第247話 決め手は美人

「話し合いの余地などない!!今すぐに魔族領へと攻め込むのだ!!」


 ロバートの怒声が会議室に響きわたる。その声に反応を示すものは誰もいない。中央に座るオリバーだけが静かに顔を向けた。


「落ち着くのだ、ロバートよ」


「落ち着く!?これが落ち着いていられる状況か!?我々の生命線ともいえる兵器工場が破壊されたのですぞ!?魔族からの宣戦布告と言っても過言ではない!!」


 オリバーの言葉を聞いてもロバートの怒りは収まることはない。それほど自慢の工場を壊されたことに激昂していた。だが、今回の場合致し方ない部分もある。とは言っても、もろ手を挙げて魔族を攻めることに賛同するわけにはいかない。


「……もう一度、話を聞かせてもらってもよいか?」


 オリバーは工場の責任者であるアイソン・ミルレインに話しかけた。工場の紹介を受けた時とは別人のようにやつれたアイソンがゆっくりと口を開く。


「……奴は突然工場に現れました。そして、傲慢にもここは魔族の領地だ、と言って一切の慈悲なく工場を破壊したのです」


「ふむ……」


 アイソンの話を聞き、オリバーは考えを巡らせた。確かに、あの工場では魔族に対抗する兵器を作り出していた。だが、そうだとしても否応なしに攻撃を仕掛けるほど、あの男は短絡的であっただろうか。その工場を破壊すれば少なからず人間と魔族との間に軋轢が生じることぐらいわかるはず。戦争を回避するために王都を魔物暴走スタンピードから守ってくれたというのに、これでは何の意味もなくなってしまう。


「本当に魔王軍指揮官だったのだな?」


「間違いありません。紺の仮面に黒いコート、なによりも自分でその名を口にしました」


「研究者の誰かが魔王軍指揮官に手を出したということは?」


「私達は一研究員です。そのような危険人物にちょっかいをかけることなどありえません」


「そうか……」


 なにかしら指揮官の怒りを買っての事かと考えたが、そういうわけでもないらしい。やはり、早めに危険な芽を摘むための行動だったという事なのか。


 はっきりしない王の態度にしびれを切らしたロバートが乱暴に机を叩く。


「王よ!これ以上の問答は無駄ですぞ!!」


「その通りです!!」


 そのロバートの勢いに乗る形でアイソンが王に訴えかけた。


「あの男は悪魔です!!人間の命など紙くず程にも思っていない!!何もできない我々すらも、容赦なく手にかけようとしたのですよ!?少しでも判断を間違えれば我々も命を落としていました!!」


 実際には、クロは逃げていくアイソン達をぼーっと眺めていただけなのだが、そんなことは関係ない。アイソンの頭にあるのは自分に屈辱を与えたあの男を地獄に落とすことのみ。


「今すぐに兵を率いてあの男を殺すべきです!魔王よりも先に!あの男を生かしておけば必ずや災いをふぎゃっ!」


 熱弁を振るっていたアイソンの顔に上等な樫の杖が突き刺さる。まともに杖を受けたアイソンは大きな音を立てながらその場に倒れ込んだ。


「……やれやれ、これ以上つまらない話し合いを続けるというのなら、妾は帰りたいんじゃが?」


 会議室にいる誰もが慌てて杖を投げたものに目を向ける。そこには黒いローブを着た魔女らしき少女がうっとおしげな表情を浮かべていた。


「……この部屋で暴力とはいただけないのだが?」


「フェフェフェ……この男の命を救ったのは妾じゃ。なら、どうしようと妾の勝手じゃろ」


「む……」


 フライヤの言い分を聞き、オリバーは口を噤む。彼女の言う通り、魔王軍指揮官から研究者達を守り、王都まで転移魔法で連れてきたのは外ならぬこの少女なのだ。


「その点に関しては感謝している」


「ふんっ……感謝されるようなことなど、何一つしておらんがの」


「魔王軍指揮官の凶刃からこの者達を救ってくれただろう」


「無様に逃げてきただけじゃ。……尤も、この男の言うように冷血な男であれば、妾も無事にはここにおるまいて」


 フライヤが顔を抑えながら立ち上がろうとしているアイソンに冷たい視線を向ける。そんな彼女に目が痛くなるような七色のローブを着ている男が意気揚々と話しかけた。


「ご謙遜を!!私もこの目で魔王軍指揮官の実力を見ましたが、あの程度の力なら私と同じSランク冒険者のフライヤ殿が後れを取るはずもあるまい!!」


「……相変わらず節穴じゃのう。そこまで来ると逆に感心するほどじゃわい」


「ふ、節穴ですと!?この宮廷魔法陣士筆頭のアニス・マルティーニが!?」


「そもそもお主をSランク冒険者などと妾は認めていないのじゃ。一緒にするでない、この下郎が」


「い、言わせておけば……!!」


「よせ」


 立ち上がり、魔法陣を組成しようとしたアニスをオリバーが嗜める。アニスは顔を真っ赤にさせながら鋭い視線をオリバーに向けた。


「王よ!城に仕える魔法陣士の頂点に立つ私が馬鹿にされたのですぞ!?これは由々しき事態なのです!!」


「この部屋での暴力はご法度だ、と先程申したであろう。控えよ」


「しかしっ!!」


「控えよ」


 ギロリとアニスを睨みつけると、有無を言わさぬ口調で告げる。アニスは身体をわなわなと震わせながら、ゆっくりと席に着いた。


「フライヤ殿もそういった発言は控えていただきたい。場が混乱するだけだ」


「……ふん」


 フライヤは不貞腐れたように腕を組むと、そのままだんまりを決め込む。オリバーは深々とため息を吐くと、会議室にいる皆に向かって話しかけた。


「現状、魔族領に攻め込むには決め手が欠ける。安直な判断で戦争をけしかければ、この平和が崩れることになる」


「決め手に欠ける!?何を言っておいでか!!我々の領地が侵されたのですぞ!?」


「あの工場の立地を考えれば、声高に人間領と言うわけにはいかない。むしろ魔族領とした方が頷けるだろう」


「だ、だが私の工場が……!!」


「あの工場は非合法なものであったからな。公にするわけにもいくまい」


「くっ……」


 ロバートが悔し気に顔を歪める。目に青あざができているアイソンが勢い良く立ち上がった。


「あの貴重なアーティファクトを壊されたというのに何もしないのですか!?」


「それに関しては確かに頭が痛いな……だが、禁忌の力に頼るなと言う神の思し召しかもしれない」


「そんなぁ……」


 アイソンは力が抜けたようにズルズルと椅子に座る。そして、うわごとの様にぶつぶつと呟き始めた。


「あんな屈辱を受けたというのに報復なしか……私の研究所が潰されたというのに……あの男とあの金髪の悪魔には何もできないというのか……」


「……金髪の悪魔?」


 オリバーの眉がピクリと上がる。フライヤが苦々しげな顔で小さく舌打ちをした。


「金色の髪をした魔族がいたというのか?」


「え?あっ……はい……」


「その者のことを詳しく話せ」


 オリバーの態度が一変する。先ほどまでは知性を感じさせる目をしていたが、今は獲物を狙う狩人の様に鋭い眼光になっていた。その迫力に狼狽しながら、アイソンはしどろもどろに答える。


「いえ……私もよくわからないのですが、その金髪の魔族も工場に現れたのです。なんでも悪魔族の長を務めているとか何とか……」


「悪魔族の長……ということは、勇者アベルが攻めた街の長か?」


「おそらくは……」


 アイソンの話を聞いたオリバーは静かに考え始めた。


 勇者アベルの襲撃失敗。その報告をコンスタン・グリンウェルから受けた時、魔王軍指揮官については詳細に聞いたが、その街の長についてはほとんど何も聞かなかった。まさか一番重要な情報がそこに隠されていたとは。


 魔王軍幹部については詳しくわかっていない。わかっているのは種族と名前ぐらいであった。その魔王軍幹部の一人に自分が探していた魔族がいる。


 そうなれば、取るべき道は一つだ。


「……決め手があったな。各自準備を進めよ」


「……!?ということはっ!?」


 期待に満ちた表情を向けるロバートにオリバーは静かに頷く。


「準備が整い次第、ディシール……いや、チャーミルに攻め込む。一般市民には不安を与えたくないので内密に事を進めよ。冒険者ギルドには私から話をしておく」


「私の屋敷に保管されている古代兵器は?」


「……使用を許可する」


「かしこまりました」


 ロバートはにやりと笑みを浮かべると、この場にいる者達に指示を出し始めた。


 王の一声で急遽慌ただしくなった会議室。オリバーは席を立つと、他人事の様にその様を見つめているフライヤに近づいた。


「……妾は反対じゃがな」


「これは決定事項だからな、撤回することはできない」


「そんなに金髪の悪魔が気になるのかの?」


 フライヤの言葉に驚きを隠せないオリバー。そんな彼を見て、フライヤは小さく肩をすくめる。


「こんなこと知っているのは無駄に長生きしている老人か、お主ぐらいじゃろうて」


「……そこまで分かっているなら話は早い。協力していただけないだろうか?」


「はっ!反対していると言っておろうに!そんな妾が協力など」


「頼む」


 オリバーはスッと頭を下げた。人の上に立つ者が頭を下げる意味、それを十二分に理解しつつも、ためらいもなく行使できるのはオリバーの王としての器があってこそ。


 それを感じ取れるフライヤは諦めたように息を吐いた。


「……妾にできることはお前さん達を戦場へと運ぶことぐらいじゃ。魔族と戦うなど、面倒くさいので御免被るぞ?」


「それで構わない。感謝する」


 オリバーが笑顔で手を差し出す。フライヤは何とも言えない表情を浮かべながら、その手を握り返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る