第248話 女子二人が集まって話すことは恋バナだけとは限らない
大商家の娘、マリア・コレットは自分の部屋で頬杖をつきながらため息をついていた。机の上に置いてあるのは父親から渡された商品売買に関する本。商人になるための必須スキルが事細かに書いてあるものなのだが、どうにも読む気になれずにいた。それというのも、ここ一週間ほど魔族領に行っていないからである。
その理由は単純だ。国から武器や薬の大量注文を受けたコレット家当主、ブライト・コレットがその動きを不審に思い、マリアに魔族領へ行くことを自粛させたのだった。
自分の身を案じての事だとわかっているから文句も言わずに言うことを聞いているのだが、魔族領に行くのが楽しみになっているマリアが憂鬱になるのは仕方がないことである。
こんなことではいけない、と机に向かおうとするが、すぐに別の事を考えてしまう。無理やり本に目を通そうとするもまったく頭に入らない始末。マリアは再び盛大なため息を吐くと、静かに本を閉じた。
コンコン。
そんなマリアの部屋の扉が誰かにノックされる。
「マリア、入るぞ」
「お父さん?どうぞ」
ブライトが自分の部屋に来るなんて珍しい。少し不思議に思いながらマリアは父親を招き入れる。
「お客さんが来ているぞ」
「お客さん?私に?」
「あぁ、フローラさんだ」
「フローラが!?」
慌てて立ち上がるマリアを見て、ブライトは苦笑いを浮かべた。
「応接室で待っていてもらっているから、準備ができたらすぐに行きなさい」
「はーい!」
それだけ告げるとブライトはマリアの部屋を後にする。こうしてはいられない。さっさと部屋着から着替えてフローラの元に向かわなければ。
マリアはそそくさと準備をすると、親友の待つ応接室へと急いだ。
若干息を切らしながら応接室の扉を開くと、見慣れた緑髪が目に飛び込んできた。マリアは満面の笑みを浮かべながらソファに座る親友に声をかける。
「フローラ!お待たせ!」
「マリア……ごめんね?突然訪ねてきちゃって。商人のお仕事忙しいんでしょう?」
「平気だよ!丁度暇してたから全然気にしないで!」
嬉しそうにフローラの正面に座るマリア。だが、すぐに親友の表情が晴れないことに気が付く。
「どうしたの?またアルベール君の事?」
勇者の試練での顛末は以前、フローラから話を聞いているのでマリアは知っていた。フローラが消沈するのは決まってレックスに関することだったので、今回もそうだと思ったのだが、フローラは首を左右に振った。
「ううん……まぁ、レックスは相変わらず元気がないんだけどね。今日はその事で来たわけじゃないのよ」
「そうなんだ……じゃあ今日はいったい何の用で来たのかな?」
レックス以外にフローラが悩むことに心当たりがない。しかし、こんなにも深刻な表情をしているフローラなど見たことがなかった。
フローラはかなり迷っていた様子であったが、意を決した様に口を開く。
「マリア……これは国の機密事項なんだけど、これから私達は魔族と戦争を行うの。そして、私は勇者としてその戦いに参加することになったわ」
「…………え?」
フローラの言っている意味がよく理解できなかった。それほどにマリアの頭の中が真っ白になる。
「驚くのも無理はないわね……突然のことだし、普通の人は国の裏事情なんて知らないしね」
フローラは困ったように苦笑いを浮かべた。だが、マリアがショックを受けている理由はフローラが思っている事とは違う。
人間と魔族が戦争になる、その可能性についてはマリアは十分承知していた。魔族と交易を行っているマリアはもう一般市民ではないのだ。裏事情など、この国にいる誰よりも把握している。彼女が呆けた理由はそんなことではない。その戦いに親友であるフローラが参戦することにショックを受けたのだ。
「……フローラはまだ勇者になったばかりでしょ?それなのにこんな早く戦いに参加させられるなんて……」
ひどく乾いた声が自分の口から飛び出す。それを聞いたフローラはゆっくりと首を左右に振った。
「違うわ、マリア。私が望んだことなのよ?」
「……どういうこと?」
「国王様は戦争が起こることを私に話したうえで選択させてくれたの。だから私は、私の意志で参加することを決めたのよ」
「フローラの意志で……」
「そうよ。なんたって私は選ばれた勇者だからね!」
フローラが笑いながらわざとらしく明るい口調で告げる。だが、マリアの表情が晴れることはなかった。それもそのはず、このままでは自分の思い人と親友が争ってしまうのだから。
もしそうなったら、おそらくクロはフローラに手を出すことはできないだろう。ただ、フローラは違う。
「……それはやっぱりアベルさんのため?」
マリアが消え入りそうな声で尋ねる。フローラはしっかりとマリアの目を見つめると、静かに頷いた。
「私は兄を殺したあの男を許すことができない。それに、マリアから大切な人を奪った魔王のこともね」
「わ、私は……!!」
マリアは必死に何かを訴えかけようとしたが言葉が出てこない。フローラに伝えられないことが辛かった。ルシフェルはクロを手にかけていないことも、アベルが魔族領で生きていることも。
「学園からいなくなった時、本当は魔王に会いに行こうとしたんでしょ?」
「…………」
「諦めてくれてよかったわ。でなければ私は大切な人を二人も失う所だった」
答えることができないマリアにフローラは優し気な笑みを向ける。学園を去ったマリアが何をしていたか詳しく聞いていないフローラであったが、確信はあった。
フローラはソファから立ち上がると、意気消沈しているマリアに話しかける。
「私は大丈夫だから心配しないで。聖属性魔法も練習してちゃんと使えるようになったのよ?あの魔法は本当に強力なんだから!魔族なんかに負けないわよ!」
「…………うん」
ニコッと笑うフローラにマリアはぎこちない笑みを向けることしかできなかった。それを見てフローラは困ったように肩をすくめる。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「わかった……気を付けてね」
「ありがとう」
マリアも立ち上がると、二人で屋敷の玄関へと向かった。そこで別れを告げ、フローラは屋敷を去っていく。その姿をジッと見つめるマリア。
「…………クロ君…………フローラを守って…………」
離れていく親友の背中を見ながら、祈りを捧げるようにギュッと両手を握りしめると、マリアは小さな声で呟いた。
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