第253話 序盤から漂う小物臭をごまかすことができない

 ハサン・ベルギウスはコンスタン・グリンウェルの後釜として騎士団長に選ばれた男である。年齢はコンスタンの半分ほどで、歴代最年少の騎士団長として話題になっていた。魔法陣も剣術もそれなりの腕を持つ彼が騎士団長に選ばれたのは偏に野心家であったからである。騎士としての功績をこつこつ上げつつも、城の上層部に取り入り、お偉いさん方に気に入られるよう汗水垂らして努力した。

 結果として騎士団団長の座まで上り詰めたが、彼の心は満足していない。もっと上を、自分がおべっかを使っていた貴族達に仲間入りして、今度は自分が選ぶ側に回りたい。そんな野望を抱きつつ、この戦いに参加したのであった。


 そして、この戦争における手っ取り早く手柄を立てる方法が一つ。それは魔王の首をあげること。雑兵などいくら倒したところで、結局一番注目を浴びるのは相手のボスを倒した者だ。

 そのため、彼は戦場には出ているが、戦いには参加していなかった。息を潜め、空き巣の様にこそこそと動き、砦だけを目指してひた走る。


 獣人達の目から逃れ、巨人達の間を進み、やっとの思いで砦の前までたどり着いた。そこには、巨大な棍棒を担いだトロールが砦を守るようにして立っている。だが、彼は慌てるようなことはない。


 彼が他の魔族に襲われなかった理由、それはその格好にあった。


 この戦いに臨む前に彼は必死に魔族のことを調査した。そして、自分が扮することができる魔族を見つけ出した。


 そう、彼は顔までしっかりと隠したフルプレートの装いでこの戦いに来たのだ。


 その見た目はまさにデュラハン族と相違ない。並べばどちらが本物か区別することは叶わないだろう。


 デュラハンとして砦に潜入し、隙をついて魔王を殺す。


 彼の頭の中では完璧な作戦だった。


 ハサンは悠然と歩を進めると、トロールの前に立つ。堂々としている方が見破られにくいことを彼は理解していた。


「ん?どうした?」


 トロールが自分に話しかけてくる。戦いに出ずにこんな所で戦場を見ているということは恐らく参謀か何かなのだろう。と、なるとこのトロールは魔王軍幹部のギーということになる。こんな脳みそがなさそうな奴に参謀をやらせるとは、魔王軍もたかが知れているということだ。


「報告します!!勇者に関して魔王様に報告したいことがありまして、馳せ参じました!!」


「そうか。通っていいぞ」


 ギーはあっさりと頷くと、砦の扉を開いた。あまりにも簡単すぎて若干拍子抜けを食らったが、ハサンは気を取り直して、砦の中へと入っていく。


 やはり魔族。脳のつくりは人間に遠く及ばない。


 逸る気持ちを押し殺し、ハサンは砦の中を進んでいった。勝利を確信した彼の頭の中は出世の事でいっぱい。この戦争を終わらせた立役者、なんと素晴らしい響きであろうか。もしかしたら大臣の席まであり得る手柄だ。


 鼻歌を歌いそうになるのを堪えながらも、砦内を探索する。しかし、いくら探しても魔王の姿はおろか、他の魔族の姿も見受けられない。十分以上も探し回ったところで、ハサンはやっと違和感を感じ始めた。


 ガチャガチャと鎧がこすれる音が砦内に反響する。煩わしくなってきたが脱ぐわけにはいかない。素顔を見せたところで魔王に鉢合わせたなどと笑い話にもならない。


 更に十分、砦の中を歩き回った。無駄に広いつくりをしているのに、中はもぬけの殻。誰かがいる気配すら感じない。若干の焦りを感じながら歩いていると、立派な作りをしている両開きの扉が目に飛び込んできた。ついに見つけた、と高鳴る鼓動を必死に抑えつつ、ノックをしてから扉を開けてみる。


 そこは作戦会議室であった。だが、ここも他と同じように誰もいない。


 とりあえず、中に入ってみる。長机を囲むように置かれた椅子。机の上には何も置かれていない。と、いうよりはこの部屋自体、使われた形跡が全くなかった。


「また空振りか……しょうがない、あのバカなトロールに聞いてみるか」


 ため息を吐きつつ、部屋から出ようとドアの方に目を向けた瞬間、彼の身体は硬直する。


「探し物は見つかったかい?」


 作戦会議室の出口にはニヤニヤと笑みを浮かべたあのギーが立っていた。ハサンは全身から冷や汗を噴き出しながらも、何とか取り繕おうとする。


「も、申し訳ありません!魔王様に報告しようとしたのですが、そのお姿がどこにも見られず」


「あーもういいんだよ。下手な芝居は」


「……は?」


 ハサンの頭の中が真っ白になった。対するギーは心底楽しそうである。


「面白いから放置して観察してたけど、そろそろお前さんの相手をしてる暇がなくなりそうでな」


「な、なにを言っているのか……」


「ばーか。デュラハンがそんな流暢にしゃべれるわけねぇだろ。変装するならもっと相手のことを調べろっていうんだよ」


「ぐっ……」


 完全にばれている。魔族に手のひらの上で転がされたことが彼のプライドを猛烈に刺激した。


「かくなる上は……!!」


 自分に恥をかかせたのであれば人間だろうと魔族だろうと容赦はしない。激しい怒りを覚えながらハサンは腰に刺した剣を抜き、ギーに襲い掛かろうとする。しかし、剣が届く位置まで来た時にはすでにギーは持っていた棍棒を振りぬいていた。


 ドゴォーン!!


 鎧ごと棍棒で撃ちぬかれたハサンは壁に叩きつけられ、ズルズルと滑り落ちながらだらしなく気絶する。ギーは軽く息を吐くと、ハサンに近づき担ぎ上げた。


「ここは後で使う予定なんだから、こんなゴミを置いておくわけにはいかねぇよな」


 そう独り言を呟くと、ハサンを持ったまま作戦会議室を後にする。そして、見張り台まで来ると、適当に下へとぶん投げた。


 野心家ハサン。彼の出世の夢はその鎧とともに粉々に打ち砕かれたのであった。

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