 フレデリカの必死の声も虚しく、謎の物体によって次々と魔族達が地面に倒されていく。フレデリカはギュッと唇を噛みしめると、最上級魔法クアドラプルの魔法陣を高速で組成した。


「“ポセイドンの矛トライデント”!!!」


 魔法陣から飛び出した三又の水矛が一直線に謎の物体へと飛んでいく。当たることを確信したフレデリカの目の前で再び信じられないことが起こった。


「なっ!?」


 思わず驚きに目を見開く。確実に命中するはずだった極大の矛は、謎の物体に近づくにつれ縮小していき、ついには消えてしまったのだ。それには隣を走るギーも驚きを隠せない。


「うらぁぁぁぁぁぁ!!」


 最上級クアドラプル身体強化バーストにより、全速力で駆けてきたライガが二人を追い抜き、飛び上がると謎の物体目掛けて拳を放つ。だが、至近距離まで来たところで顔を歪め、その動きが鈍くなった。その隙をついて、謎の物体がライガ目掛けて斧を振り落とす。なんとか躱そうとするも身体が動かず、その斧はライガの腕の肉をそぎ落とした。


「く、そっ……!!」


 腕から血を噴きだしながらも、地面を蹴り、ギー達のもとまで下がる。その間にも、謎の物体に立ち向かう魔族達がどんどんとやられていった。


「ライガ!大丈夫か!?」


「なんだっつーんだ、あれ!!近づいた途端、全身から力が抜けていったぞ!!」


「私の魔法もかき消されたわ……」


 フレデリカの額から冷や汗が流れる。接近戦が行えないフレデリカには魔法が効かないとなると、打つ手が全くなかった。


「……だが、仲間がやられるのを黙って見ているわけにはいかない……」


「そうだべ!オラが守るんだぁ!!」


「お、おい!ボーウィッド!!ギガント!!」


 ギーの静止も効かず、二人が謎の物体へと向かっていく。勢いよく攻めていった二人だが、ライガ同様身体から力が抜け、手痛い反撃を食らった。それでも、味方を守るためにと決死の覚悟で応戦する。


「どうすりゃいいんだよっ!!」


「わからねぇよ!!今考えてんだ!!」


 焦りで声を荒げるライガに、ギーが怒鳴り返した。普段は飄々としているギーからは想像もできない態度。それだけ状況は切迫していた。


 既に謎の物体へと攻撃を仕掛けた魔族達はほとんどやられてしまっている。しかも、かなりの深手を負っている模様。このまま治療を施さなければ本格的に命が危ない。

 その上、後ろからは謎の物体を討伐すべく、魔族達がやってきていた。ギガントやボーウィッドですら手も足も出ない相手に他の魔族が立ち向かったところで結果は見えている。


 なにかないのか。これ以上犠牲を出さないようにするなにかは。


 焦れば焦るほど頭が回らなくなるのはわかっていた。だが、目の前に広がる惨状を前に感情をコントロールすることができない。


「……ギー」


 そんなギーにライガが静かに声をかけた。


「今来た奴らに、傷を負った連中を担いで砦に戻るように伝えろ。ボーウィッドとギガントには俺が伝える」


「は?…………お前まさかっ!?」


 ギーが勢いよく振り向くと、もうそこにはライガの姿はない。ギーは顔を怒らせ舌打ちをすると、魔族達に向かって怒声を上げた。


「お前らっ!!地面に転がっている奴らを拾って砦に戻れっ!!フレデリカっ!!お前も戻って負傷者の手当てをしろっ!!」


「え!?でも、あいつらはどうすんのよ!!」


「ライガが死ぬ気で進行を止めてくれる!!あのバカの心意気を無駄にすんなっ!!」


 噛みしめたギーの唇から血が流れだす。それに気が付いたフレデリカは猛スピードで砦へと戻っていった。


 悔しい、情けない、許せない。


 湧き上がる負の感情を無理やり押し殺し、ギーは倒れている魔族達の下へ向かうと急いで肩に担ぎ上げる。


「バカ野郎が……死ぬんじゃねぇぞ……!!」


 血みどろになりながらそれでも果敢に戦うライガを横目に、ギーは何かを耐え忍ぶように呟いた。

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