第254話 作ったものを壊すのは忍びない

 キンッ!キンッ!!


 怒号が飛び交う中、二本の刀が火花を散らし合う。


 一本は鍛え抜かれた諸刃の剣。白銀の鎧に呼応するかのように、白く煌めいていた。


 もう一本は鋭利に研ぎ澄まされた刀。片側にしか刃がなく、僅かに反り返った構造をしている。


 どちらの剣も武器商人が見ればよだれが出そうなほどの名刀。それを扱う者達の技量も、見る者を圧倒するものであった。


「ここまでの剣士に会ったのは初めてだ。やはり世界は広い」


「……それは俺も同じだ……」


 ボーウィッドは剣を下段に構えると、ガルガントへ向かっていく。それをうまくいなしながら、ガルガントはボーウィッドの動きを分析していた。


 この鎧の男は強い。そして、自分とは相性が悪い。


 何十合か打ち合って、出した答えはそれであった。確かに先ほどまで闘っていたライガはスピード、パワー共に凄まじいものがあった。だが、動きが直線的すぎたのだ。単調な攻撃しかしてこないので、筋肉の動きや視線をしっかりと見ていれば容易に先読みすることができる。そうなってくれば、いくら早かろうとガルガントには関係のないこと。こういう手合いを相手にするのはガルガントの得意とするところであった。


 しかし、目の前の男は違った。


 ライガの様に激昂することもなく、その心は波風が一切立たないほど静かである。自分とは違う流派であるが、その剣筋は驚く程に洗練されていた。


 剣の腕はおおむね互角、となればモノをいうのは身体能力の差。そして、魔族と人間、どちらが高い身体能力を有しているかは火を見るより明らか。


 そういった意味で、自分とは相性が悪いと判断したのだ。


 ボーウィッドの斬り上げを紙一重で躱したガルガントは流れるように後ろに飛びのき、一旦距離をとる。ボーウィッドは追撃することなく、ゆっくりと剣を動かすと正眼の構えを取った。その冷静さに、ガルガントは内心舌を巻く。


「素晴らしい腕だ。魔族であることが惜しい」


「……お前こそよく俺の剣を躱している……無駄が一切ない…………余程鍛錬を積んだのだろう……」


「貴殿に褒められるのは嬉しいな。お礼と言っては何だが、私の得意技をお見せしよう」


 そう言うと、ガルガントは刀を鞘へとしまった。そして、右足を前に出し、左手を鞘にあて、右手を柄に添えると、僅かに身をかがめる。それを見たボーウィッドは眉を顰めたが、男が放つ尋常ならざる殺気を前に、グッと剣を握る手に力を入れた。


「いくぞ……瞬影斬!」


 その言葉とともに目の前にいる男の姿が消える。次の瞬間にはボーウィッドの鎧にヒビが入り、ガルガントは背後に立っていた。しかし、驚いているのはガルガントの方。


「……まさか俺の居合が防がれるとは」


 鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるという剣による攻撃の中で最速と名高い剣術。それを超高速で移動しながらに放つガルガントの必殺技、瞬影斬。初見で看破したものなど今までなく、二度目はない。なぜならこの技を受けて生きていたモノはいないからだ。


 ボーウィッドはヒビの具合を確かめながらガルガントに向き直る。


「……恐ろしい技だ…………完全には防御できなかった……」


「その程度で済んだことが驚嘆に値する」


 ガルガントの背中に冷たい汗が流れた。目の前にいる男は想像をはるかに超える化け物なのかもしれない。


 再び剣を構え、向き合う二人。そんな二人の間にレイラが飛んできた。


「おい!ガルガント!!あのでかいのを何とかしてくれ!!」


「でかいの?」


 訝しげな表情を浮かべたガルガントであったが、すぐに地響きが聞こえることに気が付く。ガルガントがそちらに目を向けると、大槌をもった巨人がこちらに向かって走ってきていた。


「悪いがこちらも手が離せないんだ。自分で何とかしてくれ」


「くっそー!!使えない奴だな!!」


 レイラは悪態をつくと、急いで飛行を再開する。その後ろにギガントがぴったりとくっついてきていた。


「おい!なんなんだよお前!!」


「オラ?オラはギガントっていうんだ。よろしくな」


「名前を聞いてるんじゃねぇよ!」


 レイラは後ろを向きながら飛び、風属性魔法をぶつける。が、中級魔法ダブル程度ではギガントの足は止まらない。


「なんでついてくるのかって聞いてんだよ!!」


「ギーにそう言われているからだぁ。オラは頭がわりぃから頭のいいギーの言うことに従ってるだけだべ」


「ちくしょー!厄介すぎんだろ!!」


 ギガントの耐久を崩すには大技しか不可能だ。だが、レイラの真骨頂は弓を使った魔法陣。こんな状況であの大弓を使ってギガントに攻撃することなどレイラにはできない。かといって空に逃げれば、さっきっみたいに魔法の集中砲火を食らう可能性があるのだ。結局、ギガントが諦めるか、状況を打破するイレギュラーな事態が起こらない限り、この不毛な鬼ごっこを続けるほかなかった。


 そんなギガントから隠れるように移動する黒いローブの少女が一人。いや、正確には見た目が少女なだけの女が一人、砦の近くまでやってきていた。


「やれやれ……危うくあのデカブツに見つかるところじゃったわい」


 フライヤはレイラを追っているギガントを見ながらホッと息を漏らす。クロによって砦の建築を手伝わされたフライヤは、なんだかんだ長い間ギガントといたせいで仲良くなってしまっていた。そのこと自体は別にいいのだが、この状況でそれが明るみになるのはまずい。魔族と仲のいい人間など、裏切り者以外の何物でもないからだ。


「まったく……流れに身を任せていたらいつの間にかこんな所まで来てしまったのじゃ」


 元々、戦場にすら立つ気はなかったのだが、レイラの突貫を機に全軍が戦場へと繰り出し、引っ張られるようにして自分もここまで引きずり出されてしまった。他の者達の目もあるので、魔族に当たらない程度に魔法を放っていたら、誰と戦うこともなく、ついには最前線まで来てしまったということである。


「うーむ……砦でも攻撃するかのぉ……でも何となく愛着がわいてしまっとるんじゃが」


 フライヤは困り顔で砦を見つめた。初めて来たときは壊す気満々だったが、一緒に防御壁を作った手前、それを破壊するのは何となく気が引けた。


「かといって魔族に攻撃するのはのぉ……絶対あの男が怒るし……」


 フライヤはクロの力を知っている。それだけにあの男の敵になるようなことはどうしても避けたかった。


 近くで起きている戦いには目もくれず、一人悩むフライヤのもとに突如として水属性魔法が飛んで来る。フライヤは面倒くさそうに魔法障壁を張りそれを防ぐと、そちらに目を向けた。


「あなた……何を考えているのかしら?」


 魔法を打った張本人であるフレデリカが訝しげな表情を浮かべながら、砦の屋上から地上へと降りてくる。


「ずっと見ていたけど、戦う気もなく惰性でここまで来たように思えるわ」


「ふむ、あながち間違いではないのう」


 フレデリカの問いにフライヤはあっけらかんとした口調で答えた。それを聞いて益々怪訝な表情になるフレデリカ。

 このままでは争いになるのは明白。内心、ため息をつきつつも逃げの一手を考えていたフライヤであったが、ふと頭に名案が閃く。


「お主……中々話がわかりそうじゃの」


「はぁ?何を言ってるの?」


 眉を寄せるフレデリカを無視してキョロキョロと周りを見回し、自分達の話を聞いている人間がいないことを確認すると、フライヤは少し声を潜めて話しかけた。


「のう?ちと相談なんじゃが、妾と戦っているふりをしてくれんかのう?」


「……意味がわからないわ」


「いやぁその、なぁ……できれば魔族と敵対したくないんじゃ。と、いうより魔王軍指揮官を敵に回しとうないんじゃ。じゃが、妾は人間だし……魔族と戦わないってわけには……」


 なんとも歯切れの悪い言い方をするフライヤ。そんな彼女を見て、フレデリカはあることを思い出した。


「…………あなた、フライヤ・エスカルドね」


 突然名前を呼ばれたフライヤはビクッと身体を震わせる。


「な、なぜじゃ!なぜ妾の名前をっ!?」


「前にクロが言ってたのよ。魔女の服装をした少女みたいな年寄りが魔族領でなにかしでかしたら容赦なく痛めつけろって。少女みたいな年寄りって意味が分からなかったけど、こういう事なのね」


 フレデリカは眉を寄せてこめかみを指でたたくと、大きくため息を吐いた。


「わかったわ。あなたの立場もあるし、クロの知り合いみたいだし、付き合ってあげるわよ」


「おぉ!話が分かるではないか!!お主の名前は!?」


「フレデリカよ」


「フレデリカの!ちゃんと覚えたのじゃ!では、妾に付き合ってもらうぞ!!」


 フライヤは嬉しそうに低級の魔法陣をいくつか組成する。フレデリカは、こんなことしていていいのだろうか、と思いながらも適当な魔法陣を組成し、フライヤと偽装魔法合戦を始めたのであった。

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