第252話 脳筋は守りに向いていない

 津波の様に押し寄せてくる人間達。それを相手にライガはちぎっては投げを体現していた。多少身体強化バーストによって強化されているとはいえ、猛虎の力を宿しているライガとは素の身体能力が違いすぎる。そんな者達が何十人と束になろうとライガの相手ではなかった。


 だが、そんな人間達の中にもくせ者はいる。


「くそっ!!あの女どこ行きやがった!?」


 振り下ろされる剣を腕で受け止め、相手をけり飛ばしながら真っ先に現れた人間を探す。本能が告げている、あの人間は自分が相手にならなければならない相手だと。魔王軍幹部の中でも、常に実戦と隣り合わせであるライガはそういう鼻が利いた。


 闘いながらも絶えず動き回りながら戦場を観察する。こちらの人員は少数とはいえ、今は問題なさそうだった。ライガが引き連れていたのはベテランの獣人達。こと戦闘力に関しては申し分のない猛者なのだ。ライガまでとはいかないにしろ、複数の人間から襲われたとしても後れを取るような者達ではない。


 ギーの部下達にも同じことが言えた。荒波にもまれ鍛えられたオーガ達が強靭なことは知っていたが、負けず劣らずオーク達も凄まじい強さを見せている。ギーからクロによって肉体改造されたという話を聞いていたが、まさかこれほどまでとは思っていなかった。嬉しい誤算である。


 人間達の攻め方も自分達の有利に働いていた。どうやらライガ達は斥候部隊、他の魔族達は砦で息を潜めていると考えているらしく、防御壁を超えて魔族領へと侵入を試みる輩はおらず、全員が砦を守るように戦っている自分達に向かってきている。正直、物量作戦で魔族領へと押し入ろうとしていたら、ライガ達になすすべはなかったであろう。


 懸念材料があるとすれば、あいつだ。我先にとやってきて、自分達に向かって巨大な竜巻を巻き起こした女。


 強力な魔法陣士が一人いるだけで、戦況は軽々ひっくり返される。ライガは適当に向かってきた人間達を殴りつけながら、戦場に目を光らせていた。


「邪魔くせぇな、お前ら!巻き込まれたって知らねぇぞ!!”舞い散る風刃カマイタチ”!!!」


 突然、風の刃が戦場に乱れ咲いた。敵味方問わず、その身体を刻みつけていく。ライガは思い切り地面を踏み込むと、魔法を放った者に向かって行った。風に包まれながら超低空飛行をしていたレイラはライガに気づき、短剣を構えながら身体を反転させ迎え撃つ。


「てめぇの相手は俺だろうがっ!!」


「っ!?オレの狩りの邪魔すんじゃねぇよ!!」


 ライガの銃弾のような拳を、風を纏った短剣で華麗にさばいていた。それでもライガの猛攻に、レイラは防戦一方を強いられる。


「くー!こんな脳筋相手に接近戦は分が悪いぜ!!」


「っ!?待ちやがれっ!!」


 たまらず上へと逃げたレイラを追おうとするライガ。だが、その瞬間殺気を感じ、咄嗟に両腕を交差させた。


 ズバッ!


 ライガの腕から鮮血が噴き出す。ライガはうっとおしそうに血を払うと、自分を斬りつけた相手に目を向けた。


「流石に魔族は硬いな。身体を真っ二つにする気で斬ったのだが」


「てめぇ……」


 ライガは目の前に現れた新たな敵に意識を集中させる。高い位置で髷を結っているヒョロヒョロしたこの男からも、あの風使いの女と同じくらい嫌な感じがした。


「ガルガント!その野獣は任したぜ!!オレ様は空から獲物を射らしてもらうとするわ!!」


 遥か上空まで移動したレイラは、空間魔法から愛用の武器を取り出す。それは三メートル近くはあろうかと思える大弓。だが、取り出したのは弓だけで矢筒はない。


「さて、と。優雅に的当てといくぜ!!」


 レイラは矢も持たずに、弓を構えた。そして、弦に手をかけるとその手に風が集まっていき、矢の形を形成していく。


「やべぇ……お前ら、上空からの狙撃に気を付けろ!!」


「気を付けるのはお前だ」


 喉がはち切れんばかりに叫んだライガにガルガントが再び斬りかかった。完全に注意がレイラに向いていたライガは、その太刀筋を完全には躱すことができない。ライガの左肩に大きな切り傷が走った。


「チィッ!うっとおしい野郎だ!!」


 ライガは傷などないかのように、ガルガントへと向かっていく。今の所厄介なのはこの二人だ。一方を倒せば、もう一方は何とでもなる。


 しかし、Sランク冒険者、ガルガント・ボーは甘い相手ではなかった。


 決して速いわけではない。恐らくスピードならレイラの方が上であろう。だが、攻撃が当たらない。こちらの動きを見切り、最小限の動きでライガの拳を躱していく。そして、隙あれば自慢の刀が襲い掛かってきた。

 そして、上からは絶え間なく風の矢が降り注いでいく。それも相まってライガのイライラが募っていった。


「戦いに感情は禁物。明鏡止水の心を持たねば、勝てる勝負も逃すことになるぞ?」


「うるせぇ!!ちょこまかと動きやがって!!」


 力任せに拳を振り下ろす。当然、ガルガントに当たるわけもなく、地面を砕いただけに終わった。


「魔物と違って魔族は頑丈すぎるな!おい!!お前ら!!でかいの一発お見舞いするから死にたくない奴は後ろに下がりやがれ!!」


 上空からの声に反応し、人間達が牽制を仕掛けながら後退していく。空に目をやると、台風のような風がレイラの弓に集中しているのが見えた。その矢の示す方には自分の部下の姿が。


「やべぇ!!」


 咄嗟に部下達のもとへ向かおうとするライガ。だが、剣聖がその隙を見逃すはずもない。瞬時に足払いをかけ、地面に倒れたライガに剣の切っ先を向けた。


「一瞬の油断が命取りになる」


「くそっ!!お前ら!避けろ!!」


 照準をしっかりと合わせる。しかし、ライガはガルガントになど目もくれず、危機に瀕している仲間の方を見ていた。大事なのは自分の身体よりも部下の命。


 だとしても、それはガルガントには関係のないこと。無慈悲に繰り出される光速の突き。今のライガにそれを避ける術はない。


「“風精の大打撃エアロ・スマッシュ”!!!」


 それと同時に放たれる風の大牙。間に合わないとわかっていても、そちらに向かわずにはいられない。そんなライガの喉元を的確にガルガントの刀が射抜こうとする。


 キィンッ!!


 その刃が別の刃によって阻まれた。一瞬驚きで動きが止まったライガだったが、すぐに部下達へ視線を戻すと、フッと身体の力を抜く。


「あぶねぇなぁ。そんなの喰らっちまったらみんな怪我しちゃうべな」


 常人には持つことさえ敵わない巨大な槌を持った巨人がライガの部下たちの前に立ち、大きく振りかぶった。そして、迫りくる風の矢目掛けて勢いよくそれを振りぬく。


 その瞬間、嵐のような突風が戦場内に吹き荒れた。


 突然現れた巨人に目を見開きながらも、レイラはすぐに次の矢を用意する。だが、そんなレイラに向かって、散弾銃のような水球が無数に飛んできた。慌てて地上へと躱し、水球が来た方を見ると、砦の上に不敵な笑みを携えた青肌の美女が立っているのが目に入る。


「ちっ!面倒なのが出てきやがった!」


 空の上だとあの女の格好の的になってしまう。レイラは顔を歪めながら、再び低空飛行を始めた。


 予想外の援軍にガルガントは距離を取り、こちらの様子をうかがう。ライガはゆっくりと立ち上がると、隣にいる白銀の鎧に声をかけた。


「たくっ……おせぇよ」


「…………ギーが怒ってたぞ……手を出すのが早すぎだと……」


「けっ!敵が目の前にいるんなら指をくわえてみているわけがねぇだろ!」


 砦からどんどん出てくる魔族達を見ながら、バキボキとライガが指をならす。ボーウィッドはガルガントを警戒しながら、戦場に倒れている人間達に目をやった。


「…………その割には一人も殺していないみたいだが……?」


 ボーウィッドの言う通り、傷を負って倒れている戦士達はみな気絶しているだけ。痛いところをつかれたライガは顔を顰めながら、ガルガントに背を向ける。


「……人間を殺しちまったら、あのバカがうるせぇだろうが」


「……フッ……そうだな……」


 部下にもその旨は伝えていたため、そちらも人間の死者はいない。ボーウィッドは小さく笑うと、ガルガントを見据えながら剣を構えた。


「……ここはまかせろ……暴れてこい……」


「言われなくてもな!!」


 ライガは野獣の様に笑うと、ため込んでいた野生の力を解放する。ギー達が来た以上、有事に備えて力を抑えておく必要もなくなった。これで心置きなくアニマルフォーゼを行使することができる。


「おい、てめぇら!!戦場を駆け抜けろ!!獣人族の恐ろしさを見せてやれ!!」


 ライガの声に反応したのは、今まで戦っていた者達に加えフレデリカに連れてこられた獣人達。獣の雄たけびが戦場に響き渡り、獲物を目指して走り出す。


「ここからが本番だ!!行くぞ!!」


 ライガは気合を入れると、無数に群がる人間達の方へと飛び込んでいった。

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